2020年2月

2020/2/25 <2つめの閃通背>

 

  第19式閃通背の2番目の”閃通背”の解説動画(字幕付き)をアップします。

 途中の掃腿(sao tui)の時に謝って師父の靴を蹴って汚してしまった私。

 そのあとの師父の所作がなんとも武術家らしく(震脚に懐紙(?))、動画を見て、さすがだと思いました。隅々まで武術家?

 一方、笑い転げる私のみっともないこと・・・修行足りない(苦笑)

 ともあれ、用法を教えてもらうと、武術家はただの先生ではないことが分かります。

2020/2/23 <骨盤はエネルギーを蓄える装置だ>

 

 骨盤のことは調べ出すときりがないのだけど・・・

 

 女性は出産で仙腸関節や恥骨結合が離れて(開いて)しまって戻らなくなることもあるらしい。

 だから、女性は、やたら”開く”のではなく、”合”を教えるのが大事、と私は師父に力説しました。

 太極拳の経典はもともと男性の身体を想定して書かれているから、注意しなければならないとこがある。

 

 いずれにしろ、開合、弾力性。

 それによって気を蓄え、必要な時に爆発させる。

 

 と思ったら、それをナッツクラッカーでうまくたとえている人がいました。

 腸骨と恥骨の関係・・・

 https://www.imagery-work.com/index.php?QBlog-20130516-1

 

 「この恥骨結合にかかる力が、ちょうどナッツクラッカーでくるみを挟むような感じなんですよね。

実際には恥骨結合は砕けるわけではないので、ここにかかったエネルギーは骨盤内に蓄えられることになります。つまり骨盤はエネルギーを蓄える装置でもあるんですね。そして、つぎのアクションなどの必要なときにこのエネルギーが再利用されるんです。もし、このような骨盤のしなりを無視して外側から姿勢を固定しようとするとどうでしょう?エネルギーの貯蓄と再利用の機会をうしなってしまいます。」

  なるほど。

 

2020/2/22 <胯骨(kua gu)、開胯の意味と練習方法の”揉”>

 

  今日の練習の時、師父に私が昨日書いた胯についてのブログの画像を見せたら、ふんふん、と見て、「そう、胯骨が動かなければいけない。」と言ったのだが、そこで、あれっ?。胯骨(クワグー)って何? 昨日見た中国のサイトにあった骨盤の図の中にはそんな名称はなかった気がするけど・・・。

 師父に、思わず聞き直したら、ここの骨のことじゃないか、当たり前だろう、という風に腰骨の横、腸骨のあたりをさすっている。そして仙骨も恥骨も動かなければ胯骨は動かない、と言った。

 

 なんだ、中国人なら、胯がどこか、なんて、そもそも迷うこともなかったんだ・・・。

 

 家に帰って中国サイトで調べたら、胯骨は日本語で言うところの寛骨。

  https://baike.baidu.com/item/%E8%83%AF%E9%AA%A8

 「胯骨は髋骨(腸骨)、坐骨、そして耻骨の3つの骨からなる」

 「生まれた時はこの3つは透明の軟骨で繋がっていて分かれて開くことができる」

 「青春期に結束して、25歳頃から硬化する」

 「左右2つの胯骨は恥骨のところで融合するようになる」

  

 クワ(胯)を緩めるとか開く、というのは、寛骨を緩める、開く、ということだった。

 左右二つのブーメランのような形の骨を動かすのか・・・とイメージして練習してみると、自分の今の課題はどれだけ左右の腸骨が動いても恥骨結合の部分をしっかり握っておくことだと気づいた。ここがぶれたら中正が崩れるし骨盤内の力(勁、気)が漏れてしまう。中正を保ちながら左右のブーメランを回転させるようにすると、足裏にそのままズドンと気が落ちるのが分かる。クワを活性化させても(開いても)外してはならない部分があることを実感できたのが今日の収穫。

 胯骨は上の図の2+3+4

 左右の胯骨は5の恥骨結合で繋がっている。

 6の部分に大腿骨骨頭が入り込んでいる。

 

 昨日紹介した中国語のブログでは

 『無胯一身空』

 という言葉が紹介されていた。

 ・・・胯がなければ(ないように感じられれば)身体は空(のように)なる

 なんの引っかかりもなく滑るように動けばそれが”ある”という感覚はない。

 滞れば、”有る”

 

 

 開胯は開けばよい、という意味ではない。

 その時その時の動作に応じて適切に開合して形を変えられる順応性のある胯を作る、ということ。胯が硬いと、その分、股関節(大腿骨骨頭の付け根の部分)や膝、腰などに負担がかかり負傷に繋がってしまう。歳をとって膝が痛くなるのは腰や胯が硬くなっているからで、太ももの筋力が足りないというのはその結果に過ぎないのではないか?

 しかも、胯の活性化は身体を若く保つ効果が一番高いと師父はいう。特に女性は胯が硬直すると婦人科系の様々な疾患にかかりやすくなるので要注意だ。

 

 では、どうやって胯の練習をするのか?

 師父の一言、「揉rou」。

 パン生地をこねる時のように、もんでこねるのだ!

 このような練習方法は中国武術の内家拳では当たり前のこと。

 私たちが毎日やっている動功はこねてこねてこねまくる、そんな練功だった。

 もちろん、こねるためには、こねるもの、即ち丹田の気が必要。

 丹田の気をこねて内側から胯を動かすのでした。

 数種類の回転の仕方があるけれど、これを毎日何十回もやっていれば、いつのまにか開脚がそこそこできるようになってしまう。

 

 中国の微信で送られてくる数十秒の動画で面白いものがあったので載せます。

 タイトルは

 「太極拳はなぜ胯を練習しなければならないのか?」

 「なぜ太極拳では、開胯が分からなければ一生無駄な練習に終わってしまう、と言われるのかか?」

  音声悪くてほとんど聞き取れなかったのだけど、やっぱり、”揉”rou、をしていました。

  「揉の前には松してタントウ功」、揉の動功(内功)をする前には丹田に気を溜めるということ。似たような練習をしている人を見るとちょっとした仲間意識が湧くような。

 

2020/2/21 <なぜ開胯をしなければならないのか?>

 

 「開胯を重視しないわけにいかない幾つかの理由」

 というタイトルの中国語のブログを発見。

 なるほど、確かにその通り。

 https://zhuanlan.zhihu.com/p/75676457

 

 google翻訳で読めるかしら?

