2020/4/7

 

 昨日撮った『引気帰丹功』の補足。

太極拳の呼吸の基本(吸→蓄→吐→松)を加味しました。レベルが上がりますが、丹田に引き入れた後、命門で吐いて、腎で吸えたら完璧です。

 

 

 そして肩と胯の合についても補足。雲手(運手)にもそれらの回転がある。実際にはこのような回転は露骨には見せないし見えないけれど(隙間となって意識されるようになるから)、まずは回転できるように練習すべき。

2020/4/7 <生徒さんとのやりとり>

 

  最近毎日のように動画をとっているけれども、動画を撮る時は無意識で自分の生徒さん達を思い浮かべているようだ。これも教えたい、あれも教えたい、と欲張って、かえって生徒さん達を混乱させてしまうのが私の欠点だが、慣れている生徒さん達は必要な一部分だけ吸収してほとんどはスルーさせているようだ。が、それでもスルーさせたところがどこか奥に残っていることがあるらしく、随分後になって、「先生、ここはこうですよね?」と既に私が教えたことをあたかも今自分が発見したかのように報告してくれることがある。それはとても喜ばしいこと。私がそう言ったからそうなったのではなく、そうなんだと自分が気づいた、というのは悟性の現れで、それがあると練習が楽しくなる。進歩も速い。日頃から問題意識を持って練習することが大事。

 

 今日は私の生徒さんからそんなことを示すメッセージをもらいました。

 昨日の『身体を膨らまして上肢を繋げる』という動画を見て気づいたのだと思うのだけど、そのメッセージを紹介します。

 

 ちなみにこの生徒さんは私のところに練習に来ることを決心するまで2年もの間ひたすらこのブログを読んでいたそう。理由は内容が難しいから私の生徒さん達のレベルがさぞかし高いと思って躊躇していたらしい。実はそんなことは全くない(苦笑)今でこそ数年かけて育てた生徒さん達が多少いるから、少し高度な話をしても話が通じるけれど、以前は話ができる生徒さんがいなかった。太極拳の深い話ができて、練習相手にもなってくれるような生徒さん=仲間を作りたくて一生懸命教えてきたのだけど、ここにきて私自身がパリ留学(?!)してしまい生徒さん達は置き去り状態。時間のあるこの時期に動画やビデオレッスンなどで少し補習をしたいところ。

 

 ちなみに、私の古株生徒さん達の共通した課題は上肢を胴体(腰)に繋げること、すなわち胆経を繋ぐこと。膀胱経を使ってのタントウ功、動功を経て、胆経に移動中。が、なかなかこれが難しい。膀胱経を繋いだ立ち方で丹田に気をしっかり溜めたら、それを素にして(腰)を前に押し出して胆経も繋いでいくのだが丹田に相当気が溜まっていないと胆経を繋いだと思ったら膀胱経が外れてしまう。そんな試行錯誤の生徒さんのメッセージ。(タントウ功の立ち方をなぜ膀胱経から胆経に移動させていくのかについてはどこかで説明しなければならない。でもまずは膀胱経をちゃんと繋いである程度周天ができるようになっていなければならない。)

 

<以下LINEのやりとり>

<生徒さん>

図の?部分が上手くいかなくて、どうしたらいいのかと考えていたところに、あの動画レッスン!

縦方向に繋ぐことびかり考えていて行き詰まってましたが、体の前後に膨らます(横方向)ことで縦方向、、、胆経を繋げられるんですね。もう目からウロコで、今ワクワクしてます。

今日の練習で何度も試してみようと思います。動画見ながらだとできたような錯覚かもなので(苦笑)

 

<私>

そんなに役立ちましたか?

問題意識ある人だと得るものが違うのでしょうね。良かったです。

縦の次は横、横に広げていきます。

そー言えばそう言って教えてあげたことがなかったかなぁ?胆経も横に広げる感覚の方がわかりやすいのかもしれませんね。

<生徒さん>

そう言われてみると、縦の次は横と、何度も教わってたような、、、

私はまだまだ基本ができてないし気が少ないので、縦方向ばかり気をつけて練習してました。縦から横、前があって後ろ、、、なんて大事なことを忘れてたんでしょー!

先生、ありがとうございました🌷

 

LINEのやりとり、以上!

 

 身体を膨らませるには、シーツを張る、テントを張る、ように、縦横斜め、いろんな方向からピッと張らせることが必要。基本の丹田回し(腰回し)の動功(水平円、立円、竪円、斜円)はそんな役割がある。基本の動功も改めて動画に撮った方がよさそうだなぁ。

 

 

2020/4/6 <引気帰丹功 身体を膨らまして上肢を繋げる>

 

  ドイツに住む友人から外出禁止期間中にできる手軽な練習方法はないかとメッセージが入った。肘を痛めているとのこと。

 

 昨日撮った”肱”の動画をそのまま送ろうかと思ったけれど、(前回日本で会った時の彼女を思い浮かべて)丹田の気が減って背中が丸くなってきたような人がいきなり肱(上腕)と胴体を繋ぐことはできないだろうなぁ、と、まずは腹の気を増やして丹田を作る基本的な動功を紹介することにした。

 『引気帰丹功』は文字通り、気を引っ張ってきて丹田に戻す功法。腰(命門)までしっかり届かせて、命門を開きながら徐々に腹も膨れるように動作を繰り返します。

 

 上の動功をして丹田に少し気が溜まったら、本当のオススメはそのままタントウ功に入ってしまうこと。そうすれば気が確実に育てられる。

 他の動功や套路をするにしても、先に丹田に気を溜めておく必要がある。”拿住丹田練功”(丹田を掴み続けたまま練功する)には丹田に気が溜まっていないと始まらない。

 

 そのあと、肱と太ももの連動性、肩と胯、肘と膝の合が分かるような応用的な動きも紹介しました。ここでも胴体、頚椎から尾骨ラインまで、気で身体を膨らませられるかが問題になる。完璧にできなくても挑戦してみてほしい。全身運動になります。(私はしゃがんだあの体勢のまま24式をやって師父に見せて驚かれたことがあるけど、しゃがんで動いた方が”周身一家”=全身一つの感覚がよくわかります。)

2020/4/5 <肱と胴体をつなぐ 肘、胆経、そして丹田を外さない呼吸>

 

  今日はzoomを使って東京近辺の生徒さん達とおしゃべりをしてみた。

 テレワークが主流となってきてるこのご時世、そうなると国内だろうが海外だろうが距離は変わらない。

 

 おしゃべりの最後にせっかくだから一人の生徒さんの動きをチェックさせてもらった。

 套路のどこでも良いから少しだけ見せて、といってやってもらう。

 第五式单鞭をやってくれたが、出だしの左肘を見ただけで、あ〜、甘い!と思ってしまう。

 ポンが足りないのだけど、それは単なる外形の話ではない。内側が繋がっていないのが原因。

 少し教えてあげれば分かるはず・・・と、簡単な肘回し的な動作から説明。

 

 太極拳の套路の中には、(gong) という文字の使われている式がいくつかある。すぐに思い出すだすのは、掩手捶 や 倒卷

肱は上腕骨のこと。

太極拳の腕の使い方の要になる部位。太極拳の腕の特徴的な使い方(人体的にはとても自然な使い方)だ。

推手を練習もこの肱の練習だと言い換えることができる。

 

巷の人を見ていると、上腕骨をきちんと使いこなしている人はとても少ない。

歩き姿をみれば一目瞭然。

肘の使い方でわかってしまう。

 

 上の図を見れば分かると思うが、上腕骨がきちんと使える、ということは、肩関節と肘関節がきちんと使える、ということに他ならない。そして肩関節がきちんと使える、ということは、肩甲骨がしっかり機能しているということ、そして肩甲骨がしっかり動く、ということは、肩甲骨が肋骨に貼り付いていないこと、そしてそのためには、→肋骨がしなる(含胸)→背骨がしなる→脊椎がバラバラに→丹田という重みのある不動点の形成、・・・と結局そこまで遡ってしまう。

 

 肱、すなわち上腕骨で打てる、ということは、既に肩や肘の要領がクリアされている、ということでレベルとしてはとても高い。含胸、沈肩や墜肘はもはや問題にならない(当然できてしまっている)。

 が、含胸、沈肩、墜肘などの感覚がはっきり分かっていない段階でも、上腕骨の胴体(腰)との繋がりが分かれば、その時の感覚を元に含胸や沈肩の感覚が会得できるだろう。(私が今回使った肘回しの動作を使った練習の場合は墜肘の感覚は得られない。肘は上腕骨と前腕を構成する骨の間にあるから、墜肘の感覚を得るには、前腕の動き、すなわち肘から手首までの使い方を会得する必要がある。)

 

 肱を胴体と繋げると、感覚的には体側と繋がったようになる。肘は腰、腎と繋がったような感覚になる。肱の回転は、大腿骨の回転と連動していく。

 

 以下かっこの部分は読み飛ばして構いません。興味ある人のみ参照してください。

 (これらは胆経のラインの繋がりとして意識できるので、肱を意識する段階にきたら、タントウ功をそれまでの膀胱経を重視した姿勢から胆経へと変えていく。具体的には上体、特に骨盤をぐっと前に移動させる(走るのが遅い子供を早く走らせるために、コーチが後ろからお尻を押しながら走ってあげる、というのを見たことがあるが、まさにそんな感じ。腰が前に出ると丹田が使えるが、丹田に十分な気がないと腰が沿ってしまうので、タントウ功の最初の頃は少し後ろ目に立って丹田に気を溜めるようにする。膀胱経重視→胆経重視 へと立ち方を変えていくタイミングは通常指導者が指摘してくれるのだけど、胆経で立てるようになっても立ち始めは膀胱経で立って気が溜まったら徐々に立ち方を変えていく。)

 

 文章で書くとややこしいので、とりあえず動画を見て真似してやってみて下さい。

 途中で息について説明していますが、息を間違うと肱が繋がらずただの肘回しになるので十分に注意。太極拳の息は吐こうが吸おうが丹田から外しません。

 

2020/4/3 <開合と呼吸 太極拳のルール>

 

  太極拳の開合と呼吸に関する基本的なことを動画に撮りました。

 

 太極拳はその昔、開合拳と呼ばれていたこともあったとか。

 太極拳は開合の繰り返し。開合なくして太極拳は成り立たない。

 

 開ー吐く 合ー吸う

 開は丹田→末端 合は末端→丹田 への気の流れ

 

 吐いて開、吸って合

 試してみれば分かるけど、そうするにはある程度丹田に気が溜まっていなければならない。

 丹田に気が溜まってないうちは、開きながら吸って、合しながら吐いて、徐々に丹田に気のタネをつくていく。呼吸をひっくり返せそうになったら、原則の ”吐いて開、吸って合” に転換させる。

 

 開の中に合あり、合の中に開あり、と言われるのはこの呼吸と開合の組み合わせが前提。

 これで気を練っていけるようになる=丹田の気が増やせるようになる。

 

 この開合を練習していけば丹田呼吸の要領が分かるはず(と期待)。

 

2020/4/2

 

  Sadhguruは3/22から毎日LIVEで講話をしてくれている。ただのヨギーではない、ここまで広く深い叡智のある人物は世界でも稀だと思う。政治家も彼にアドバイスをもらいに行く。インド人なら誰でも知っている人物ではないかなぁ。英語圏では知名度が高いけれど日本ではそれほどでないのはやはり言語のせいかと思う。世界のレベルはまだまだ高い。

 今日のライブで感動的なシーンがあったので、その部分だけ紹介します。

 Stay at Homeで私たち人間は面白くないけれども、外の鳥や動物は私たちが家に留まっていてくれてかえってエンジョイしてるらしい。普段人間はどれだけ他の生物を生き辛くさせていたのか?(苦笑)

2020/4/2

 

  呼吸と気の運行は・・・実は関係ない、と師父と確認をとったら、しばらく呼吸の話はお預けにしようかと思い出した。呼吸は追いかけ過ぎると逃げていく(不自然になる)。不自然になると気は扱えない。

 再度原則に戻ると、気は呼吸で動かすものではない。

 気は意で導くもの(以意通气)。それも導くものであって動かすものではない。

 

 気を無理に動かそうとすると(運気)気が詰まって動かなくなる(気者滞)。

 気は行かせる(行気)。もしくは”通す”(→”通す”には先に通路を開けて置く必要がある。通路が開通していれば意で気が通ってしまう。通路が開いていない箇所、関所については、頑張って気でこじ開けようとせずに通路自体を開くように=その部分の力を抜いて内側の空間を空けるようにして気を通してあげる。この、他律的なところ、自力でごりごり推し進めなられないところが、太極拳的なところ。)

 

 気を動かそうとして詰まって痛い思いをするのは練功者皆が通る道。

 気が溜まって動かせるようになると動かしたくなってついつい気自体を背骨沿いに上げていったり、気が詰まって気持ち悪い場所から気を逃がそうと意識をその場所に持って行って気を動かそうとしてしまう。そして、結果は、うまくいかない。帰って詰まりがひどくなってしまう。

 そんな時、指導者や共に学ぶレベルの似た者がいれば、一言アドバイスをくれるはず。

「気を追ってはいけない。どんなに気が動いても丹田を外してはいけない。」

 (が、悲しいのは、何度同じ注意をされても、また知らないうちに気を追って動かそうとしてしまうこと。気が動かせるようになると(そんな気がしてくると)ついつい動かしたくなってしまう。私も何度も失敗して痛い目にあったし、師父の失敗談も聞いたことがある。痛い思いを通じて身に刻み込まれる教訓。