 と見たら、日本語訳がひどい・・・

 時間があれば抜粋だけでも紹介したいところ。

 

 なお、昨日のブログ、少し修正しました。

 

 

 2020/2/20 <松胯、開脚と開胯の違い>

 

  昨日ビデオレッスンをして、”胯”(kua)について気になったことがあったので念のために整理。

 

 まず前置き

 

 太極拳の命は腰胯(ヤオ・クワ)。

 松腰と松胯で丹田を作ってそこから力を爆発させる(発勁の場合)。

 普通に身体を動かす時も松腰と松胯で作った丹田の気を導いてその気で内側から動かすようになる。

 

 丹田を作るためには松腰と松胯がマストになる。

 丹田を想定しない(学院派の)太極拳はもはや太極体操だ、と民間派は揶揄するけれども、国家主導で太極拳を国民の健康維持のための体操として制定した際に、習得に時間のかかる丹田の概念がごっそり抜け落ちてしまったのも仕方がなかったのだと思う。が、松腰、松胯、丹田、気、という太極拳の核心抜きで行うそれ風のものは、身体に負担をかけて多くの愛好者が身体を痛めてしまっている現実がある。「太極拳は身体に悪い」とオフレコで言い切った有名な日本の老師もいたが、それは太極拳で最も大事な要素を抜いて練習したからだと今では理解できる。

 

   松腰の後に(注:実際には松腰と同時に、時には松腰の前に)やらなければならないのは”松胯”。

 

 (繰り返して言うが、松腰の”腰”は、日本人の想定する”腰”の場所ではない!

 と、何度も何度も注意を促すが、私たちは知らず知らずのうちに、腰を骨盤の上縁あたりだと思ってしまう。中国人の腰はもっと高いのだ!!私たちにとっては”背中”に近いかもしれない。肋骨が終わったところ、胸椎のすぐ下がもう腰!ウエストの位置が腰の高さの中心だと思うべき。)

 

 では、”胯”は一体どこなのか? それにもよ〜く注意しなければならない。

 

 股(クワ)が硬いから開脚ができません! と言って、開脚の練習をすれば良い、と思っている人がいるようだが、たとえ180度開脚ができたからといって、必ずしも胯が開いていない(緩んでいない)ということはこれまでもよくあったケース(開脚ができるのにタントウ功の時にクワが緩まない)。特に女性の場合は脚の付け根の箇所がゴムのように伸びて180度開脚ができてしまうことがある。武術的に言えば、どれだけ高く脚が上がったとしても威力のない、蹴られても痛くないような舞踏的な脚のあげ方は、クワの力を使わずにただ脚を上げただけに過ぎない。

 

 < 中国の開股に関するブログで下のブルースリーの蹴りの動画が紹介されていました。http://truthtaichi.blogspot.com/2012/12/blog-post_30.html

 クワが開いて脚が長〜くなり鞭のようになります。開脚ストレッチだけではこうはならない。>

 

 

 太極拳で(だけでなく中国語で)”胯”という時は、股関節を構成する骨全体、すなわち、大腿骨骨頭とそれが接する寛骨(腸骨+恥骨+坐骨)を表している。

 左の図で示されているのは、左胯。右側にも対となる大腿骨骨頭+寛骨がある。この左右のセットが胯を構成する。

 

 

  


  私たちがしっかり意識しておかなければならないのは、関節は2つの骨のつなぎ目だということ。

  ”股関節”というのは、寛骨と大腿骨(骨頭)のつなぎ目。この股関節を緩める、開く、というのは、2つの骨の作用によるべきもので、決して、片方の大腿骨だけを引っ張ったりしてはいけない(左の図)。

  

 

 安易に180度開脚をめざして、骨盤(寛骨)の方は何も変えずに、一方的に大腿骨骨頭周辺(左図の青丸)の靭帯を捻ったり引っ張ったりするとスジを痛めたり、大腿骨骨頭の寛骨臼への入り具合が浅くなったりしてその後股関節が不安定になる可能性もある。

 

 松胯を狭義で言えば、大腿骨骨頭と寛骨の隙間を開けること。そのためには二つの骨、寛骨と大腿骨骨頭が共に動かなければならない。

 

 ただややこしいのは、寛骨には仙骨がくっ付いて、寛骨が動くためには仙骨と寛骨のつなぎ目(仙腸関節)も少し動いてくれなければならないということだ。

 実際には、左の図で示している3つの関節(仙腸関節、恥骨結合、股関節)が全て緩んで動かなければならないくなる。

 → 結局、松胯は骨盤を緩めること。

 

(仙骨には腰椎がくっついているから仙骨が動くには腰椎が動かなければならない→松腰が必要)

 

 大人になると骨盤を構成する骨たちがすべてがっちりくっ付いてしまい鋼鉄の檻のようになってしまいがちだ。全身の弾力性は骨盤の弾力性だと言っても過言ではない。子供の時に腰や骨盤を意識しなかったのは今のように固まっていなかったからで、そのような流動性、弾力性のある骨盤を蘇らせる最初の一歩が松胯だ。

 松、は”気”を集める方法。

 丹田に集めた気を骨盤の中に下ろしていってその圧で骨盤が徐々に開いていくと”開胯”になる。

 

 そして、通常わざわざ言わないことだが、骨盤内の気(下丹田の気)を上にあげたり、足におとしてしまえば、また骨盤は元の状態に戻る。つまり、骨盤を開くことができる、ということは、その裏側として、合する(締める)こともできる、ということ。胯は開合できなければならない。胯が開きっぱなしは絶対によくない(女性は特に注意!開胯の際に会陰、内側の引き上げを忘れない=中丹田を抜かない)。それは本当に大事なこと。日本ではあまり見かけないが(そもそも開胯をしている人が少ないから)、中国に行くと、胯が開きっぱなしになってしまっている老師(特に女性)をよく見かける。太極拳が最終的に目標とする身体は弾力性、バネだ、ということを忘れずに練習することが必要だと思う。

 

調べていたら、180度開脚ストレッチに警鐘を鳴らすような記事も多くあった。

 

左の記事の標語は言いたかったことを言い当てている。

そう、股関節ではなく、お尻!

https://dot.asahi.com/wa/2017112900007.html?page=1

 

 中国語で開胯と検索すると、下のような写真が出てきてギョッとした(苦笑)

 開胯は開脚の先にある?