 

 そう、気を動かそうとすることの問題点は、気を動かすことに集中して丹田がおざなりになることにある。丹田には常に意という火を注ぎ続けなければならない。心の火と腎の水を合わせる(相済する)ことで気が発生する、という言い方がされたり、意の火を丹田の水につける、みたいな言い方がされる。(実際にはそんな抽象的な表現ではどうして良いか分からないから、練功の現場では師が弟子にもっと実際的な方法を教えることになる。)

 

 「丹田呼吸ができてしまえば、気を動かすのは簡単、問題にならない。」と私が昨日書いた点、師父も全くその通りだと言ってくれた。

 その上で、「気をどの向きに動かすにしろ、吸ってでもできるし吐いてでもできる。吸う吐くは関係ない。ただ、例えば、采(cai)は吐かないとできない。」と話してくれた。采? ああ、確かに、吸ってはできない。ポンは吐いても吸ってもできる(会陰を引き上げるのがポンの核心)。リューは・・吸っても吐いても可能。ジー、アン、リエ、肘、カオ、どれもどっちでもできる。采だけかしら、吐かないとできないのは? 考えたことがなかったけれど。発勁(寸勁)は吐かないと無理、のはず。明日師父に確認してみよう。

 

 結局、繰り返しになるけれど、丹田呼吸、すなわち、吸いながら吐いている、吐きながら吸っている、という状態が生まれるところまで漕ぎ着ければその後の道はそれほどややこしくない。

 そして今更ながらだけれども、丹田呼吸は気が丹田に十分に溜まった時に自然に起こる現象。

 (逆に言えば、腹に十分気が溜まっていないのに丹田呼吸が発生することはない。)

 としたら、どうやって丹田の気を増やすか、話はいつものそこに帰着する。

 

 ①丹田の気を十分に増やせば→

 ②丹田呼吸発生→③気の動きが発生(気を導ける、気の動きをコントロールする)

 

 この中で手間と時間がかかるのが①の過程

 上手に気を育てなければならない(昔流行ったたまごっちみたい?親鳥が卵を孵化させるのと同じ?孵化してしまえばあとは自然に成長が進む)。

 この①の孵化期には、時に呼吸を工夫したりして火加減を変える。呼吸はその程度の役割。

 丹田の気が多くなってくると自然に息の入り方も変わってくる。呼吸よりも息が大事だとわかるようになってくる。

 

 息? そう息。胎息、丹田呼吸を絞って言って臍呼吸にした時の息・・・吸ってるか吐いてるかわからないような・・・また師父に確認したいことが出てきたなぁ。

2020/4/1 <気の運行と呼吸の関係?>

 

 「気を回すのと呼吸の関係が頭では解りません。教えて頂きたいです。」

 こんな質問をもらいました。

 

 頭で分からないのは当たり前で、やってみるしかないのだけど、やるには導きが必要。

 ノリが良いの、あのノリ、という意味で、”のらせてもらう”のが一番。

 真似してやっているうちに何となくいつの間にか何となくできるようになってしまってる。

 真似しながら考えたらアウト。考えたらノレない。

 レッスンなら対面して双方向のインタラクションがあるからのらせてあげやすいのだけど、一方的な動画ではのらせてあげられるかどうか・・・。

 

 いずれにしろ、気を回すためには、まず丹田にしっかり気を溜めて丹田呼吸ができなければならないので、まずは丹田呼吸まで導かなければならない。

 吸っても吐いても膨らんでる状態が作れてやっと圧力で気を動かすことができる(といっても理想的には気を動かしてあげるようにする=道を開けてあげる 気自体はいつも動いているから)。

 

 丹田呼吸まで行き着けば気を運行させるのは難しくない。丹田呼吸に行き着く過程でその核心の要領(開いたまま圧をかける、吸ったまま吐く、という感じのもの)は会得してしまっている。

 

 文章で書いたものは頭で理解(イメージ)することになりがちで、文章を読みながら順次そのようにダイレクトに身体の中を変化させていける(美味しそうな食べ物の記述を読んだら頭の中でイメージするのではなく、イメージする前にヨダレが垂れそうになっている)ようなタイプの人はそれほど多くない。対面だとお手本を目で見続けているので頭の中にイメージを描くことなく身体を反応させられる、というメリットがある。

 

 真似が上手いと上達が早いのは何も太極拳に限ったことでない。

 真似ようとするとその間無心になるからかもしれない。

 が、真似してもらおうと思ったら、とても良いお手本にならないといけない・・・

 

 丹田呼吸へどう導くか、教え方も含めて少し考えてみます。

 

2020/3/31 <身体を揺すって胴体の中を二層に分離させる 抖の効用>

 

 今日一人で動功をしながら、少し意識的に丹田を膨らまし帯脈いっぱいに広げていったら動功の動きがドラム缶のような胴体を揺する動きに集約されてきた。

 丹田を腹部の胴体表面までいっぱいに広げてから胴体を揺すっていくと、胴体の表面(肉)とそれよりも内側が二層に分離してくる。

図で表現できるだろうか?、と挑戦。

 

左は腹の横断面。

はじめにあった丹田の気を外側に向けて膨らましていく。

オレンジの部分が気で満たされた場所。

 

そのオレンジが外に広がっていってあるところまでくると、

そのオレンジ部分を揺すればその外縁(赤線)に接した黄色のタイヤ(?)が動くような感じになる。

 

もし内側のオレンジ部分を揺すっても黄色タイヤが感じられないとしたらオレンジ部分の気が十分に詰まっていない。丹田の気を広げたために気が薄くなってしまっている。最初の丹田の気の濃度を保ちながら周辺に広げていければオレンジの外縁の赤線までが一つの丹田になる。

 

 面白いのは、この広がったオレンジをぶるんと動かすと黄色タイヤが少しズレて動くこと。

 あたかも、オレンジ丹田の一層目と黄色タイヤの二層目の間にわずかな隙間があるように感じられる。このズレ、ないし、隙間があることで、発勁ができるようになる。

 

 少し前にYoutubeの黒帯ワールドで空手の中先生が初心者を教えている動画を見たが、その時に、「腰を切る」と表現していたのは、太極拳でいう発勁の時の腹腰の使い方だと思った。

ただ、ほとんどの人は”腰”を揺すって(切って?)しまい、丹田を膨らまして丹田で腰を切れている人はほとんどいなかった。腰椎を回転させて腰を切っていたら腰を痛めてしまうだろう。指導していた中先生は帯脈もしっかりしていてオレンジがしっかり詰まっているようだったから、本人は腰を切っているつもりで、実際には腰を切ろうとした瞬間に腰椎を囲てオレンジ丹田の気が腹部を満たしそれがクッションとなって帯脈全体(黄色タイヤ)が切れる(回転する)ようになっているはず。腹部を丹田で満たせないうちにあまりやりすぎると危ない・・・今ちょうど近くを通った空手歴だけは長い主人に、腰を切って見せてくれる? とやってもらったら、こうだろ?と2、3回やって腰が・・・と腰に手を当てて去っていきました。突然やるとマジ危ない(苦笑)

 

 オレンジ丹田をギリギリまで膨らませる練習を手っ取り早くやるのが、震える、抖(dou)の練習。

 最初教えてもらった時は、やるのも恥ずかしいし冗談のような練習だとやる気が全くなかった。ずっとやらずにいたけれど、最近になってやっとその重要さが理解できてきた。

 帯脈が実感できるようになったら大したもの、と師父が言っていたことを思い出した。帯脈=黄色のタイヤが分かる、としたら、もう丹田オレンジはしっかり広がって腹を満たしている。

 

 身体を揺らすという動作には、オレンジと黄色を分離する作用がある。ただそのためには前提としてオレンジの中核の丹田を作っておかなければならない。

 丹田がないまま揺すっても、腹の中には何の分離もおこらない。

 

 


 

 身体の外(筋骨皮)とその内側(内臓とか液とか・・・)の分離なのかなぁ?

 

 感覚的なものと解剖学的なものをまだきちんと照合させていないけれど、腹圧、と表現しているのが近いのかしら?(右の図→)http://www.bini.jp/archive/1095/

 

 

  ただ、腹圧、と表現すると、人は吐いて圧縮させる、と思い込んでしまいがちだから、吸って開いて圧をかけることもあることを知らないと勘違いしてしまうと思う。

 実際には吐いても吸っているような感覚、合しても開いているような感覚が残る(でないと動きが止まってしまう)。(このあたりは一緒に呼吸をしながら動いて実験させてあげると大体の生徒さんは納得する。頭で考えるほど難しくはない。私たちは知らず知らずのうちにやっていることだから。気づいていないだけ。)

 

 丹田→膨らまして→抖

 まずはこれを試してみると良いかも?

 抖しようとするといやでも丹田が広がる。

 

 丹田が広がり上の図のようなお腹になったら、自然にチャンスーや発勁が生まれてくる。

 慌てずゆっくり気を溜めていけば、自ずからできるようになってしまう、というのが少し信じられない道を進むのが面白いところ。

 

  下の動画の14'14"あたりから抖(dou)の3つの練功法が紹介されています。

  ①抖动双膝 膝の揺すり

  ②前后抖动 前後の揺すり

  ③金鸡抖翎  鳥が羽をブルブル揺するような動き

 馮老師の白い服にさざ波が立つのが見える・・・

 こんな風に抖できるのは松が徹底して全身に丹田の気が広がって満たされているから。

 胴体の中で第一層と第二層がしっかり分離、別の言い方だと骨肉分離。すなわち達人♪

 

2020/3/30 <視野の拡大と気の量 瞬きを堪えると?>

 

  下に書いたブログに関して太極拳的な面から補足します。

 

 タントウ功ではまず目を開けて遠くを見て、それを内側に引き込んでいく(と次第にまぶたが閉じてしまう)。そしたら一度頭頂に目を向け、そこから下に目を下ろして行って丹田を見る(内視する)。レベルが上がってくると、頭頂に向けた目を外さずに下の丹田、もしくは会陰近くを見ることができるようになる。視界の広がりが外側の気の広がりと連結しているよう。

 最初のうちは頭頂を見たまま丹田を見ることができないから、頭頂は外して丹田に集中する。気の量が増えるにつれ次第に目が”落ちなく”なってくる。

 

 このあたりはとても面白いからぜひ各自実験してみて下さい。

 

 演武の時もその演武者の目を見るとレベルが分かるようになる。

 ニュースキャスターなども同じ。

 まず瞬きが多いのは丹田を外している証拠。

 瞬きするたびに丹田から外れる。

 

 獲物を狙う動物、賢そうなシェパードが座ってじっとしている様子

 あれらの”目”が入った時の目。無駄に瞬きしない。

 

 一度師父から目を大きく開けて瞬きしない練習を紹介されたけど、数回試して何の練習かわからずそれっきりになっていたのを今まさにブログを書きながら思い出した!

  あ〜、瞬きしないように堪えるには丹田と目の奥を繋いで通路を開いておかなければならない!

  なんと、上丹田と下の中丹田や下丹田を繋げる訓練だったとは。

  師父、そう言ってくれれば私もちゃんと取り組んだのに・・・。

 か、数回試して分からない者には言っても分からない、と思ったのかしら?(苦笑)

 

2020/3/30 <上丹田と手 ヒップから>

 

  昨夜寝る前に思い出して辻井君の動画を見た。

 彼のシャンゼリゼ劇場でのリサイタルに行ったのは昨年?と思ったけど、実は今年2020年1月だった。あれからまだ3ヶ月も経っていないのに随分前のことのように思うのは、絶対コロナのせい(苦笑)

 

 今朝も引き続き辻井君の動画を見まくって、何度も感動で涙が出そうになりながら、改めて疑問が生まれた。何で彼はずっと身体を揺すっているのだろう?

 よく見ていると、彼の立ち姿は頭頂(百会)がまっすぐ天に向かっている。

 目が見えないと・・・と少し真似をしてみる。

 確かに。目が使えないと頭頂でバランスをとるしかない。

 目は頭頂を向いてしまう。

 下には向けないのだ。

 

 そしてピアノを弾く辻井君の姿をも一度見る。

 ああ、目は頭の中を見ている。

 上丹田を使っているのね。

 そして馮老師のテキストに書いているように上丹田は手を操るというのだから、まさに理に適っている。脳は手。目はダイレクトにそこを見て脳の中の手を操っている。

 

 私自身、中丹田は胴体、下丹田は脚、を操る、というところまでは身体の感覚として分かるけど、上丹田が手を操る、という域にはまだ達していない。ピアノがまだまだなのもそれが大きな理由(音楽性は差し置いて)。

 

 上丹田を使うことと身体を揺することは関係があるのじゃないか?

 

 と、たまたま関連動画で出てきた別の日本人の少年ピアニストの演奏を見ると、あ〜、これじゃあいずれ壁に当たるなぁ、突き抜けないなぁ、上手に弾けるだけになってしまうだろうなぁ、と直感的に感じてしまう。何が違うのだろう?何がそう思わせるのだろう?

 

 そこで、あのロシアの天才坊やミーシン君のの動画を確認してみた。

 彼がおかしい(?)のは、あの小さな幼い身体の中に巨匠が住んでいるようなところ。見ていて訳わからない。辻井君も私達通常の人には理解できない非尋常性があるけど、ミーシン君もそこらの天才少年少女ピアニストと一線を画す何かがある。

 

 ミーシン君

 そう、全身だ。

 全身、全身がピアノを弾いている。全身が音楽で満たされている。

 頭で弾いているのではない。

 上手に弾いているのではない。

 

 上丹田を開発する前に必ず中丹田と下丹田を開発しなければいけない、というルールが納得できる気がした。

 下の2つの丹田(腹や骨盤の中、会陰まで)をおざなりにして上の方だけでピアノを弾いているといずれ腱鞘炎になったり精神病になったり、もしくは生命力のない退屈な演奏になってしまうだろう。

 

 そう言えば私の好きな隠れた巨匠、キューバJorge Luis Pratsも、私はヒップで演奏する、と言っていた。一見山のように座っているのだけど本人の感覚はそうらしい。ホロヴィッツの座り方も似ていると思う。

 

 パソコンを打つ時も腰やおしりでリズムを取りながら打てないかなぁ?と、少し身体を揺すりながら打ってみています。人目がなければいろいろ試せる(笑)

 

  辻井伸行君のことは皆知っているだろうから、ミーシンとホセ・ルイス・プラッツの動画を紹介します。

2020/3/29 <チャンスーの使い道>

 

  チャンスー(缠丝)歩きをしながらぼおっとチャンスーの行き着く先を考えていた。

 にしても、チャンスーをかけようとすると、腰は緩めなきゃならない、と歩いている自分の身体を見ながら(感じながら)そう思う。腰がゆるゆる、腰とその内側の身体に隙間がないとチャンスーがかけられないなぁ、と確認。中をウネウネさせて歩いていたら、そのうち、46式の搬拦捶の時の発勁ができそうな感じになってきた。チャンスーの時は内側にかなり絞りをかけているけど、その絞りを広げていってその範囲をほとんど体表近くまで広がると発勁の時の力の使い方になるようだ。要領は同じ。気の量、膨らませ方の違い。

 

 おさらいすると、チャンスーをするためには、腰が緩んでいなければならない。

 

 腰が緩む、ゆるゆるになるためには、腰に乗っかかり過ぎてもいけないし(腰側が凸腹側が凹)、腹に乗っかかり過ぎてもいけない(腹側が凸腰側が凹)。

 即ち、腹も腰も凸状態になる=胴体が球状に膨らむ、ことで腰は自由になる。

 築基功というのはそんな身体を作ることに他ならない。タントウ功が大事になる所以だ。

 

 この基本的な身体ができれば、あとは気の運用の仕方を学べば良い。身体の準備ができていればそれほど難しいことではない。

 私自身も何度も経験しているが、套路の型などでいくら直してもらってもしっくりこないのはただ練習が足りないというのではなく、そのために必要となる身体がまだ作られていないから。肩の開きがまだ足りなかったり、肩と股関節がまだ繋がっていなかったり、未開発の身体の箇所が露呈される。そうしたらタントウ功や坐禅、内功でその箇所を繋いだり開くように意識してみる。しばらくはその箇所のことばかり意識しているのだが、なかなか套路の動きには繋がらない。不思議なのは多くの場合、もうその箇所のことを忘れてしまって他の箇所の開発をしている時に、あれ?できるようになってる!と以前できなかった動きができるようになっていたりして驚くことになる。そういう体験があると、太極拳の練習は簡単に止められなくなる。

 

 話を元に戻すと、築基功がある程度完成してやっとチャンスーが生まれる。その先に、ドカン!と力を出す発勁がある。

 

 「相手に接したら、接した所にチャンスーをかける」

 これが相手の力を変化させて自分へのダメージを避け、ひいては守りが攻撃に変わる太極拳の極意。

 

  相手の力から逃げることなく、接するか接しないかの時に(身体の内側で)小さなカールを描いて力を削いでしまう。そのためには相手の力をよく聴いてそれに合わせてチャンをかける必要がある。力には大きさと方向がある(ベクトル)。それに対応した細かな調整、鋭敏な感覚が必要だ。ただ力任せにやみくもに動けばよいというのではない。

 相手の力をよく聴くためには、逃げてはいけない。逃げて目を閉じ耳を塞いだら相手の実態が分からない。怖がってはいけない。ひるんではいけない。”常に松”を練習するのはそのためだ。

 師父に尋ねたことがある。相手に打たれるのは怖くないのか?と。そうしたら、「もし打たれたとしてもこちらも身体をある程度躱しているからそれほどダメージはない。自分の身体は気で覆っているし、毎日自分でも打って対抗力をつけている。」という風に答えたと思う。私が思ったのは、素早く躱せる自信と自分の身体に対する自信、即ち素早い動きと自分の身体の頑丈さに対する自信、が冷静さと松の背後にあるのだということだった。松し続けるにしても、それを裏付ける自信と努力が必要なのだ。

 

 幸せな時に松できるのは大したことではない。

 苦しい時、辛い時に松できるのは大したことだ。

 太極拳の松はそこまで含んでいるのではないかしら?

 

 そしてどんな状況に対しても逃げずに接してチャンして(纏わり付いて)状況を自分に有利に変化させられたらどんな状況からも得るものはあるのではないかなぁ?

 嫌だ嫌だ、と不平不満を言うのではなく、どんな状況、どんな極限の状況でも、纏わり付いて方向を変化させられたら、その時は対象、状況と一体化してその波に乗って進んでいく波乗りパイレーツのように・・・なる? そう考えると無為の道とかいう道教の教えにも合っているような。

 

 外出禁止令で閑散としてしまった街が今では普通になってしまった。

 その時その時、合わせていく。

 

 とは言え東京はこうなって欲しくないなぁ・・・あっという間に生活は変わってしまう。3.11の時もそうだった。いつ割れるか分からない薄い氷の上に立っていることに普段は気づかない。

2020/3/28 <Live配信>

 

 お昼頃近くの公園の方へ練習に行った際に遊びモードで始めたLINEのLive。

 たまたま見てくれていた古株生徒さんのチャット見ながら軽く教えるつもりで撮ってみました。

 

 喋った内容はYoutubeの方に書いたので参照して下さい。

 タントウ功で問題になる<拔背 塌腰 敛臀>から<松胯>の流れも少し見せました(12分あたり)。

 昨日書いた、重心転換の缠绕も早速生徒さんに紹介してみました。

  途中で後方に武術を練習する日本の男性を発見してしばし中断。外出禁止令下でも一人でやる健康のための短時間の運動は容認されているので太極拳や武術は屋外でも練習可能。大多数の人はジョギングで済ませています。

 ライブ録画なので画質と音質が悪いのは仕方ない。

2020/3/27 <ポンの先 重心移動は缠だった>

 

  師父に3/23に載せた私の動画を見せたら、「(日本語は)何と言っているか分からないにしても何を教えようとしているのかは大体察しがついた。教え方としてはとても良いと思う。」と言われた。その後、私が動画で何を言おうとしていたのか師父に説明したのだが、その先の会話は例によっていろんな話題に連鎖していく・・・そしてまた新たな一歩へ。

 下に書き綴ってみると・・・

 

 結局のところ、重心移動にしろ、しゃがむにしろ、跳ぶにしろ、胴体全体にに空気を含ませて気球のように膨らませることが大事で、それが、八法(掤捋挤按、采挒肘靠ポンリュージーアン ツァイリエヂョウカオ)のベースにある広義のポンと言われるものになる。

 

 この身体の”ポン”が太極拳の基本の動きである八法ができないのだから太極拳にならない。

 

 この身体の”ポン”を作る作業が築基功。昔は入門するとまず築基功をさせられ、それを終えないと套路は教えてもらえなかった。築基功では丹田の気を溜めてその内気の圧で体内に気の道を開通させる(周天)。全身に重要な幹線が通れば(細い道はまだ開通していなくても)築基功は完成。(百日築基功とも言われ、若い男性で約100日。毎日タントウ功をして気を溜める。この間精を漏らす行為は禁止。年齢が上がると精気が減るので築気功に要する期間が増える。その場合は気長にやる。)

 

 全身に主要な気の通り道を開けられるならば、全身はポンになっている。逆に言えば、全身が膨らんでポンにならないと内側の通路は開通させられない。つまり、全身が膨らんで(丹田が膨らんで)ポン(空気の詰まった気球やタイヤのように張っている状態)になることと、体内のに気の道を作る(任脈督脈、そして主要な経絡を通す)ことは同義になる。

 太極拳を練習すると嫌でも経絡上のツボを覚えてしまうことになるのは、内気を通す時に詰まって痛くなったり、ある場所から先に気が流れない時にその先にあるツボを教えてもらうことで通過できないツボを通過できたりするからで、身体で知った場所を後で経絡図で確認すると、ああ、ここが△△穴だったのかぁ、と納得することになる。鍼灸師がまず経絡図でツボを暗記してその後実践で体感を得るのとは反対の順序になる。

 

 身体のポン、で難しいのは、腹側の丹田だけ見ていると腰側の命門が凹む。命門に空気をいれて膨らますと腹が凹む。臍と命門の間を一つの気の球でつなげられれば、腹も腰も凸になる→これでやっと太極図の円になる=太極拳の象徴は円。三日月でもダンボールのような直方体でもない。幼児の身体のようなもの・・・

 

 そしてここから新たな展開・・・

 

 私は動画で、重心移動は詰まるところ”身体のポン”だ、ということを言ったのだが、師父は頷きつつも、「詰まるところ、馮志強老師が言うように重心移動は”纏”(チャン)だ。」と言い換えた。

 チャン? チャンスー勁(纏糸勁)のチャン?

 何故に重心移動がチャンなのか? 纏わりつく?

 私が訳分からない様なのを見て、師父は、「無処不纏」と一言。

 無処不纏?また二重否定だ・・・と頭の中で漢字を書く。ああ、どこも纏わりつかない箇所はない、どこでも纏わりつく、ということね、と理解。「相手に接した処は全てチャンできる。」と師父が捕捉してくれたものだから、ああ、だから相手の力を削いでそのまま攻撃に転じることができるのね(化勁)、となんとなく納得。チャンは何も四肢の話ではない。胴体のどの部分もチャンできるようにする・・・なら、確かに、その前提として身体は膨らんでいなければ纏わりつけない(と身体の感覚として納得)。馮老師と弟子の肘の推手の動画を思い出した。推手も転腿も実はチャンの練習だった。

 

 師父が教えてくれたのは「転換如缠绕  开合似抽丝」。

 太極拳のバイブル的存在である陈鑫の太極拳図説の中に「太极拳,缠丝法也。」という有名な言葉があるが、重心移動が纏绕だとは思ったことがなかった。本当かなぁ?と師父と会話を続けながら軽く身体を動かして試してみる。確かに、そう言われれば、中で気を畝らせてる。畝らせないと行ったっきり戻ってこれない。缠(chan)はどこでやってるのだろう?と身体の中をよく観ていると腰のよう。丹田でチャンは出来なさそう...  绕(rao)は胴体の外側の8の字を描くような動きをさしているのだろう。いずれにしろ、その動力の源は腰(馮老師の文献の中には腰脊とある)。どうりで太極拳は腰が命になるはずだ。腰が畝らせなければ太極拳にならない。ぎっくり腰なんてやってるようじゃ太極拳は無理なんだ・・・・と、料理中も腰回しをしている師父の姿を思い出した。太極拳をやる物は腰を錆びつかせてはいけない、四六時中ゆるゆる解して蛇や猫のような動きができるような腰を維持したいのだ。

 

  会話の後考えたことだが、太極拳の重心移動は、行ったら戻ってきて、戻ってきたら行かなければならない。後ろから前に行って終わり、なんていうことはあり得ない。打ったら打ったで、前に出した手を取られないように戻ってこなければならない。実践練習では打ったらその勢いで下がる、というのもある。卓球でさえ、トドメだ、と思ってスマッシュしても返されることがあるのだから、打ってもすぐに基本姿勢に戻らなければならない。

 後ろ重心から始まって前重心になったところからバックに転じるその転換点、そして後ろ足重心になってまた前進に転じるその転換点、それらの転換点で力の断絶がないよう(隙がないよう=身体に余計な負担のないよう)あたかも身体の中で小さなタイヤの向きを変えるように小さな円を描いてスムーズに行うためには、身体の中で缠丝劲をかけることが必要になってくる。内側に缠丝劲がないと転換点が行ったり来たりでバッタンバッタンして、その度に膝や股関節に負担がかかってしまうだろう。現時点での感覚では、缠丝劲はある意味、前進中にいつでもバックに転じることができるような身体の中のエネルギーの畝り、車のアイドリング状態のようなエネルギーを引き伸ばして使おうとしている時に感じられる劲のようだ。

 

 ともあれ、ポンの先にチャンがあったとは・・・未知の世界はどこまで広がっているのだろう?