 開胯の練習をしていればそこそこ脚は開くようになってしまう。

 

 そして何よりも、開胯を練習していれば、必ず、肩関節が開いてくる。私達の身体は、構造上、胯が開けば肩関節一帯が開かざるを得ないように作られている。

(右の写真は肩甲骨ストレッチ&開脚ストレッチ【日経ヘルス17年4月号】より)

 

 もし開脚をしても肩関節に何ら影響がでないとしたら、胯、骨盤の運動ができていないということ。

 

 太極拳はこの胯と肩の関係を使って勁を通している。胯、骨盤の開合、ポンプのような動きがなければなにも始まらない。

 

 太極拳を練習している女性が注意しなければならないのは、開くことばかりに気を取られて合を忘れてしまうこと。開の中に合あり、というように、どれだけ(骨盤を)開いても、中心は締めていなければならない。このあたりは指導者にしっかり見てもらったほうがいい。

 

 では最後に、どうやって松胯、開胯の練習をするか?

 ・・・それがいつもの内功、動功。

 いずれにしろ、”気の重み”をつかうのがミソ。だから前提として気を溜める練習(タントウ功などの築基功)が必要になります。

 なぜ、”気の重み”が必要か? 

  生徒さん達、分かるかなぁ?

 

2020/2/19 <閃通背 その2>

 

 第19式閃通背の最初の”閃通背”の用法解説。

 ①拦lan、②砍kan、③贯guan

   1、2、3で終わりです。

 

 ③の喉を突き刺す技は『白蛇吐舌』と言われています。

2020/2/18 <閃通背 その1>

 

  第19式『閃通背』はその昔『三通背』と言われていたそうで、背中を通す技が3つある、ということだったらしい。今では第19式の最後の背負い投げのように見える部分のみを”閃通背”と呼ぶようだが、師父は、この式に含まれる3つの(閃)通背を順番に説明してくれた。

 

 動画に字幕をつけるとどうなるだろう?と面白半分でやってみたら、案外自分の頭の整理、復習になるよう。

 まずは字幕をつけた、第3番目、最後の閃通背の説明部分を載せます。

 

 最後のこれは、背負い投げでもなんでもなかった(他の老師による背負い投げのような用法も見たことある)。

 さっと相手の拳を避けてつかむ、と同時に自分の攻撃の手が相手の肩に届いていなければならない。動画を見ての通り、私がえらく戸惑ったのは、これまでよくやってきた、相手の外に回り込みながら相手の拳を躱すのではなく、そのまま内側から相手の拳を躱して掴まなければならなかったから。このように躱した場合、相手のもう片方の手(ここでは左手)で打たれる可能性があるから、反応がとても速くなければならない。瞬間技になる。

 

 帰り道に師父と話していたら、”芸高人胆大”という言葉を教えてくれた。

 技芸の高い人は胆が大きい。 

 この3番目の用法はそんな技です。

 

2020/2/17 <肩靠>

 

  自分のためにも24式の用法解説の動画を撮っておきたい、と師父にお願いして、第19式の閃通背をやってもらいました。

 動画、4分割。

 1番目は閃通背に入る前の肩の靠の説明。

 靠は第二路の46式に入ると頻出しますが、24式ではまだ少ない。とても重要な太極拳の八法の一つ。貼身靠! と言われるように、接近戦で使う技です。

 靠はまだ良く分かっていなかったのでしつこく聞きました。

 

 動画に字幕を入れながら、かなり笑いました。

 自分の動画を見てこれだけ笑えるのは幸せ?

 

 その後の動画は後でアップします。

2020/2/16 <太極拳的圧腿の仕方>

 

 圧腿については数人から問い合わせがあった。

以前ブログに書いたことがあったようだが、こちらに来て改めて師父の指導を受けたところ、これまでの理解が甘かったことが判明! なるほど、そうだったのか、とやっと腑に落ちた。

 よく見かける圧腿のどこを師父が不満とするのか、なぜ不完全なのか、それはまさに太極拳の『周身一家』(身体丸ごとで一つになる、身体が分断されない)と深い関係があった。

 

 通常やられている圧腿では、太ももとお尻の境界線にある承扶のツボから太もも裏、膝裏にかけてが集中的にストレッチされ、ともすると、その部分の筋に負担をかけすぎて痛めてしまうこともある。実際、私も圧腿で左腿裏とお尻のつなぎ目のところの筋を伸ばし過ぎて痛めそうになったことがある。やばい、と思ってそのあと一週間ほど伸ばすのを止めたが、その後、師父から再度正しい圧腿の仕方を学んだ結果、一箇所の筋が集中的に伸ばされて痛めてしまいそうにされてなる時は、その部分の筋が硬いというよりも、その他の部分の筋が伸びないからその一点が伸ばされてしまうのだということを知った。

 圧腿で、腿だけではなく、仙骨や腰、背骨の方まで筋を伸ばせるようになると、それに比例するかのように、膝下の脹脛やアキレス腱周り、そして足(フィート)の中(足指)がストレッチされるようになる。足指まで拉筋するには仙骨にあるさらに広範囲に満遍なく筋が伸ばされるような圧腿の方法をとればもっと安全に筋を伸ばされることになる

 

それには、左の図にある仙骨の左右、それぞれ4つあるツボを縦につないだラインもストレッチして、膝裏や太もも裏のストレッチをお尻から腰へと繋いでいくことが必要だ(おそらく仙骨のこのラインが意識的にストレッチできるならその上の腰部分のストレッチはそれほど難しくないだろう。膀胱経の線を進めば良い。)

 

(左の図は

http://www.aimy-ss.jp/BOUKOU.html

より転載させて頂きました。)

 


  この後、師父にお願いして撮らせてもらった圧腿の動画を紹介するが、これと一般の老師が教えている圧腿の違いは、承扶ツボより上をストレッチできるか否か(左の図の中のツボたちを総動員できるかどうか)。

  

 脚を上げる時に承扶のツボ以下で脚を振り上げるようなことは太極拳では決してやらない(というか、普通に歩いていてもそのようには私たちは歩かない。骨盤を動かすことなく脚を振り出して歩いているとしたら相当身体が悪いに違いない・・・)

 

 

 

 詳しくは下の動画を見てもらいたいが、下段の師父の一番左の写真は良くない例。これではお尻が割れない(仙骨の2列が引っ張れない)。左右のお尻の輪郭が、くるん♪と浮き出てくるような圧腿ができたら完美(中国語で完全、の意)。

 コツは、立てた軸足をできるだけ前方に(師父の写真で言えば、左足をできるだけ木に近いところに置く)、そして上げた足の踵はできるだけ身体の方に引きつけること。するとお尻の面が身体と平行になって仙骨の中心の2列を使い切ることができる→脚の内腿側、陰経も使いやすくなり身体が総動員される。 