 

2020/3/25 <胴体に空気を入れる>

 

  今日行った3コマのビデオレッスンでは、どの生徒さん(グループの場合は生徒さん達)に対しても一貫して、身体に空気を含む、ということを課題として、そこからいつもの動きをやってもらった。

 

 身体(胴体)に空気を含んで、それを圧縮させたり膨張させることで身体を動かす。

 

 太極拳の動きは結局そういうことなのではないかと思う。

 ”丹田で動く”という言い方をもう少し具体的にしたもの。

 

 しゃがむときは、しゃがむ=膝を曲げる、という意識ではなく、まずは空気を胴体に入れて、それを骨盤の中に圧縮して押し込む。さらに股関節に向けて押し込んでいくと、その胴体が打ち込まれてくる重さで股関節が押し分けられて内側から開いてくる。無理して股関節を開こうとしないで、腹の気の重さで自然に門が開くのを待つように、しばらくそこに圧をかけたまま待っている。無理しないでいると、ある時、ほわっと(あるいは、かくっと)股関節が開いたりする。狙わずに待って入ればいい。腹の気が多くなって下方に圧縮できる気の量が増えれば増えるほど股関節を押し分けらやすくなる。

 站桩功の”桩”は杭(くい)という意味だが、胴体がサンドバックもどきの”エアバック”となりそれが下方向に打ち込まれることで太極拳の姿勢が完成する。站桩功は動かない杭だから”死桩功”、24式や48式のような套路は杭が杭のまま動くから”活桩功”と呼ばれる。いずれにしろ、桩=杭(≒エアバック?)を作ることが大事。

 

 今日の生徒さん達各々にはバスタオルを胴体に巻きつけて胴体の膨らみを感じ取りながらいろんな動きをしてもらった。バスタオルを巻きつけるのは女性の着物の帯の位置。和室で男性三人がバスタオルを巻きつけている格好は着付け教室のようで笑ってしまいましたが。

 

 実は先日アップした重心移動もこの胴体の膨らみを意識してやれば対して難しいことではない。しゃがむ時も、ジャンプする時も、平常時よりさらに空気を含ませて胴体を膨らませる必要がある。胴体が(空)気で膨らむと軽くなる(上虚)ので股関節に重くのっかってしまうことがない→股関節を痛めない(上記の、胴体の杭の圧で股関節を押し分ける、ということに矛盾するようだけど、自分の感覚で言うと、圧で押し分ける際も、胴体と股関節の間にはいつも埋まらない隙間があるから、胴体がべちゃっと股関節に乗っかってしまうことはない。胴体を膨らましてると胴体は重くて沈むけど軽く浮く、書くと不思議。やってみるとそんなものだと分かる:生徒さんたちにはそんな矛盾する感覚を体験してもらいたくて時にムキになって教えてしまう 苦笑)

 

 胴体を膨らますというのは言い換えれば丹田を膨らます、ということ。でも丹田、という概念を最初は持たずに、胴体をポンプのように使いながら内側の空気を感じていけば次第に丹田らしきものが分かってくるようだ。

 The 丹田!

 と固定したものはない。だっていっつも動いているし常に膨張収縮を繰り返しているから。

 大きく広がれば自分の身体を超えて膨らませることも可能(なのが分かる。まだその域に達しないにしても)小さくすればゴマ粒以下になる(ことも分かる。まだその域には達していないけど)

 宇宙の膨張と収縮、もそんな感じなのか?

 

 身体の中への空気の取り入れ方、これを分析すればタントウ功の発展段階とダブってきそうだ・・・最初はあまり空気を入れられない。タントウ功のレベルが上がるにつれ空気をたくさん取り入れられるようになる。

 空気をたくさん取り入れられるからタントウ功(=功夫)のレベルは上がるのだけど、

 タントウ功(功夫)のレベルが上がるから空気をより取り入れられる、というまたまた太極拳お得意の循環論のようだ。

 どこから始めるのか、どう進むのか、どうレベルを上げていくのか・・・

 実際にはオーダーメイドで練習せざるを得ない部分が大きいのだが、ある程度の概略は示せるかなぁ。

 

2020/3/23

 

  3/19のブログに載せた質問に関して動画を撮りました。

 

 外出禁止令の下、健康のための軽い運動、という理由で閉園中の公園の門の前で撮影しました。 小さい声で早口になってる・・・ 引け目が感じられます(苦笑)

 

 説明必要そうならまた書きます。

 

 

 下の動画は重心移動だけでなく3/21ブログの3枚の図の説明(特に左端の周天)も兼ねています。

2020/3/21 <斂臀と周天>

 

  昨日は春分。屋外でタントウ功を長めにするのが理想的だけれども、外出禁止令が出ているので坐禅で済ませる。

 坐禅後に身体を伸ばしたくなってしまったのは、やはり春! ここから秋冬に溜めた気を使って身体を伸ばしていく季節だ。随分身体が縮こまってるなぁ、と思いながら痛キモで伸ばした・・・

 

 さてお問い合わせでもらった質問。

 「斂臀は丹田や腰を固めてしまうのでしょうか?」

 

 私が最近書いたブログを読んでそう思った方がいるといけないので補足します。

 

 斂臀S字カーブを描いた背骨を下に引き伸ばすことで腰を緩め丹田に気を溜めるもの。

 これが大前提。

 ただ斂臀を過度にやりすぎて仙骨を前に押し込みすぎると丹田が固まり腰が硬くなる。
 丹田が固まって動かないとしたら腰は硬いはず。(自分でチェックして見ると良い)
 丹田が流動的であれば腰は自由に動く。
 もう一つやっかいなのが、背骨のS字カーブがそもそもないような平腰の人の場合。これで斂臀をすると腰を痛める。まずはS字カーブを取り戻すような練習が必要になる。日本人の場合中国人以上に平腰が多いので気をつけなければならない(私も教え始めたばかりの頃、平腰の生徒さんに斂臀を教えて失敗したことがあるのでとても注意しています。)
 
 斂臀がいき過ぎていないかどうかは丹田でチェックするとよいと思う。
 丹田が固まっていなければ丹田を命門の方へ移動させられる。移動する隙間がないとしたら腰は硬い。
 このあたりの流れを3枚の図(左→真ん中→右の図)で描きましたのでそちらを参照して下さい
 
 なお3/13、3/14のブログに書いた氾臀は腹腔内の気の周天でほぼ全体を丹田として一つの気で満たせた後の段階の話です。(でないとこれも腰を痛める・・・自分で気づくはず)
 斂臀の時は合わせて気を回す練習することが大事。それが内功(気を回す、動かす練習)です。
 タントウ功と内功、静功と動功を併用します。

 

2020/3/20 <重力から解放される 柔から霊へ 上虚で浮く>

 

  重力から解き放たれるのは人間の夢。

  クラッシックバレエではそれを目指した身体の動きが見える。

 地球の引力に解き放たれ、天の世界に入ってしまったかのように見えるその瞬間、観客の私たちの胸は広がり何とも言えない次元の感覚を得る。

 

 引力に逆らいながら一生懸命高くジャンプするのではなく、引力が諦めてしまったかのように浮き上がれるダンサーはなかなかいない。

 伝説のニジンスキーはそのようなダンサーだったのかと思うけど、あのツィスカリーゼの動きを見て、初めてそれが可能なことが分かった。

 浮き上がってほんの一瞬そこに止まれる。力を感じさせない余裕の安定感。

 

 私のバイブルマンガ本「スワン」の中のリリアナやレオンがその類のダンサーだったのだろう。

 主人公の真澄は重力に引っ張り続けられもがき苦しみ、そして最後のリリアナとのみにくいアヒルの子の共演で、やっと重力から解放される感覚を得る。

 あ〜、そういうことだったんだ、と今になってやっとそのマンガのラストの意味が分かった。

 

 スワンの後半の主題はとても難しい。

 前半は単なるバレエ漫画なのだが、後半は深い芸術論になっていく。

 

 まずは身体の土台づくり。基礎、基礎、基礎、基礎を繰り返す。

 そして動き。

 それから感情表現。

 ここから感情を超えた感性の世界。

 そして、この後から何度読んでもはっきりしていなかったのだが、やっと理解できたのが、

 重力からの解放・・・これが身体、肉体からの解放につながる。

 

 そしてその先が真澄とレオンの課題として残されたまま話は終わってしまうのだが、

 意識の世界。

 意識からの解放。

 日々の生活における意識の使い方、それ自体が問題になってくる。自律、という言葉を使っていたかと思うけど、きっとそれを言い換えればヴィパッサナー、常に今、ここ、を”観る”開いたままの意識の話だろうと思う。

 

 

  太極拳の修練の段階の

 松→開→沈→柔 の後に、”霊”という段階があるけれども、この”霊”は非常に軽くて速い、という意味だから、まさに重力からの解放を含んでいる。

 何でも同じような段階を踏んで進歩していくのかもしれない。

 柔までは地上。霊で天上に向かう。

 

 7つの身体論においてフィジカル体、エーテル体、アストラル体、メンタル体までは地上的・人間的だが、そこから先のスピリチュアル体に入るには垂直的に上がり人間を超えなければならない(そのための技法がアジュナチャクラ・祖窍: 上丹田を見つめるもの)と言われるのも同じことを言ってるに違いない。

 そしてアジュナチャクラ(上丹田)への集中をする前に下位の身体(下の丹田)がしっかり構築されていなければ精神病・精神分裂を起こす可能性があると言われるのも、以前、眉間ばかりに集中させるような気功を学んでいて心身を病んでしまったと言って太極拳を習いにやってきた生徒さんのことを思い出すと納得がいく。

 

 だから、柔から霊、上の丹田へ、気から意へ、と重力から自由になるためには、ロケットや飛行機と同様、非常に精密でしっかりした装置(身体)が必要になる。だから地上でせっせとその装置を作らなければならない。材料は地上にある。いざ打ち上げたらすぐに落下した、ではダメなのだ(・・・このあたりはまさに独り言。)

 

 ダンサーの話に戻るけれども、あのLa Bayadereを踊る男性ダンサーだけを集めた動画があった。ざっと見て、これも脚力アスリート、これも、これも・・・と見ていたら、重力から一瞬解放されたように見えるダンサーがいた。6番目のCarlos Acosta。ロイヤルバレエにいたすごいダンサー。そしてやはりツィスカリーゼ。他にも高く跳んですごいと思うダンサーがいるのだが、重力から自由に見えるダンサーは、踏切きった時に足を踏ん張らず、また、着地する時につま先から足裏がしなっているので音がしないようだ。着地するので浮いている人は着地が全く違う。(そう言えば、スワンの中のリリアナも、その男性パートナーを務めた葵がリフトして降ろした時にいつ着地したか手応えが感じられない、と恐れおののいていた。)えい!と踏み切って、ドン!と着地するのはアスリート系。アスリートからアーティストになると(男性の場合は)女性的になるのか?太極拳が”秀”で形容されるのは女性的な要素があるからで、あの馮志強老師も太極拳によって自分は女性的になったと周囲の人達に言っていたという。剛ではなく柔、陰の要素が強くなる。

 

 と、いろいろ書いたけど、要は、上半身(胴体)の中に気を溜める(含ませる)ことが大事。

 上半身が気で少し浮いてくれないと重い鉛のような上半身が下半身を圧迫して股関節や膝を痛めてしまう。上半身(胴体)は上半身(胴体)自身で引き上がってくれていると下半身は自由に100パーセントの力を発揮できる。

 上半身を軽くして(上虚)、下半身をしっかり使えるようにする(下実)。

 上半身に力を入れて筋肉を固めたら重くなってしまう。

 上半身の力を抜き、中に空気を含ませるようにする。

 私達が水に浮こうとする時は知らず知らずのうちにやっていること。だけど地上で立ち上がると重力に筋力で対抗してしまう。

 松をするのは筋肉の緊張を解いてその分体内の空気を増やすため。

 松をした分だけ空気は増える。一気に松すると崩れ落ちてしまいそうになるから、崩れないように少しずつ少しずつ、おそるおそる力と抜いていく。そのうち松すれば気が増えるのを実感できる。そのうち、「なるほど、”松するには勇気がいる(敢松)”と言われるのももっともだ。」と実感できる。

 

 

2020/3/19 <弓歩の重心移動 圧縮した丹田から伸ばして作る丹田へ>

 

  最近もらった質問の中に弓歩に関するものがありました。

 

 <2/24付のブログ「弓歩の重心移動のコツ」を見て練習をしている方から>

  ”最初から最後まで丹田を失わない”ことを意識しているのですが,弓歩で前足膝が流れてしまうのは踵の押さえが足りないのでしょうか?それとも全く別の理由(踵?)なのでしょうか? 

   弓歩での移動の始まりと途中は分かったので、移動の終わりを教えて欲しい。

 

 

http://otm.xrea.jp/darenimo/dare-22-3.htm
http://otm.xrea.jp/darenimo/dare-22-3.htm


  さて、”弓歩で前足膝が流れてしまう”とは?

  頭の中で想像してみると・・・きっとこんなタイプ?(右の図→)

 

  丹田を維持して動き切ったら重心が前に行き過ぎてしまうのは、

  一言で言えば、命門が開いていないから。

  移動の時に腹の気で内側から命門を押し続けることが必要。

 

  丹田の気の量が少ないうちは、その気で背中側(腰側)を推すように使うと腹が凹んでしまう。腹の方に寄せると腰が凹んでしまう。

  丹田を腹に寄せてしまって腹腔内での腹と腰の引っ張り合いがないと弓歩で重心移動した時に前に行き過ぎてしまう。

  

  徐々に丹田の気を増やして腹腔を満たすような丹田を作ることを目標にすべき。

  吐いて丹田を作ることしか知らないのでは世界が狭すぎる。

  吸って息を丹田にキープして帯脈全体を膨らますように丹田が使えるようになると(→昨日のツィスカリーゼのお腹のように)前後の体重移動は胴体内での腰→腹への気の移動になる。身体の内側の伸びが全く変わってくる。太極拳の松→開→沈→柔、の柔の段階に入る。(固めた丹田の頃は沈の段階)

 

  真の問題は中心にあって、クワや膝、踵はその結果の問題。

  が、伸縮する丹田をどうやって作れるようにするか、が問題。

  昨日ビデオレッスンでバスタオルを使ったのはまさにその感覚を得させるためだったけど、生徒さん達は随分苦しそうだった・・・気の量が足りないと指導のしようがない。タントウ功や坐禅で各自増やしてもらうしかない。

 

  これについては後日動画を撮ります。文章では説明が難しい。

 

  そう言えば・・・

  たまたまYoutubeで見かけた”逆腹筋”。林先生の番組で紹介されていたようですが、実は丹田も次第にそのように腹を伸ばして作るようになっていきます。吐いて圧縮した丹田一辺倒では身体の動きが拘束されてしまう。吸って伸張した丹田は氾臀系で馮志強老師はもっばらこっちで動いています。高度ですが、それを目標にして練習をすべし。固めた丹田で出来上がり、ではなくて、そこからその”タネ”を使って練っていって大きな伸びのある丹田を作っていきます。

  逆腹筋を少し分かりやすく説明していた動画がありました。肋骨と骨盤を引き離すように使う。動画では「上、上、上」と上方向に伸ばすことを強調していましたが、私なら、肋骨の方を固定させて、骨盤の方を「下、下、下」と伸ばすようにするだろうなぁ、と思いました。いずれにしろ、これは腸腰筋を鍛えてる。腸腰筋がしっかりすると腰腹が同時にしっかりする。腹の一部に固めた丹田は腰が弱くて、逆腹筋(反らす)と腰を痛めてしまう。

 

  斂臀、腹筋を割る、丹田を固める、腰が硬くなる・・・は一つのグループ

  氾臀、腹が柔らかい、丹田を広げる、腰にしなりがでる・・・ツィスカリーゼ・・・はもう一つのグループ。

  丹田の気を”煉る”ことで気の量を増やし、斂臀グループから徐々に氾臀グループへと移行していくようにするのが練習の過程。

  本来は、陳式太極拳の一路でその準備をし、吸って丹田を作る(吸って打つ)ことができるような身体になったら二路を練習する、ということだったよう。炮捶にはしなやかな腹と腰が不可欠で拘束丹田では発勁ができない。(このあたりの練習は通常中国では師弟間の個別指導で行われるもの)

2020/3/19

 

 特にホリエモンが好きとか言うわけではないですが、この対談相手の研究者の話がすっきり簡潔で改めて”知”の大事さを実感したのでここに紹介します。

 

 ちゃんと”知る”。知りたい、という研究努力の積み重ねの上に私たちの生活も成り立っている。

 祈りも大事かもしれないけれど、やはり”知”は暗闇を払拭する明かりになる。

 

 いつ収束するか?の問いに、それはコロナがどの程度社会で受け入られるか、の問題になると説明していた。・・・なるほど。頭脳明晰な人の話は聞いていてとても気持ち良い。

 欧米は今パニックが始まったばかり。まだまだ時間がかかりそうだ。

2020/3/18 <胴体力の中心=中丹田を膨らませる>

 

  ツィスカリーゼの腹を見たばかりだったせいか、今日のビデオレッスンでは生徒さんたちの胴体ばかりが気になった。

 気が足りない!=息が足りない=呼吸が足りない→吸えない!!

 吸えないと気は入らない。

 けど、本当に吸えるようになるためには一度足裏まで気を下ろして足裏から吸い上げる必要がある。

 斂臀で足裏まで気を下ろすのは、その先に氾臀で足裏から気を吸い上げて胴体を気でいっぱいに膨らませるためだ。

 

 レッスンではバスタオルを胴体に帯のように巻いて、胴体が気で膨らむのを確かめながらしゃがんだり動いたりしてもらった。

 胴体が膨らんでいないのにしゃがむと膝に直撃してしまう。

 胴体が膨らめば膝はスルーしてしまう。

 そんなことも確かめてもらった。

 

 


 胴体=中丹田は、ツィスカリーゼがラ・バヤデールを踊っていた時の衣装で露出されていた部分。胸椎10番あたりから腰椎5番まで。

 

息は入れる場所によって要領が違うけれども、胸椎の位置する背中には鼻から肺の下葉まで息をいれれば膨らむ。(マスクをして立位前屈するとしないでするよりも用意に前屈できるが、その理由は、マスクによって前屈途中で息を吐き続けられず呼吸を吸気に変えざるをえないから。吸気に転じると身体がさらに伸びて曲げやすくなる。この吸気に転じたときに自分の身体のどこに空気が入っていくのか観察すると、それが背中に入っていくのがわかるはず。この要領を使って胸椎10番あたりを膨らまします。)

 その後、腰椎に向かって息を下げていくのだけれども、その時は放松が必要になる。少しずつ少しずつ、息を抜かないように外側から、玉ねぎの皮を向くように放松していく・・・。

 (このあたりの要領は指導を受けた方がよいところ。)

 

 

  胴体、中丹田、太極拳で言うところの帯脈、の位置をもう一度おさらいすべき。

 思っているよりも随分上にある。

 私たち日本人が思う”腰”ではないのに注意。

 

 この部分の空気でパンパンになったドラム缶をぐるぐる動かすことで、脚や腕が回る。

 (右のスピンも露出された帯脈ドラム缶が回転することで全身が一気に回る。)

 

 これが太極拳の動きの原理。

 だからタントウ功でドラム缶作りが必要になる。

 

 下の骨格模型を見れば一目瞭然だけども、私たちがまず空気を詰めなければならないのは骨が抜けてしまっている見るからに弱そうな場所。

 魚の頃はこんな隙間がなかった・・・

 犬になると隙間がある。

 隙間は空気で埋める! ぺちゃんこにしてはいけない。筋肉で固めて過ぎてもいけない。脂肪でぶよぶよにするのはもってのほか(苦笑)

 (腹を空気で充実させると体幹がしっかりする→腸腰筋がしっかり使えるようになっている。)

2020/3/17 <La Bayadereに見るダンサーの 胴体力 VS 脚力>

 

  寝る前に・・・とツィスカリーゼをもう一度見ていたら

 

 胴体部、帯脈が良く分かる映像があった。

 やっぱり、そう! 腹筋が割れていない‼️

 

 踊った後、お腹が波打ってる。

 お臍しっかり呼吸している。

 丹田呼吸どころか臍呼吸にさえ見える。

 だから伸びがあって柔らかい動きになる。

 

 腹筋割れてるダンサー(→力を使う)はアスリートになる。(力を使う)

 腹の肉が滑らかで柔らかいダンサー(→気を使う)はアーティストになる・・・と推定。

 

 

 この続きに出てきた同じ演目を踊っているダンサー、彼一人で見ればとても上手なんだけど、ツィスカリーゼを見た後に見ると重くて高さ速さがない。彼は脚力で飛んで、脚の力でスピンをしてる。ツィスカリーゼは胴体、まさに帯脈、腹腰部分のドラム缶で飛んで回転してる。

 

 翌日、またYoutube見てたら、ツィスカリーゼのように胴体がしなやかなダンサーが。Ivan Vasiliev ・・・誰だろう?と調べたら、元ボリショイのスターダンサー。なんとあの(私の大好きな) Osipovaの元フィアンセ。2010年に二人でボリショイを去って世界に飛び立ったらしい・・・。胴体の開きと柔らかさ。けど、中心軸のキマリ方はツィスカリーゼに及ばない。脚の筋肉のつき方、使い方を見るとまだ脚力、力に頼るところがあるのは、ツィスカリーゼに比べて身体の陰面/内側の使い方が感性してないからだろうか? とみると、陽面を主導は筋肉=力、陰面を使って初めて内気、内側から身体を動かすことができるということのようだ。

 

 こう見ると熊川哲也氏は脚力の人。胴体の膨らみ、伸縮で踊っている人ではないなぁ。

日本人は概して脚力依存体型。胴体が細くて脚が太くなる。

2020/3/17 

 

  とうとうパリも静かになってしまった。

 

 

19時。

最近ぐんぐんと日が伸びていっている。

スーパーに行った帰り道、ほとんど人が見当たらない。

 

スーパーも客の人数制限をしているので、一人出たら一人入れる。

 

入るまでに列に並んで随分時間がかかるのだけど、一旦入ってしまえば他の客に煩わされることなく優雅さでゆっくり買い物ができる。

 

時間がゆっくり流れる。

余計なことをしないと一つ一つが丁寧になる。

不便だけど忙しなさがなくなったのは嬉しい。

 

人間が忙しかろうが暇であろうが、自然はいつも同じように泰然と流れていた。

コロナがあろうがなかろうが自然は何も変わらない。騒いでいるのは人間だけ。

 

 うちの猫も犬も何も変わらない。

 風景が変わって見えるのは心が変わっただけ。

 

 アリの行列がせかせかてんてこ舞いしながらあっちっこっち方向転換しながら進んでいく様を上から眺めているように、私たちも上からはそう見られているのだろう。

 自然全体のあり方は何も変わっていない。

 自然自体が常に小さな変化を内包している。

 

 気功・太極拳の基本の基本は自然に戻ること、帰自然、だった。

 自然から離れないこと。

 自然に息、呼吸を合わせること。

 忘れそうになったら耳を済まして自然の音を聞こうとすればよさそうだ。

 よく見ようとすれば聞こえる。

 ただ見たら聴こえない。

 合わせるときには聴くことが必要になる。聴けないと合わせられない。

 これが推手で学ぶ”聴力”。

 実際には上丹田の鍛錬になる。

 1日に一回はちゃんと耳を澄ますべき・・・。

 澄ませばそこにいつも自然がある。

 

 

2020/3/16 

 

  今晩のマクロンのテレビ会見でとうとう実質的な外出禁止令が発令されてしまった。

 生活必需品の買い出しと仕事以外は外出禁止。散歩もダメのよう。警察10万人が投入されるよう。公園で練習はもう無理だ・・・ここまでひどくなる前にどうにかできなかったのだろうか? と、今日既に品薄になったスーパーに行ったら、マスクなしで堂々とゴホゴホしてる人がいた。日本なら顰蹙ものだけど、こちらではスルー。手もちゃんと洗っているのか疑問。外出禁止も仕方がないか・・・ 幸い家が広いのと中庭があるから一人で練習は可能。

 

 ということでしばらく午前中の師父とのレッスンもお休みなので、日本時間の17時以降ならビデオレッスン可能になります(skypeもしくはLINEを使用)。単発でもOKです→お問い合わせから連絡を下さい。

2020/3/14 <斂臀の注意点>

 

このブログの愛読者からタントウ功と基本功のチェックをしてほしいと頼まれて送られてきた動画を見たら、ちょうど書いたばかりの”斂臀”が行き過ぎて、身体の背面の力が使えていないことに気づきました。(多少右のイラストに近い感じ。後ろから見ると腰に力がないのが丸わかり。命門が開いていない。)

 <以下、整理しようとしながら書いています・・・>

 

 斂臀・氾臀は厳密には尾骨の操作の話だが、相当練習を積まない限り尾骨を操作することができないので、通常は仙骨を操作することによって尾骨を操作するようになる。

 

  というのは・・・

 

  そしてそもそも斂臀は虚霊頂勁→下顎内収→含胸→抜背→塌腰ときた後の要領。

 これら一連の要領の目的は、背骨を長く引き伸ばすことにより、身体の伸縮、身体の弾力性を高めることにある(伸ばして戻らないような身体では元の木阿弥)。

 

 <背骨を引き伸ばしていく過程>

 ①下顎内収で頚椎のカーブ

 ②含胸で胸椎上半分のカーブ

そして

 ③塌腰で胸椎下半分から腰椎のカーブ

 が引き伸ばされ直線に近くようになる。(ざっくり言えば)

 

 そして最後残った④仙骨のカーブ(お尻の盛り上がり)については、

(※ここから右の図をよく見てイメージしてほしい!)

 もし、尾骨の先端を内側に入れられたら、傾斜していた仙骨が地面に垂直に近くまで立ち上がり、そうすればその上の腰椎と仙椎が直列に並ぶようになる。

 これで背骨の上、頚椎から、下、仙骨までが直線に引き伸ばされた状態が完成する。

 

 が、問題は、通常、私たちは尾骨を意識的に操作することができないということ。

 狙っているのは、腰椎と仙椎をまっすぐに並べることなのだが、ここで間違えて仙骨を前方向に押し込んでしまうと骨盤が後傾してしまう鼠蹊部が緊張、股関節が自由に使えなくなるこれが大問題!

 

 <この問題の回避方法>

 一言で言えば、腹の気! 