  軸足と上げた足の距離を開けば開くほど(コンパスを開けば開くほど)身体の中心軸を使いづらくなる。逆に狭くすればするほど(ストレッチされるラインが)身体の中心軸(会陰と頭頂を結ぶ線)に近づいてくる。

  私はこれで足首からFeet内のストレッチができるようになり(足が熊手化!)、足裏の力が格段にアップ。他に特別な練習をしていないのにジャンプが前より楽になった。脚はただ高く上げれば良いわけじゃない(高く上げるには脚の付け根の筋さえ伸びればいい。腰や膝裏、足首、足指の筋の伸びとは無関係)。脚に力があるというのはどういうことなのか・・・ただ太ももの筋肉をつけても膝を痛めるだけ・・・・私にとってはそんなことも分かるようになった目から鱗の(そしてキツイ!)圧腿でした。

  圧腿はくれぐれも無理をせず、毎日、少しずつやる、それが大事です。最初から完美は目指さない!

2020/2/14 <弓歩の重心移動>

 

 早速お問い合わせからいくつか質問をもらったので今日はその一つを説明。

 

 <質問>

 弓歩の重心移動の仕方について、2019/4/18の劉先生の「弓歩」動画で「身体を落とすのではなく,気を落とす」という話があったが、そこに至るための「弓歩への動きだし~途中動作」を教え欲しい。ちなみに自分の先生は「腰を前に,仙骨を立てて!」と言います。別の言い方をする先生もいるようです。

 

 <回答>

 単刀直入の回答

 「丹田を作ったまま後ろ足裏で地面を推せば身体が(腰が)立ったまま自然に身体が(腰が)前方に移動します。」

  ①弓歩で後ろ足に乗った状態で丹田を作っておく(後ろ足にのったタントウ功の状態)

  ②後ろ足の足裏で地面を推して(※あたかも後ろ足裏で丹田を推しているかのように)丹田を前方に移動させる。

  ③足裏が地面を推している間は丹田が前方へ移動し続ける→身体がタントウ功の状態で前方に移動 

  

  結局、最初から最後まで丹田を失わないで動ければ重心移動はできてしまう。

 脚(股関節や膝や足首など)は問題にならない。

  丹田がない状態から動き始めるからややこしくなる。

  

   下の写真は2019/4/18動画の場面を切り取ったもの。

 師父の後弓歩も前弓歩も胴体の重さは股間から下に抜けている(=丹田があるとそうなる)。

 動画冒頭で師父が生徒さんの胴体を調整して含胸させていたのは、他でもない、(胸の気を腹に落として)丹田を作らせるため。

 丹田が作れないと両脚’(両腿)で胴体の重さを支えなければならなくなる。

 両腿に乗っかると脚が重くなるから(膝に負担がかかるから)速く動けなくなるし負担が大きくなる。

 胴体の重さはストンと直接両足裏に抜けてしまいたい!(両足裏から地面に抜ける)

 そのためには丹田が必要になる(どうして丹田、身体の中の隙間が必要になるのか、だれか物理的、数学的に分析して教えて欲しい!私は感覚的にしか分からない(苦笑))

 

 

   巷の先生が「腰を前に、仙骨を立てなさい」とかいろいろ難しいことを言わなければならなくなるのは、やはり、太極拳の動きの、いや、人体の動きの大前提である”丹田”をしっかり作っていないからではないかと思わざるを得ない。

 

 太極拳が中国国家によって一般大衆にに広めようと”制定”された時点で、習得に時間のかかる”丹田”は切り落とされてしまったのだからそれは仕方ないかもしれない・・・が、息抜きに体操程度でやる程度ならともかく、試合に出てまでやろうとすると身体に対する負担が大きくなり過ぎる。太極拳は身体を痛めるスポーツになってしまうだろう(実際なりつつある,,,)。

 

 とは言っても、丹田がしっかりなければ太極拳ができない訳ではない。太極拳を練習しながら徐々に丹田を作っていけばいい。丹田の重要さが分かり始めたら率先して丹田を作る練習をし始めるだろう。

 

 私にビデオレッスンを依頼してくるほとんど全ての人は陳式非経験者。丹田もよく分からないし丹田を回すなんてどういうことか分からない、という人ばかり。

 楊式は陳式から派生したけれども、丹田の内側の動きが見えない。私から見ると、丹田を回す必要もないくらい丹田が身体全体に広がって身体の中が丹田でくり抜かれて空洞になってしまった人だけが可能な動きのように思う。外の動きが他の太極拳の流派に比べて簡素だが、外の動きが簡素ということは内側がものすごい。いわゆる巨匠レベルの動きだ。問題は、内側が何もない人が巨匠の動きを真似すること。巨匠は内側は絶対に見せないのだからどれだけ上手に外側を真似ても内側は分からない。内側の手がかりが掴めない。

 私のところにくる楊式経験者はみな”内側を知りたい!”という思いが特に強い。

 ただ初めて太極拳を習いにくる人は全部がよく分からないから何が外で何が内かも分からないままただ練習をする・・・それとは大違い。

 

 内側のない外側はない。私がビデオレッスンで教える楊式を練習している生徒さん達に教える時も、最近はまずその楊式の動きをやってもらう。そして内側が分かりそうな箇所を選んで、実はその動作の内側(丹田の動き)がこうなっているから外側がこうなるんだ、というのを実感できるように導いてあげられるようにしている。”内側”が実は普段やっている楊式太極拳の動作の中の隅々に埋め込まれている。ただ本人がそれを知らない、習ってこなかっただけ。

 

 前置きが長くなったけれども、上の単刀直入の回答、丹田を移動させる!、では意味が分からなかった人のための補助的な練習動画。本当なら一人一人に対し手を替え品を替え教えるのだけれども、一度はこれを試してみるとよいと思います。股間に降りる、のがポイント。太ももに乗っかってはいけない。どうやったら太ももに乗らずに一直線に股間に降りていけるか、試行錯誤したら、上半身の力を(諦めて?)抜くこと、へなへな〜、とがっかりして腰の力も抜けてしまったような感じもなきにしもあらず?ほんのちょっとした自由落下? 落下しそうなその時に身体を支えているものが・・・実はそれが丹田。 そこまで見えなくても良いですから、ただ真似してみて下さい。股関節を緩めるにも実は丹田が必要、というか、股関節を緩める、ロックを外そうとするとちょっとした丹田ができていまう、はず。

 

↑下列左側の写真のように両太腿に乗るには上半身をギュッと締めなければなりませんでした・・・。ということはその他の時はお腹、上半身をほわっとさせていた、ということ!

2020/2/10 <松胯に入っていく時に意識しておくこと、弹簧力!>

 

 『松腰』なしに『松胯』をしてはいけない。

 

 それを書こうとして『松腰』を書いたところで話が中断したままになっていた。

 腰を緩めてから股関節を緩める。

 腰を緩めずに股関節を緩めてはいけない。

 

 これは、私が観察する限り、太極拳(中国武術)と日本の武道の大きな違いだ。

 

 日本では背骨を本当にまっすぐにする、ことに重きを置く。文化的にも、背骨がぐにゃぐにゃ動いたり、腰を回したり振ったりすることはタブー視されている。私は小学生の時に背中に長い竹製の定規を入れられたまま授業を受けたことがあったけど、そのくらい(昔の?)日本は背骨の真っ直ぐなことが重要視された。

 空手の動画などを師父に見せると、腰を使わずに胯だけ使うんだなぁ、と不服そうな顔。だって日本の武道ですから、と私は思うけど、中国から沖縄に唐手が伝わったころはそうでなかったのかもしれない。

 

 私はこれまで何度か国内でも有数の空手家の人たちに会ったことがあるが、彼らは若いうちは良いにしても歳をとると決まって背中が板の入ったように真っ平らになっている。この前会った人も、前回の滞在の時に会った人も、微妙に歩き方がおかしかった。よく見ればこの人は右股関節、あの人は左膝、と負傷しているのが分かった。空手は本当に打ったり蹴ったりするから怪我はつきものだから仕方がないのかもしれない。養生と武道は必ずしも両立しない(のかな?)。

 

 これに対し、太極拳の根っこは道教。不老不死、仙人思想の教え。師父と話していると、長寿であればあるほど価値が高い、みたいな価値観を埋め込まされそうになる。いや、長生きに越したことはないけど長けりゃ良い、訳ではないでしょう?と何度も反駁を繰り返したが、長寿信奉は骨の髄まで染み込んでいるのか全く変わることはない。

 太極拳がただの武術ではなく養生法となったのもそんな文化的背景があるだろう。いくら強くても格好良くても身体を痛めてしまうのは論外。空手のように胸のすくような技でなくとも、最小限の力で賢く敵を蹴散らせればそれでよいのだ。

 

 太極拳が背骨を自由自在に操るその様は蛇に例えられた。

 そこには肩も腰も股関節も存在しない。全身が一つになる。

 

 ここで松腰から松胯の話に戻るけれども、この松腰→松胯はそんな蛇のような身体を作る第一歩。

 一般的には、虚霊頂勁で頭を吊っておいて、その下の背骨を下に牽引して引き抜くようにする(それぞれの脊椎の間を広げる)と説明されるけど(→背骨の調整)、なぜ太極拳ではこんな要求があるのか、その意味をはっきり意識しておくべきだと思う。

 でないと、松腰の後の松胯の意味がはっきりしないから。

 

 かなり昔、師父に、太極拳で最も大事な運動の要素は何か? みたいな質問をしたことがある。

松、とか、沈、とか、柔、とか、霊、とか、虚、とか、そんなことを言うのかなぁ?、と思っていたのだけど、なんと答えは単刀直入、「弾性」その一言。

 弾性? と私が繰り返したら、「弹簧力!」と言い直してくれた。

 

 

弹簧とはバネ、スプリングのこと(左図参照)。

太極拳で目標にしているのはバネ力。

 

当時そんな話を聞いた時は、まだ二路も学んでいない段階。二路で本格的に学ぶ発勁もまだ分かっていなかった。跳んだり跳ねたり、そんな太極拳とは無縁の練習をしていた頃だったから、バネ力、と言われても全然ピンとこなかった。私が知ってる太極拳はただの地面を平行移動してるだけ・・・。

 

 が、それから随分経った今、師父の当時の言葉はまさにその通りだと納得できる。

 このバネ力は背骨のバネ力に他ならないのだけれども、このバネ力がなかったら発勁もジャンプも素早い動きもできない。

 普段延々と練習しているタントウ功や基本功、そしてゆっくりと気を巡らして太極拳(一路)を練習するのは、そのうち二路に進むため。二路こそが太極拳の出来上がり図で、一路はその準備という位置付けなのだ。

 

 発勁ができるようになる、とか、ジャンプができるようになる、という武術としての目的に限らずとも、バネ力、というのは加齢とともに目に見えて衰える身体能力。基本功ではジャンプの練習はしないでしゃがむ練習をする。その場でストンとしゃがめるならしゃがんだ状態からそのままジャンプができる。タントウ功や基本功は、そんな、ストン、と身体のどこにも引っかからずにしゃがめるような身体を作る練習。その、ストン、としゃがむ、その動作を超スローモーションにしたら、腰が緩んで股関節が緩んで、とグラデーションで緩んでいくことが分かるだろう(幼児などの”達人”は一気に全部同時に緩められるだろう)。

 

 身体の中に強力なバネがあれば、呼吸もしっかりし、気血の流れも良く、とても健康な身体になるのは間違いない。

 背骨のバネ化、それを忘れずに練習すれば大きく道を逸れることはないはず。

 

 松腰から松胯に入っていく時も、背骨がぎゅっと棒にならないよう、背骨がボヨヨン、とクッションのあるバネのようなつもりでやってみるとよいと思う。股関節緩めてドドド、と背骨が一気に落ちてくるようだったら、バレエのバーレッスンのように、手で手すりを軽く握ったり壁に手を置いて手で身体を支えた状態で、背骨が塊で落ちてくる直前で何度も股関節あたりでバウンスを繰り返してみたりするのも一つの手(文章ではわかりづらいかな?)。

 

 続きはまた今度。

 

 書いた後にふと思い出して見直した玉三郎の動画。4'50"あたりで中腰になるところがある。

腰は緩めたまま、脚の筋肉も緩めたまま、このままで24時間いられる・・・。タントウ功と同じ。

これが可能になるのは玉三郎の腰と股関節の柔らかさ。が、ここでは爪先立ちだけど、踵を下ろして中腰になると股関節はとても緩み辛くなる。踵を下ろしたまま足首を関節化させることが必要→feetについての記述を参照。

 

2020/2/8 <思いがけず『舌抵(貼)上颚』が分かってしまった>

 

 2日前から喉が痛くて多少風邪気味。パリの道を歩くとタバコの煙を吸わずにはいられない。歩きながらタバコを吸っている人がとても多く、公園で練習をしていてもどこからかタバコの匂いがするし、師父の所にはしょっちゅう通りがかりの人がタバコをもらいにきたりライターを借りにきたりする。そう、だから、喉が痛い時はマスクをしたい。が、できない!