 

 上で言ったように、斂臀は含胸→抜背→塌腰の後の要領なので、斂臀をする頃には腹に気が落ちている! 塌腰までやってまだ気が胸にあるはずがない。

 そこで、斂臀する前には腹におちた気を一度背中側の方に誘導して、腰のほうにも気を巡らすことが必要になる(命門を開ける、という表現で言われること。)

 具体的には臍と命門の間で気を行ったり来たりさせて、腹腔内の気を膨らましていく作業をする。

 腰が内気(内圧)で膨らんできたら、いよいよ斂臀の出番。

 腰が膨らむと仙骨が後ろに押されるから、それを押し戻すように、しかし腹の空気が抜けないように注意して押し込むと、腹側に丹田がしっかりと収まるのが感じられるはず。

 腰の膨らみが強くなればなるほど、仙骨を押し込んだ際の丹田の気の量が増えるから、この作業は何度も繰り返すようになる(普通は意識しなくても繰り返してしまう・・・呼吸と連動しているから)。

 

 ということで、斂臀は自分の腹の中の圧を感じながら注意しながらやる必要があります。

押し込みすぎると仙骨が前滑りしてしまう→お尻がすべって、お尻と太ももの境目がなくなる→ハムストリングスの力、ふくらはぎの伸びる力が使えない(これらは伸筋として力を出させる!太極拳の特徴)。

 

 

 

 巷でよく見る武術太極拳(?)系の人の動きは、どちらかといえば斂臀よりも氾臀のタイプのような気がします。斂臀で深くしゃがむ、低姿勢はとても難しい。低姿勢の演武をする人たちは元気な氾臀,筋肉のある若者タイプです(←外家拳の長拳の演武)

 

一方、年配になればなるほど腹の気が減って斂臀が行き過ぎ、しょぼいお尻になりがち。

腹腰を十分に気で満たしてから斂臀すればしっかりとした丹田が作られ腰を守ることができます。それから腹腰の気を足裏に落とし、そこまで行ってから上向きにひっくり返して氾臀をすると脚力が倍増する、という流れ。少しずつ練習するしかない。静心慢练。

 

 

   動画を撮ってみたので見てみてください。普段生徒さんに教えている時のようなノリでやっているので整理されていませんが、参考になるところを見つけて下さい。

 

2020/3/13 <抜背 斂臀と氾臀>

 

  昨日の動画でも尾骨の操作について少し説明をしましたが、尾骨は気の上げ下げの弁(バルブ)になるし、太極拳の”抜背”の要領とも関連するので補足的に動画を撮りました。

 一昨日の膝についての記述とも関連します。

 

 背骨は伸縮させて使う。だから”弓”と形容される。

 ”棒”ではないことに注意。

 

 直立の時のS字カーブの背骨の1番下(尾骨)をバネばかりのように下へ引っ張り下げれば"伸びる"。尾骨を元の位置に戻せば”縮む”。

 

 実は尾骨を動かすには丹田の気で尾骨にローラーをかける必要があって、そのためには丹田の気を股間近くまで下ろせなければならない。

 陳項老師の講演録で、丹田の気が尾骨まで下りれば築基功の完成、というようなことが書いてあったが、そこまで気を下ろすにはそれなりの練習の期間が必要。尾骨まで気が達するようになっていれば股関節(胯)は自由に動くだろうし、裆力も出ている。

 

 太極拳は彫刻を彫っていく時のようにいろんな面から取り組んでいくものなので、この尾骨についても完璧にクリアしなければ次に進めないわけではない。しばらく取り組んで見て何が難しいのか、何が必要なのか、がはっきりしたら、そちらに練習課題をシフトして良いと思う。

 

 抜背は斂臀と氾臀に密接に関わっている。

 尾骨を前に抜いたようにするか、後ろに上げたようにするか。

 尻尾(尾骨)が舵取りをする。

 進みたい方向にまず尾骨が動く(準備する)。

 

 

 日本では斂臀だけが伝わっているのか、氾臀(中国語では泛臀)については認知度が低いよう。

 斂臀は気を足裏に下げるもの。

 丹田に気を溜めるには少し尾骨を持ち上げなければならない。

 走り出す直前、ジャンプの直前には氾臀がマスト(短距離走のクラウチングスタート。これで丹田に気を溜めてから一気に歛臀して蹴り出す。)

 斂臀で尾骨をしっかり前に入れたまま走ったりしゃがんだりしていたら膝や股関節を痛めてしまうだろう。尾骨を少しだけでも後ろに引き上げて氾臀できると息と身体の動きが全く変わる。

 

 退化した私たちの尾骨がそんなに簡単に動くものではないけれど、ほんの少しでも使えると身体の動きが全く変わる。

 ある骨は全て使う、使えるようにする。無駄な骨はない、無駄な関節はない、というのが太極拳。

 

 太極拳は陰陽二義で成り立っているから、常に相反する二つの動きが存在する。

 斂臀と氾臀、2つで1セット。

 

 まず意識的に歛臀をして丹田に気を溜めてからその気を苗にして氾臀を練習していく。

 歛臀がちゃんとできれば足裏に気が落ちて、氾臀に変えた時に足裏から気を吸い上げることができる。中途半端なところで氾臀すると腰が反って痛めてしまいそうになるから注意。

 

 腰回しの前回転(逆回転)は氾臀、後ろ回転(順回転)は歛臀を使う。これは周天の原則。

 そして前回転の方が難しいのは氾臀だから(だから"逆")。後回転はそれほど難しくないはず(尾骨が前方へ動く歛臀。"順")

    が、歛臀も氾臀も、仙骨は地面に対してほぼ垂直

で、前に押し込み過ぎて滑ったようになったり、逆に出っちりになってもいけない。 

  

 太極拳の二路には氾臀が欠かせない。一路は主に歛臀で基礎づくりになっている。歛臀が全てではないことを知っておくべきだと思う。

 

 

 

 

2020/3/12 <タントウ功 ステップ①ステップ②>

 

  東京の生徒さんから、「タントウ功で足裏まで気を落として足裏が地面に貼りついたような感じになるのですが、その後、気を引き上げても足裏がべったりくっついたままで紙一枚の隙間が空く感じがしません。会陰の引き上げが足りないのでしょうか?」という質問をもらった。

 

 タントウ功は太極拳の動きの基本を作るために欠かせないが、丹田に気を溜めるためには、2ステップに分けて丁寧にやるべきだと思う。ただ漫然と立っていても何も起こらない(し、何をやっているのか分からなくなる。我慢比べになってしまう?)。

 

 以前にも書いたと思うが、

 第1ステップは、放松して気を足裏に落とすこと。

 これができるようになって始めて第二ステップに進む。

 概して男性は放松が女性よりも苦手なので、この第一ステップで3ヶ月以上(長ければ1年以上)かかることも珍しくない。女性、中でも身体の弱い女性は、あっという間に第1ステップを通過する。

 そして第2ステップ。

 足裏から気を引き上げ(吸い上げ)丹田に気を溜めていく。

 やれば分かるはずだた、足裏から気を吸い上げるということは会陰を引き上げるということに他ならない(第1ステップがちゃんとクリアできていれば)。

 あたかも植物が根っこから養分を吸い上げるように、足・脚をつかって地上の気を丹田へと吸い上げていく。丹田には足裏のペダルが付いていて、ペダルを踏めば丹田に、そしていずれはパンチ(打)の時には足裏から丹田経由で拳まで勁が貫通するようになる。

  この第2ステップに引き上げでつまづくのが女性。中の力が足りなくてなかなか引き上げられない。第1ステップを苦労してクリアした男性は第2ステップはそれほど難しくないようだ。このあたりは性差、個人差がある。

 

  質問をしてきた生徒さんの動画を見たら、ああ、これじゃあ引き上げられないなぁ、という姿勢でタントウ功をしていた。胆経が使えていない。

  放松して気を下ろすには胆経はそれほど必要とされないけれども、引き上げる時にはマスト。

  最初は膀胱経から開発していくようになるけど、そのうち側面の胆経を繋がなくてはならない時期がくる。胆経が意識できるようになって始めて身体はまっすぐ立つ。前から見てだけではなく、横から見てもまっすぐ、横姿はとても大事。私たち日本人は平面文化で育っているからそこは強く意識しないと目が前ばかり向いて横、奥行きをおざなりにしてしまう。

 

 と、また前置きが長くなりましたが、はじめに劉師父に無理やりやってもらったタントウ功のステップ1とステップ2、そして師父の身体でははっきり分からないだろうところを私が説明し直したもの、2つの動画を撮りました。

 質問した生徒さんに答えるつもりで撮りましたが、他の生徒さん達の参考にもなるはず。

 

2020/3/11 <膝が痛くなるのは何故か? しゃがむ 背骨を弓にする>

 

  海外で太極拳を習っている日本人は案外多いようで、そんな人達からビデオレッスンを頼まれることも多い。

 最近レッスンしている生徒さんはドイツで楊式太極拳を習っているが、しゃがむと膝に痛みが出るというのが問題だ。ビデオレッスンで一緒に動いている時はうまくいくのだが、一人で練習するとやはり痛みがあるという。

 

 太極拳で一番痛めやすいのは膝ではないかと思う。

 膝が傷まなかったら、股関節か腰を痛める。

 腰、股関節、膝が絶好調♪ という人は実際には少ないのではないか?

 

 私は太極拳を始める前に少林拳擬きの武術を習っていて、その練習中、ジャンプで着地した際に片足が滑って転び、その衝撃で前十字靭帯が断裂してしまった。痛みや腫れがひいてもちょっとした衝撃で膝がガクッと前に滑りでてしまう。当時子供が小さいこともあって長期間の入院は困難だったが、それでもやはり手術を受けて運動をしたい、と手術を希望したのだが、手術目前に名医と言われていた担当の先生の転勤が急に決まり、結局手術ができなくなってしまった。最後の診察の時、その担当の先生はもし本当に手術を受けたかったら自分宛の紹介状を書くから次の転勤先の病院に来ても良いと言ってくれたのだが、私は思わず「靭帯は一度切れたら絶対に繋がることはないのでしょうか?」と聞いてしまった。先生はえっ?という顔をしたが、少し目を逸らして「身体は神秘だから絶対とは言えませんね。」と答えた。ああ、そうか・・・私はその一言で手術を受けないことに決めた。

 

 その後太極拳を習いはじめたのだが、中腰で左右に重心移動をすると、時々膝がカクッとなりそのあと腫れてしまう。本当にこわごわ練習していた。それまで遊びで習っていたベリーダンスは怖くて踊れなくなってしまった。それでも少しずつ動けるようになり、そうやこうやしているうちに、主人のフランス赴任が決まった。2005年の話。パリで劉師父と知り合って練習を始めた最初の時はやはり膝が心配だった。師父にその心配を伝えたら、没事!(大丈夫)と軽く躱されたが、その後は毎日のタントウ功が大変過ぎて膝のことを心配する間もなかった。言われたことをこなすのに必死でそういえば膝のことを忘れていた・・・と気づくまでに1年はかかったと思う。

 気づいたら膝は問題ではなくなっていた。

 

 2009年に日本に戻って教え始めて数年経った時、右膝になんか違和感がある、と感じた時に真っ先に頭に浮かんだのが前十字靭帯の損傷というあの古傷。前十字靭帯の問題だったら手術するしかないしやっかいだなぁ、と思ったが、ん? どちらの膝だったっけ? 真面目に思い出そうとしても右膝か左膝かが思い出せない。冗談でしょう?と自分でよ〜く考えてみる。どっちにサポーターしてたかしら? んんん・・・記憶喪失か?

 

 笑えるやら情けないやら、複雑な気持ちで、それでもやはりどちらの膝かをはっきりさせたい。

と、あの時通っていた総合病院に問い合わせてみた。個人情報だし電話ではダメだろうかと思ったが、ただ右か左か、それだけが知りたい。随分頼み込んだら電子カルテを見てくれて、電話でこっそりと小さな声で「左です・・・。」と教えてくれた。ああ、左?ラッキー!右じゃない。

 

 右膝に痛みがあるのが前十字靭帯のせいじゃないとしたら練習の時の身体の使い方のせい。そう知ったらとても気が楽になった。そしてその次にパリに練習に行った時に師父にタントウ功の姿勢をもう一度直してもらったら膝の問題がなくなってしまった。

 

 それでも、日本に戻って教えることが多くなると右膝に負担がかかってくることがある。師父と練習していると膝は全く問題ない、どころか、今では膝はこんなに回る(いろんな動きができる)のかとおどろくほどだ。膝を単なる折りたたみとして使っていたら痛んでしまうのも今ではよくわかる。膝については私自身が試行錯誤した時間が長い分、生徒さん達には膝を痛めてもらいたくない気持ちが人一倍大きい。

 

 膝の問題は、股関節と足首にある(もしくは太ももの筋肉?)というのが定説だが、私が経験上、最も大事だと思うのは、背骨。

 膝が痛い、というのは通常しゃがむ時。

 しゃがむ時に背筋に定規を入れて背骨をまっすぐにしたままだったら・・・やってみたらすぐにわかることだが、背骨をまっすぐ硬直させてしゃがもうと太ももの前側の筋肉が収縮し(ぎゅっと短く塊になる)、そのあと膝に負担がかかってくるのがわかる。

 

 それに対して、しゃがむ時に頭も含めて背中を丸くすると(地震の時に防災頭巾を被って机の下に隠れる小学生のような格好? 左の図)、膝には負担がかからない。

 

 右のような背筋を伸ばして筋肉をむきむきにするようなしゃがみ方もあるけれど、ちょっと不自然(武術では不自然な身体の動きをしている暇がない。合理的でないとやられてしまう)。

 が、このくらい胸とお尻を突き出してしゃがめば膝は痛まない。

 

 上の子供達と右のむきむき男女の共通点は背骨のしなり(曲線)。子供達のしゃがんだ背骨は脊椎の背中側が開いて伸びている、右の大人達は脊椎の腹側が開いて伸びている、どちらでもよいから、背骨が弓状に伸びていればしゃがむ時に膝に引っかからないですむ。

 

 弓状に”伸びる”ことに注意。

 

 背骨が伸びずに、長さが同じままで丸めると、”弓”にはならない。

 ”弓”の伸び、しなりをだすには、尾骨まで伸びる必要あり。

 

 しゃがんでいく途中で膝に来た!という時は尾骨が下に抜けない(イカの骨を抜くように尾骨を抜き下ろせないと詰まって膝に負担がでる。尾骨を抜く時に首から頭頂の角度を調整して、尾骨から頭頂まできれいな弧線を描ければ完璧:股関節にしっかり降りられるから膝は問題にならない)。

 ※太極拳では身体は五弓から成る、と言われる。

  四肢それぞれが弓、そして背骨が最も大きな弓。

 

大人が子供のようにしゃがもうとすると、踵がつかない。

股も開かなきゃならない。

そして尾骨が丸まって抜けないから、その分首が曲がって頭が前にでる。

 

子供と大人の大きな違いは首、頭のつき方。(その原因は脊椎と脊椎の間の隙間の伸縮性)

 

 とても小さい時は頭が胴体と一体化しているけど、次第に首で頭部と胴体が完全に分かれてしまう。思春期あたりで既に背中が盛り上がり首が曲って頭が前に出る傾向があるよう。  

 腹底に沈んでいた気が大きくなるにつれ上がって散り散りになって身体の中心がわからなくなってしまう(丹田がわからなくなる)のと、背骨の伸縮性、弓状が失われるのは同義。

 (尾骨を含めて)背骨を意識して伸ばそうとするよりも、丹田の気で内側から背骨にローラーをかけてあげるようにするのが背骨を最大限に使うこつ。

  

 ということで、ここから先は、先日(3/3)にアップした私の動画で紹介したワオキツネザルのようなポーズの話にもどってしまう。

 

 丹田の気が少ない→腹に乗れず背中に乗っかってしまう→背骨に乗っかるから背骨が動かない→背骨が動かないから腰が動かない→腰動かないから骨盤も動かない→股関節硬直・膝に負担・足首も硬直・首が背骨の一部として機能ぜず折れ曲がるetc. 

   

 やはり、丹田(の気)がないと、膝の問題は解決しない。

 筋肉の問題よりも体腔の問題ではないか?


 師父に調整してもらう時に毎回注意されること、それは、含胸と命門を開くこと。 

 含胸と命門を開くこと、これは背骨を弓状にするための第一歩だ。これを抜きにして丹田に気は溜められないし膝の問題は解決しない。


 弓は直線にもなる。

 直線は弓状の一形態に過ぎない。

 背骨を棒状に真っ直ぐに立ててはいけない。

 結果として真っ直ぐになる。

 

 目下コロナウイルス騒ぎで集団練習ができない状況のようなので、各自、せっせと坐禅かタントウ功をして丹田の気を増やしてください。全ての身体の問題の根っこはそこにある。

 

http://earthresources.sakura.ne.jp/er/ES_J.html
http://earthresources.sakura.ne.jp/er/ES_J.html

<追記>

 

胸腔、腹腔、骨盤腔・・・三焦?

 

丹田は腹骨盤腔

この”腔”を動かすことで内臓も活性化される。

五臓六腑の六腑=袋の方を動かす。

肋骨にしまわれている五臓は六腑が動かされることで付随して動くようになっている。

 

立つのも運動するのもこの”腔”側。

背骨や背中の筋肉に乗っからない。

ワオキツネザルも腔側で座ってる(はず)

鳥の胴体も丸々と・・・腔が大きいから飛べるのか?

動物たちはみなそう・・・

腔を広く。

                        内臓をペタンコにしてはいけない。

 

2020/3/8

 

 ツィスカリーゼのことを書いていたら興奮してしまって、やはりこの動画も紹介したいと思いました。

 ザハロワと踊るシェヘラザード。

 

 これを見て気づくのは、あのザハロワよりも男性のツィスカリーゼの身体の方が柔らかくしなやかでセクシーだということ。

 ザハロワの方が脚は高く上がるしよく開くかもしれない。これは股関節の”開”がよくできている、ということ。

 が、柔らかさ、重さのある柔らかさはツィスカリーゼに敵わない。

 柔らかさは胴体からくる。

 脚の開き、肩の開きは股関節と肩関節の開き具合からくる。

 

 女性は骨盤の構造上、男性よりも開脚がよくできる。付随して肩も男性より開きやすい。

 が、胴体の柔らかさは、第2身体に入った男性には敵わない。

 女性の第一身体は女性、第二身体は男性

 男性の第一身体は男性、第二身体は女性

 男性は身体が男性的だが、その内側は女性よりも柔らかく愛情深かったりする、とOSHOが言っていた。それを読んだ時は、そんなもんかなぁ、と思っていたが、この練習をしているとだんだんわかってくる。師父にしても、あの馮志強老師にしても、外見はあんなにいかついのに身体が柔らかい、なめらかさがある。馮老師はこの練習をして少し女性らしくなった、と言ったことがあったようだが 身体に滲み出てくる柔らかさは、気、第二身体の身体だ。

 

 以前知り合った女性の旦那さんが、元ベジャールのバレエ団で踊っていた男性ダンサーで、退団後自分の小さなバレエ団を作ってパリの小劇場で公演をしていた。面白いのは、その旦那さんはもう45歳くらいで頭は禿げ上がっていて体型も現役時代と同じではないのだが、小劇場で女性ダンサー達と一緒に上半身裸で踊ると、観客は最初こそは女性ダンサーの上半身ヌードを見ているが、しばらくすると彼女の旦那さんの踊りばかりに目がいってしまうようになると言っていた。禿げた中年男性の裸であっても身体の色気は若い女性達を上回るらしい・・・今回、上のツィスカリーゼの動画を見て、そんな話を思い出した。確かに、上の動画、男性の方ばかりに目が行ってしまう。雄の孔雀の方が華やかなのと似てる?動物界では派手で美しいのは雄?(話が逸れてるような?)

 

 開と柔の話に戻すと

 太極拳では、松(力を抜く)からまず”松開” 

 そして”松沈”があって、そのあと”松柔”になる。

 松開→松沈→松柔

 この順番で身体が開発されているから、自分が今どのあたりにいるかわかれば進歩のメルクマールになる。

 松してタントウ功や動功をしていたら

 以前よりも身体が開くようになった(脚が開く、肩が開く、など。)→松開

 なんだか身体に重さが出てきた。足がどっしり。ブレない。→松沈

 動きにねばりがでてきた →松柔

 

 動きに軽快さや素早さが出るのはその先。

 

 ツィスカリーゼ、後半のジャンプやスピンはさすが男性。ものすごい速さでした。

 

2020/3/7

 

 今日ついにフランスのコロナウィルスの感染者数が日本を上回った。イタリアで広まっていたからフランスで広まるのも時間の問題、とは思っていたけれど、案の定、うなぎのぼり。それでもまだパリではマスク姿の人を見かけない。話によるとマスクはとうに売り切れているとか。昨日アルコール消毒液を買いに行ったのだが、私が手を洗うジェスチャーをしただけで、ああ、それは売り切れ、と行く店行く店でマダムに笑われた。スタートが遅かった。石鹸でしのぐかな。

 イタリアやフランスでは挨拶の時に頰を合わせてチュッとしたり男同士なら握手をする。身体と身体の接触が多い(上に、衛生観念も低い)から広まるのも早いのでは? 犬の散歩でよく会う初老のおじさんは私と話すために英語の勉強を始めたらしく徐々に会話ができるようになったのだけど(相変わらずフランス語を学ばない私・・・)、いつもは会うと手袋を外して握手をしてくるのに、今日はさすがに握手はしてこなかった。少し距離をとって話をしたあとで、「コロナが去ったら今度はキスをするね。」と言ってきたのはさすが。やはり基本的に接触が好きな国民。私はフランス人が寄ってくると先にお辞儀をして接触を避けることが多い。日本人は総じて無意識的に身体の触れ合いを避ける(珍しい?)国民だと思う。

 

 コロナはさておき、ここ一週間ほどはある人物に首ったけ。

 それはYou tubeのおすすめ動画に上がってきたこの動画を見たのが始まり。

 https://www.youtube.com/watch?v=qHPshionlNs&t=662s

 (「ワガノワ・世界一過酷で美しいバレエ学校の世界〜ロシアが誇る伝統の”くるみ割り人形”が日本へ Bunkamura オーチャード・バレエ・ガラ特別映像)

  

 この動画の1分半過ぎのところで、ワガノワ・バレエ学校の校長が生徒を怒鳴りつけてるシーンがある。

 

 すごっ!と見たら、現役の頃の姿はなんて美しい・・・

 

 

 

 

 そして、続けてその校長が、「46歳の僕がお手本を見せよう」とジャンプをする・・・

 

 えっ? と目を見張ったら、彼の3つ目のジャンプ、なんか浮いたような。

 この人、只者じゃない。現役時代の踊りを見なければ!

 

 こうやって、ニコライ・ツィスカリーゼ氏の動画の追いかけが始まった。

 最初は現役時代の踊り、そして次第に現在の彼の教授場面、そしてインタビューやテレビ番組。英語字幕があればわかるが、それがないものも多く、ロシア語が分からないのが残念。彼の言動はショッキングなものもあるけど、頷けるものばかり。ロシアの芸術のレベルが下がっている背景、それは中国国内の太極拳のレベルが下がっている背景と同じ。ちゃんとした教練がいなくなった。

 

 ともあれ、彼の現役時代の踊り、力ではなく気。だから浮く。柔らかい。せーの、と筋肉で飛ぶようなことはしない(それじゃ体操、アスレティックになってしまう、芸術ではない、と彼自身が言っている)。太極拳にも通じる話。

 

 ぜひ見てもらいたい彼のカルメン。中でも第2曲目の女性役には師父も、ピアノの先生も度肝を抜いた。

 

 2曲目の一部。女性以上のしなやかさと細やかさ。息をのむ美しさ。

 よく見ると、上虚下実、丹田に重心がしっかり収まり中心軸が恐ろしいくらい定まっている。

 そして虚霊頂勁。

 丹田を作った上で頭のてっぺんから会陰までの軸を通しているから、四肢が長く柔らかく解放される(放長、と太極拳では表現される状態)。筋肉がこんもりつかない。長くつく。(ボディービルダーのような塊の筋肉ではなく、筋状の筋肉がつく)

 

 

 ここで誰もが気づくのが彼の足先。気が行き届いている。feetが女性のように(女性以上に)柔らかい→feet内の骨がバラバラに総動員されている(関節化されている)。

 

 実は私がパリにきてから半年以上取り組んでいるのはfeet。

 そしてfeetの中の骨がより細かく使えるようになればそれにともない腰や膝や肩など、身体のそれまで使えなかった部分が使えるようになる、という事実を発見した。身体がどのくらい使えるかはすべて足(feet)に現れてしまう。feetが開発されていない状態で無理に身体を使うと必ずダメーージがある。練習で腰や腕やなんやらを使うとき、まずは丹田に気をおろして足裏までつなげる、というのが必要なのはそのためだ。足裏に気を落として身体の各部分の練習をすれば、それが足裏に連動して足裏を同時に開発してくれる。足裏にしっかり落とさずに、足首で止めたり、膝で止めたりしていると、それより上の部分に負担がかかり身体の歪みがでてしまう。そういうからくりだ。

 特に私のように若い時にかなりスポーツをやりこんだ人は身体を無理に使っている可能性が高いから、それを徐々に調整していかなければならない。が、それがとりもなおさず太極拳の基本功、内功、で、そんな重心の定まった柔らかい使い勝手の良い身体を手に入れてしまえば、あとは技を覚えればなんでもできてしまうようになっている。難しく時間がかかるのは、”そんな”身体を作って維持するところにある。

 

 ツィスカリーゼというダンサーはロシアで最も有名なダンサーといっても過言ではない、という人もいて、私たち”西側諸国の人達”は”西側”に亡命したヌレエフやバレシニコフなどしか知らない”と彼も言っていた。ずっとロシアに残ってトップを20年間近く続けることは想像を絶するような努力がいる、という言葉を裏打ちするような素晴らしい身体の使い方が動画で見られるのは光栄なこと。彼自身、彼のようなダンサーは彼が最後だ、と言っているのは、現代は経済的な観点から大衆を動員するためにアクロバティックな動きが重視され、真の芸術を教えられる教師がいなくなったことが背景にあるようだが、それはバレエの世界に限らず、ピアノ、クラッシック音楽の世界、太極拳の世界でも同じことのようだ。

 体操、アクロバット、サーカス、曲芸は”力”=フィジカル体、第一身体の世界。

 芸術は”気”=エーテル体、第二身体の世界。

 

 太極拳は、気の運動(=芸術)として行われるものだが、それを可能にするためにはまずフィジカル体、筋肉や骨をきちんと整えることが必要。気持ちだけで中心軸は定まらない。が反対に身体だけで中心軸は定まらない(身体だけで中心軸を定めると硬直してしまう)。そこに、丹田、気の作用が必要になってくる。

  Feetの柔らかさ、Feetが完全に開発されているのは身体、第一身体がしっかり調整されて気で動くための前提条件が整っている証拠(節節貫通が完成して気の身体になっている証拠)

 それは馮志強老師のFeetにも現れている。

 

 重くて柔らかく真っ平らなFeet。

 

 バレエと太極拳、似てないようでそっくり。いや、”本物”はどんな分野でも核心は同じ。

 何をしても核心は同じ。何でも”道”になるということ。”道”にならないもの・・・道草はどこにも行き着かない。

2020/3/3

  ビデオレッスンは生徒さんとの一期一会。

 毎回いろんなものがでてきて面白い。

 なぜ腕がうまく使えないのか、なぜ腕が一人歩きするのか・・・・元をたどれば丹田。

 

 師父が生徒に教えず何気に一人でやってる練習には智慧がつまっている。

 馮志強老師が最初来日した時に、朝一人練習をしていたのをこっそり見ていた日本の先生がいて、それに気づいた馮老師はその先生に口止めをしたとかいう話を聞いたことがある。

 師の練習は生徒さんに教えるものとは異なることも多い(レベルが違うから当たり前)。

 でも、師の一人練習を見て意味が分かると、その含蓄の多さに驚いたりする。

 この動画で紹介した動きも昔私がこっそり盗んだもの(苦笑)

 

 この動きから学べることは数多い(胯の回転、肩と胯の合に限らない)けど、まずは各自やってみて何が大変なのか思い知るのが大事。

 

 背中だけで背骨を立てないで、背骨より前の”息の柱”で身体を立てる。

 背中で立つと腰胯が動かない(回転しない)。

 

 背中、背筋=筋肉でなく、背骨=骨でも立たない。

 丹田の重要性が分かるはず。

2020/2/27  <恐れ、fear、気の身体>

 

  コロナウイルス騒ぎで日本はすごいことになっている!