 

 日本でも大騒ぎのはずだが、ここフランスでもコロナウィルスに対する警戒心はとても強いようで、中国人と見分けのつかない日本人や韓国人、総じて、アジア人を危険視するフランス人がいるようなことを聞いてしまった。

 こちらではマスクをつけている人がまず見当たらない。少し前にデパートに行ったら中国人の観光客がマスクをしていて、私でさえ一瞬、危ない!と思ってしまっただから、もし私がマスクをして歩いていたらフランス人の中にも私を危険人物だと思う人がいても不思議ではないだろう。

 予防のためにマスクをしているのか、自分の病気を移さないようにマスクをしているのか一見分からないところがややこしいところ。今回のコロナウイルスの場合は感染者がマスクをつけて公園で太極拳の練習をしていたり、堂々とデパートで買い物していたりするわけがないのだけど、つけている人がアジア人だと怪しく思われてしまう(のでは?)と余計なことを考えたりしている。

 

 一昨日はベテラン生徒のドミニックが来ていたから、なぜフランス人はマスクをつけないのか聞いてみた。「そもそもマスクは売ってるの?」と質問したら、「何を言ってるんだ? 今やフランスのドラッグストアのマスクは全て売り切れだよ。」と笑いながら答えた。「へぇ〜? でも、誰もマスクしてないじゃない!」 と返したら、「皆必要になった時のために買い込んで家にストックしてるんだよ♪」と笑ってる。えぇ〜?!ひどい! トイレットペーパーの買い占めみたいだ! というか、フランス人も日本人みたいなことをするのね、そりゃ人間だもの、みな存在欲で生きている・・・頭の中で エゴと存在欲の関係はどうなってたっけ? と考え出したところで、会話が止まってしまった。

 

 そんなことで喉が痛いけどマスクをしていないで練習していたのだが、そうすると、鼻と喉の間(その通路)が乾燥してその結果喉が乾いてくるのが分かる。鼻と喉の間(調べたら上咽頭というらしい)が乾燥しないようにするには・・・、と恒例の拍手功をしながら模索していたら、舌の根っこを喉に添わせてそのまま上に貼り付けていればよいことを発見。そうすれば鼻と喉の間に舌で蓋ができてそこに水分が保持できる。そういえば、最近イギリス英語の発音をおさらいしていて、実はイギリス英語の発音の際の基本の舌の位置がフランス語に近いことを知ったばかり。舌の奥が上咽頭あたりにくっついている(舌がとても後ろの方に引かれている)。だからフランス語は鼻音が基本になる。ボンジュ〜ル♪も、日本語読みのように音が口から”出る”のではなく、ボンで口から吸ってジュ〜(フ)は鼻から出る。日本語は口から音が出るけど、フランス語やイギリス英語のRPアクセントでは、口から吸って鼻から出る。だから口が引っ込んで鼻が出る、そんな骨格になるんだ!! 

 これに対して、日本語は鼻をつまんでいても喋ることができる。口から声(息が出る)。舌を上顎にくっつけていたら発音ができない。逆に、医者に行って喉を見てもらう時のように舌を下顎に貼り付けて喉を開けた状態で発音ができてしまう。つまり喉が全開の音で、たしかにこれでは鼻から入った空気(菌)が一旦上咽頭で水を混ざることなく一気に喉へと落ちて来てしまう。・・・・ああ、だから特に日本人はマスクをしないといけないんだ、と、一人妙に納得。

 欧米の一昔前の映画に出てくる中国人や日本人などの喋り方は、アーアーヤーヤーギャーギャー、みたいに真似されるけど、アジアの言葉は鼻音が少なくて喉が開いたような音が多い。鼻と喉の間を舌で蓋するような発音の言語がヨーロッパに多いのかどうかは検証していないが、少なくともフランス語はその典型。そして、まさにそれこそが、太極拳の『舌抵上颚』なのだ!

 

  このように舌の根っこを上咽頭に添わせて貼り付けるのは人間として正しい舌の位置。歯医者さんもそう勧めている。が、実際にそれをしようとすると、かなり顎を引いて首を立て、頭部を後ろに位置させなければならない(実際には頭蓋骨をクルんと前回転させる、骨盤の前傾と連動)。日本人にはなかなかとれない姿勢。馬に乗って馬が急発進した時に身体がとりのこされそうになって手綱をグッと握って首を立てざるを得なくなった、そんな体勢。この時の舌はかなり後ろに引いて上顎に貼り付いているはず。

 

 マスクできないならトローチを、とトローチを舐めながら歩いていたら、あれ?、トローチは舌の奥と上顎の間に挟まれた状態で自然に溶けてきているだけ。舌でペロペロ舐めてるわけではなくて、舌と上顎の間に含んで舌を吸盤のように吸いつけているだけだった。しかも、放っておくと舌の一番奥のあの位置、上咽頭に近い位置にトローチがある。舐めてる間は鼻と口の間は蓋をされているんだ〜(当たり前か?)。(おっぱいを吸うのもこんな舌の使い方。吸う、という動作は唇ではなくて舌を上顎に貼り付けて吸う。口の中が”陰圧”になる。これ以上書きませんが、”陰圧”がキーワード。引く、吸う、で作る陰圧、丹田にも陰圧がある。会陰も肛門も陰圧=合。吐く、出す、の陽圧だけでは太極拳にならない。)

 

 誰かこの舌の位置、舌を”引く”ことについて説明してくれていないかなぁ?、と調べたら、こんだ動画がありました。見て見てください。舌が自然にこの位置に来るように全身のアライメントを調整できたら太極拳の要となる基本の身体作りは成功したも同然。

 

 

 本当に吸盤にします! 慢性上咽頭炎の人だけの話ではなくて、普通の人もそうあるべきの舌の使い方。最終的には首は首で立てるのではなく舌で立てるようになるはず。舌の上には延髄、そして脳が広がる。舌から耳と目、上丹田、その基礎は中丹田と下丹田。できなければ下から順番に調整し直します。

 

 下の動画はRPアクセントの典型例。(RP=received pronunciation)

 

 そしてBonjour♪ の発音

 この動画の中にあった「R」の発音の図(舌の左側の図)。のどちんこの前、「が」に近い位置・・・ここが上咽頭の位置。ここに隙間を開けないで舌を貼り付けると、『舌抵上颚』(『舌貼上颚』とも言う)。

 「L」の発音の舌の位置(舌の右側の図)ではないので要注意!(誤解している人が多そうなので)

2020/2/6 <三人不言道>

 

 今週は久しぶりにビデオレッスンを2つした。

 パリに来てから午前中は毎日師父との練習があるため、時差8時間の日本にいる生徒さんとのビデオレッスンの継続が難しくなった。レッスン希望の生徒さんを随分待たせたのち、この前やっと、オーストラリアに住む生徒さんとはこちらの夜20時半(向こうの朝6時半)、今週はドイツに住む生徒さんとは夕方(時差なし)、そして日本に住む生徒さんとはこちらの朝9時(日本の17時)にレッスンをした。

 

 時間を工面するのは一苦労だが、一度レッスンをすると毎回手応えがあって教える充実感が感じられる。いや、手応えがないのは許せない、生徒さんに”感じさせられない”と気が済まない私は、これでダメならこれ、それでもだめならあれ、と執拗に迫りがち。どこをどうすれば生徒さんをそこに持っていけるのか、それをその場で考えて試すのは、自分の能力をフル回転させることになる。それは”ない”ところからほじくり上げるような感もあるが、それが、ほじくり上げずとも生徒さんの動きを見ていたら”ない”ところから自然に湧き上がってきたように感じられる時は、不思議なくらいうまく生徒さんを導くことができる。どうすれば生徒さんが分かるだろう?と一度考え始めたら、ドンピシャにはならない。ごりごり導くことになる。

 毎回毎回、一期一会で教えるしかない。

 太極拳を教える、とはいうが、大事なのは”教える”のではなく”導く”こと、学ぶ側はただ”習う”のではなく、導かれたらその境地にその後自分一人で逹することのできるように身につける自分一人の練習、試行錯誤が必要になる。”修得”することが必要になる。

 

 「先生と一緒にやるとできるのに、一人ではできないのです。」というような言葉をよく聞くが、”先生”は生徒が一人では逹することのできない一つ先の境地を見せてあげる(体験させる)のが仕事だから最初はそれは当たり前。が、いつまでも同じところで足踏みしていてはいけない。先生に習って、一週間放っておいて一週間後に思い出したように練習しても(天才的に身体記憶が優れていない限り)一週間前に得た身体の感覚を再現することは困難で、また一週間前と同じところから出発することになる。学ぶ側はただ”習う”のではなく、導かれたらその境地にその後自分一人で逹することのできるように身につける自分一人の練習、試行錯誤が必要になる。”修得”することが必要になる。

 

 私が最初に師父に習い始めたころは、一週間に一回のレッスンだったけど、その一週間の間次のレッスンのためにどれだけ準備(練習)をしたか分からない。練習をしていかなければ師父は一眼で見破って喝を入れてくるし、それが続けばそのうち見放されてしまうと思って必死だった。

 

 ビデオレッスンの良さは、一対一で教えられること(学べること)。

 一対一だから私はその人の課題だけに集中して、その課題を克服するための方法を提示することができる。そしてその次のレッスンまでの宿題を明確に示すことも可能だ。

 これは複数の生徒さん相手のレッスンではなかなかできないこと。

 一人一人の課題を指摘してあげることはできても、その克服のための方法を何通りも示すことはできないし、ましてや一人一人に別々の宿題を出す時間がない。

 屋外での集団練習は直に触れたり、直に見ることで、生徒さんが感じることができるし、一緒に動いて身体全体で感じることができる。大きく学ぶことができる。一対一では細かい点を学ぶことができる。

 

 三人不言道 道不传六耳

 

 これは最近師父から聞いた言葉。

 三人いるところではタオの話はしない。

 6つの耳(=三人)にタオは伝えない。

 

 つまり、タオは二人、一対一の師弟間のみで伝える、ということ。

 もともと太極拳もそのようにして学ぶ。集団では学ぶのは無理なもの。それが学校での勉強、学問との違い。

 

 ビデオレッスンは止むを得ずやり始めたが、やってみるとタオの伝え方にも似た面があり、生徒さんたちの進歩の様子を見ていると予想していた以上に効果があるようだ。 

 

 

2020/2/3

 

  先日紹介した踵、脚前掌(足掌)の使い方が可能になるには、丹田から踵、足先までしっかり勁をつなぐ、という土台作りが必要だ。その土台作りがタントウ功だが、これも漫然と同じ形で立っていたのでは身体の中を通すことはできない。石のようにたち続けたら硬い身体になってしまう。少しずつ、少しずつ、気の量が増えるごとに形を変えていかなければならない。それには通常微調整の仕方を教えてくれる老師が必要になる。

 

 丹田から最も遠い足(feet)まで勁を通せれば、タントウ功は成功したも同然。

 その完成形は実はバレエダンサーの足と同じ。

 とは言っても、バレエダンサーも皆が皆成功しているわけではなく、相当注意しないとすぐに負傷してしまう。

 このサイトにその完成形が詳しく説明されていました。

 太極拳にも、こんな足(feet)が必要!

 

 私の見る限り、このブログの中で間違えた例、として描かれているような足で太極拳をしている人の方が多いはず。だから太極拳で膝や股関節、腰などを痛めてしまう。(虚歩もただつま先をちょんとしているだけで踵の力が皆無だったりする。)

 なぜ会陰を引き上げなければならないか、なぜ上向きの力ではなく下向きの力を重視するのか、このブログを見て納得。

 

 https://www.chacott-jp.com/news/useful/lecture/detail001692.html

 

 足の使い方については他の回にも掲載されているようなので参考にしたいと思いました。

 

 なお、上の中足骨に着目したブログでは、「小趾側のくるぶしの引き上げが大事」だと言っているが、太極拳では同様のことを、外くるぶしの「崑崙」と胆経上の膝下に「陽陵泉」を意識する、という表現をする。「腿と股関節は均等の力で離れる」というのは、太極拳の「会陰を引き上げる」というのと同じ(もし会陰を引き上げて腿と股関節の距離が縮まるような感じがするとしたら間違えている→、会陰を引き上げる前にしっかり放松して足裏まで気を落とす、タントウ功の第一段階をクリアする必要あり。会陰を引き上げるのは第二段階。)

 

 このような足の使い方はバレエや太極拳に限らず、どんな運動(ただの歩行)でも必要になるが、子供の時はそうだったかもしれない身体の使い方を取り戻すための功法が基本功だとも言える。

 

<今日の新しい不思議な身体の感覚>

 

 今日の練習は師父が用事でおやすみで一人練習だったが、一人だからいろいろ試すことができた。昨夜久しぶりに馮志強老師の動画を見て、やはりすごい、と思ったが、その映像が頭に残っていたので、少しそんな感じで立ったり動いたりしてみた。師父もそうだが、馮老師の立ち方を見ると、首が子供の時のように背骨からそのまま立ち上がっている。頭は後ろの方にある。頭はもっと後ろ!と何度も直されたが、頭を後ろにして立ち上げるには丹田の重さがさらに必要になる。

 今日は一人だから、少々変でもこんな感じ?と自由に試せた。重心ももっとさげなきゃ、と一通り練習して帰り道、道を歩いていたら、あれ?私が私の身体より後ろにいる!

 自分が自分の身体より後ろにいる! と瞬間的に思って、頭の中で、それ、どういうこと?

と一人問答が始まる。

 歩きながら、いや、自分の身体が自分の前にあるんだ、と納得。

 ん?私の身体全体が私の前(私より前)にある、ということは・・・

 ああ、以前師父が、何気なく、踵は身体の真ん中にある、とか言ってたなぁ。と思い出した。

 確かに、踵は私より前にある。だから師父は踵は身体の真ん中にあると言ったのだ!

 身体が自分よりも前にある、ということは、そう、私は身体をすべて操作できるということ。身体の中で私より後ろにある部分が広ければ広いほど、自分で操りづらくなる。腕や脚は完全に私の前方にある(ハムストリングスも私より前方にある)。すると自分で脚の後ろの面まで操ることが容易になる。

 背中の薄い肉と皮のみが私より後ろにあるような感覚。初めての身体感覚。

 

 明日早速師父に報告してみよう♪

 

<追記>

 そうそう、それは大太鼓を身体の前にしょって(抱えて)行進するブラスバンド部員のよう。大太鼓が私の身体。私が私の身体(大太鼓)を抱えていました。明日も再現できるかなぁ?

 

2020/2/2 <閃通背の歩法  『梢节领中节随根节催』の”催”> 

 

 生徒さんから第19式閃通背の中にある『白蛇吐舌』の時の足の向きがはっきりしない、という問い合わせがありました。早速師父に確認したら、ああ、そうだったのか、と目から鱗。

 

 白蛇吐舌は、まさに蛇が舌をチロっと出す動きのごとく右手を相手の喉に向けて刺し出す技。指先の一突きで相手を殺してしまう、というくらい一瞬の指先の力が必要になる。この指先の力をもたらすのは踵(から脚、身体を通って指先まで達する勁の道)。

 「梢節(手)は”領”、中節(腰)は”随”、根節(踵)は”催”」

 という中で、踵の”催”、という”催”という意味がずっと良く分からなかったけど、今回師父がやってくれた、踵の押し込みに”催”の駆り立てる、せき立てる、促す感じがよく現れていると思った。もしこれを(私が間違えてやっていたように)踵を支点に足先を南に開いてしまったら、蛇の舌のような速さで腕を差し出すことはできない。師父のように足掌を支点に内踵を前方へ押し出すと腎経など陰、身体の内側の勁(脚の内側、身体の中心、脇から腕の内側、掌へ)が主導になるのに対し、踵を支点に足先を開くと、足の小指側から胆系や膀胱系の身体の外側の陽の勁が主導になる(手は甲側が主になる)。そして、勁の距離の短さ、速さで後者は前者に敵わない。蛇の舌の動きのような鋭い動き、寸勁には内踵の勁が不可欠なのを痛感。

 踵は全ての勁の出発点。

 踵を活性化させて鋭く使うためにはそれなりの練習が必要。

 そのあたりの補足は日を改めて。

  

 馮志強老師の閃通背を見たら、白蛇吐舌の前の右足の上歩で直接足先を南東に開いて着地。そのまま右足を動かさずに白蛇吐舌をしていました(3'40"あたり)。

 良く見ると、右足内側、内くるぶしから腎経、陰の勁を使っているのが分かる。このようにしっかり陰の勁を通せるならこのような歩法も可能。直接足先を南東に開いて着地して、股間がすかすかで心配(金的の心配あり)と感じるなら陰の勁が使えていない(苦笑)。最初は劉師父のように足を使った方が勁がとりやすいと思います。

2020/2/1

 

 転腿を一人で練習したいので動画が欲しい、というリクエストメールをもらいました。

 早速動画を撮りましたのでご覧下さい。

 

 先生(師父)との動画を見て改めて気づいたこと。

 太極拳をしなくても転腿の動きを見れば功夫の差は一目瞭然。師父の動きは全くブレがない。腰=帯脈、胯、膝、足首の回転がそれらをつなぐ筋肉の螺旋運動(床屋のあれのような)と完全に繋がっているので、関節の回転が滑らか。関節が均等に回転している。ここまでいくと左右5・5で転腿できるのだと動画を見て知りました(結局、私、相手がいようがいまいが、関係ない⁉️)ああ、師父に近くにはもっともっと丹田の気を増やして股間(裆)までパンパンにする必要あり。

 

 

 そして一人転腿の説明。

 順回転(外旋)では気が腰から足へと螺旋を描いて降りていく。

 逆回転(内旋)では気が足から腰へと上がって行く。

 陰昇陽降、に従って、順では脚の陽面(外側)の下降、逆では脚の陰面(内側)の上昇を意識する。

 最後に腰=帯脈と胯を繋ぐための回転の練習の仕方を紹介。ここが太極拳の要所。ヤオ・クワ、ヤオ・クワ、腰・胯、と何度も何度も言われるところ。

   転腰でクワを回す練習をして、次第に丹田とその外側の腹(のタイヤ≒帯脈?)の間に隙間ができるてくると、丹田を撼わすとズレを伴って帯脈が回るようになる。これが拧腰(ニンヤオ)で発勁の原理。(→昨日紹介した馮老師の肘法の動画がその完成形。発勁した時に腹が、ブるん♪)。

 

『今日のメモ』毎日の練習は気づきの宝庫。太極拳の練習の成果が何に及ぶかは予測不可能。2012年9月〜のアーカイブは『練習メモアーカイブ』へ

YouTube『スタディタイチ』チャンネル→こちら

 

練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

       馮志強老師著

お問い合わせはこちらから

ようせいフォーラム2017プログラム
3月4日(土)にパネリストとして参加しました。
ようせいフォーラム2017プログラム.pdf
PDFファイル 3.1 MB

 

2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

発表の抄録、資料はこちら