  この時期にどう練習するか、どう練習するべきか、グループラインの生徒さん達の書き込みを見ていると様々な思いがあることが分かる。

 

 どうしても恐れでいっぱいになってしまう、そんな生徒さんを念頭に書いた私の書き込み。半分以上は自分のため。

 

 <以下書き込みより>

 

 Bさん、お久しぶりです。気力、まさに、気の力、ですね。

 病の70パーセントはエーテル体(気の身体)から発生すると言われますが、ならその気の身体を強くしておけば病気にかかりにくいはずです。

 気の身体は怖がると縮む。

 ピストルをつきつけられたら外側の自分の身体の大きさは変わらなくても内側の私は小さくなる。逃げようとして自分の身体より先に自分が逃げようとしているのが分かるかもしれない。とても嬉しいと自分の身体より自分が大きくなっている。がっかりすると内側の自分が小さくなっている。それが気の身体です。

 自分の身体と気の身体に隙間ができると病気になりやすい。自分の身体より自分の気の身体を大きくしておくのが理想。

 劉先生は風邪の人と一緒にいても自分はかかったことがない、かからない、と言い切ってましたが、それは気が張って(ポン)しているからだと思う。

 

 そして、Bさんの言う深呼吸も内側の自分(気の身体)を大きくする作用がある。簡単なことだけど、意識してやってみるべきだと思います。内側の自分を大きくする練習。

 

 生命には皆恐れがある。恐れがつきもの。恐れているから攻撃する。守る。仲間を作る。程度の差はあるにしても。全ての恐れを克服した人は解脱者。生存欲が根っこにある。死、命を失うことに対する恐怖を克服すればもう恐れるものはないのだと理解しています。

 とはいえ、まずは身近なところから恐れを乗り越える訓練をするしかないと思います。

 太極拳(武術)の場合は、少しくらい打たれても痛くない(身体が松してるから)、と、打たれること、痛みに対するおそれが克服できる(ようです)。

 一つ自分にとって克服し難い恐れを克服できたら、また別のものも乗り越えやすくなる。

 恐れは何も生み出さない。

 恐れる間がないほど人生に没頭し続けなければならない。

 

 そういうことを念頭に太極拳の練習をすれば役立つはず!

2020/2/25 <2つめの閃通背>

 

  第19式閃通背の2番目の”閃通背”の解説動画(字幕付き)をアップします。

 途中の掃腿(sao tui)の時に謝って師父の靴を蹴って汚してしまった私。

 そのあとの師父の所作がなんとも武術家らしく(震脚に懐紙(?))、動画を見て、さすがだと思いました。隅々まで武術家?

 一方、笑い転げる私のみっともないこと・・・修行足りない(苦笑)

 ともあれ、用法を教えてもらうと、武術家はただの先生ではないことが分かります。

2020/2/23 <骨盤はエネルギーを蓄える装置だ>

 

 骨盤のことは調べ出すときりがないのだけど・・・

 

 女性は出産で仙腸関節や恥骨結合が離れて(開いて)しまって戻らなくなることもあるらしい。

 だから、女性は、やたら”開く”のではなく、”合”を教えるのが大事、と私は師父に力説しました。

 太極拳の経典はもともと男性の身体を想定して書かれているから、注意しなければならないとこがある。

 

 いずれにしろ、開合、弾力性。

 それによって気を蓄え、必要な時に爆発させる。

 

 と思ったら、それをナッツクラッカーでうまくたとえている人がいました。

 腸骨と恥骨の関係・・・

 https://www.imagery-work.com/index.php?QBlog-20130516-1

 

 「この恥骨結合にかかる力が、ちょうどナッツクラッカーでくるみを挟むような感じなんですよね。

実際には恥骨結合は砕けるわけではないので、ここにかかったエネルギーは骨盤内に蓄えられることになります。つまり骨盤はエネルギーを蓄える装置でもあるんですね。そして、つぎのアクションなどの必要なときにこのエネルギーが再利用されるんです。もし、このような骨盤のしなりを無視して外側から姿勢を固定しようとするとどうでしょう?エネルギーの貯蓄と再利用の機会をうしなってしまいます。」

  なるほど。

 

2020/2/22 <胯骨(kua gu)、開胯の意味と練習方法の”揉”>

 

  今日の練習の時、師父に私が昨日書いた胯についてのブログの画像を見せたら、ふんふん、と見て、「そう、胯骨が動かなければいけない。」と言ったのだが、そこで、あれっ?。胯骨(クワグー)って何? 昨日見た中国のサイトにあった骨盤の図の中にはそんな名称はなかった気がするけど・・・。

 師父に、思わず聞き直したら、ここの骨のことじゃないか、当たり前だろう、という風に腰骨の横、腸骨のあたりをさすっている。そして仙骨も恥骨も動かなければ胯骨は動かない、と言った。

 

 なんだ、中国人なら、胯がどこか、なんて、そもそも迷うこともなかったんだ・・・。

 

 家に帰って中国サイトで調べたら、胯骨は日本語で言うところの寛骨。

  https://baike.baidu.com/item/%E8%83%AF%E9%AA%A8

 「胯骨は髋骨(腸骨)、坐骨、そして耻骨の3つの骨からなる」

 「生まれた時はこの3つは透明の軟骨で繋がっていて分かれて開くことができる」

 「青春期に結束して、25歳頃から硬化する」

 「左右2つの胯骨は恥骨のところで融合するようになる」

  

 クワ(胯)を緩めるとか開く、というのは、寛骨を緩める、開く、ということだった。

 左右二つのブーメランのような形の骨を動かすのか・・・とイメージして練習してみると、自分の今の課題はどれだけ左右の腸骨が動いても恥骨結合の部分をしっかり握っておくことだと気づいた。ここがぶれたら中正が崩れるし骨盤内の力(勁、気)が漏れてしまう。中正を保ちながら左右のブーメランを回転させるようにすると、足裏にそのままズドンと気が落ちるのが分かる。クワを活性化させても(開いても)外してはならない部分があることを実感できたのが今日の収穫。

 胯骨は上の図の2+3+4

 左右の胯骨は5の恥骨結合で繋がっている。

 6の部分に大腿骨骨頭が入り込んでいる。

 

 昨日紹介した中国語のブログでは

 『無胯一身空』

 という言葉が紹介されていた。

 ・・・胯がなければ(ないように感じられれば)身体は空(のように)なる

 なんの引っかかりもなく滑るように動けばそれが”ある”という感覚はない。

 滞れば、”有る”

 

 

 開胯は開けばよい、という意味ではない。

 その時その時の動作に応じて適切に開合して形を変えられる順応性のある胯を作る、ということ。胯が硬いと、その分、股関節(大腿骨骨頭の付け根の部分)や膝、腰などに負担がかかり負傷に繋がってしまう。歳をとって膝が痛くなるのは腰や胯が硬くなっているからで、太ももの筋力が足りないというのはその結果に過ぎないのではないか?

 しかも、胯の活性化は身体を若く保つ効果が一番高いと師父はいう。特に女性は胯が硬直すると婦人科系の様々な疾患にかかりやすくなるので要注意だ。

 

 では、どうやって胯の練習をするのか?

 師父の一言、「揉rou」。

 パン生地をこねる時のように、もんでこねるのだ!

 このような練習方法は中国武術の内家拳では当たり前のこと。

 私たちが毎日やっている動功はこねてこねてこねまくる、そんな練功だった。

 もちろん、こねるためには、こねるもの、即ち丹田の気が必要。

 丹田の気をこねて内側から胯を動かすのでした。

 数種類の回転の仕方があるけれど、これを毎日何十回もやっていれば、いつのまにか開脚がそこそこできるようになってしまう。

 

 中国の微信で送られてくる数十秒の動画で面白いものがあったので載せます。

 タイトルは

 「太極拳はなぜ胯を練習しなければならないのか?」

 「なぜ太極拳では、開胯が分からなければ一生無駄な練習に終わってしまう、と言われるのかか?」

  音声悪くてほとんど聞き取れなかったのだけど、やっぱり、”揉”rou、をしていました。

  「揉の前には松してタントウ功」、揉の動功(内功)をする前には丹田に気を溜めるということ。似たような練習をしている人を見るとちょっとした仲間意識が湧くような。

 

2020/2/21 <なぜ開胯をしなければならないのか?>

 

 「開胯を重視しないわけにいかない幾つかの理由」

 というタイトルの中国語のブログを発見。

 なるほど、確かにその通り。

 https://zhuanlan.zhihu.com/p/75676457

 

 google翻訳で読めるかしら?

 と見たら、日本語訳がひどい・・・

 時間があれば抜粋だけでも紹介したいところ。

 

 なお、昨日のブログ、少し修正しました。

 

 

 2020/2/20 <松胯、開脚と開胯の違い>

 

  昨日ビデオレッスンをして、”胯”(kua)について気になったことがあったので念のために整理。

 

 まず前置き

 

 太極拳の命は腰胯(ヤオ・クワ)。

 松腰と松胯で丹田を作ってそこから力を爆発させる(発勁の場合)。

 普通に身体を動かす時も松腰と松胯で作った丹田の気を導いてその気で内側から動かすようになる。

 

 丹田を作るためには松腰と松胯がマストになる。

 丹田を想定しない(学院派の)太極拳はもはや太極体操だ、と民間派は揶揄するけれども、国家主導で太極拳を国民の健康維持のための体操として制定した際に、習得に時間のかかる丹田の概念がごっそり抜け落ちてしまったのも仕方がなかったのだと思う。が、松腰、松胯、丹田、気、という太極拳の核心抜きで行うそれ風のものは、身体に負担をかけて多くの愛好者が身体を痛めてしまっている現実がある。「太極拳は身体に悪い」とオフレコで言い切った有名な日本の老師もいたが、それは太極拳で最も大事な要素を抜いて練習したからだと今では理解できる。

 

   松腰の後に(注:実際には松腰と同時に、時には松腰の前に)やらなければならないのは”松胯”。

 

 (繰り返して言うが、松腰の”腰”は、日本人の想定する”腰”の場所ではない!

 と、何度も何度も注意を促すが、私たちは知らず知らずのうちに、腰を骨盤の上縁あたりだと思ってしまう。中国人の腰はもっと高いのだ!!私たちにとっては”背中”に近いかもしれない。肋骨が終わったところ、胸椎のすぐ下がもう腰!ウエストの位置が腰の高さの中心だと思うべき。)

 

 では、”胯”は一体どこなのか? それにもよ〜く注意しなければならない。

 

 股(クワ)が硬いから開脚ができません! と言って、開脚の練習をすれば良い、と思っている人がいるようだが、たとえ180度開脚ができたからといって、必ずしも胯が開いていない(緩んでいない)ということはこれまでもよくあったケース(開脚ができるのにタントウ功の時にクワが緩まない)。特に女性の場合は脚の付け根の箇所がゴムのように伸びて180度開脚ができてしまうことがある。武術的に言えば、どれだけ高く脚が上がったとしても威力のない、蹴られても痛くないような舞踏的な脚のあげ方は、クワの力を使わずにただ脚を上げただけに過ぎない。

 

 < 中国の開股に関するブログで下のブルースリーの蹴りの動画が紹介されていました。http://truthtaichi.blogspot.com/2012/12/blog-post_30.html

 クワが開いて脚が長〜くなり鞭のようになります。開脚ストレッチだけではこうはならない。>

 

 

 太極拳で(だけでなく中国語で)”胯”という時は、股関節を構成する骨全体、すなわち、大腿骨骨頭とそれが接する寛骨(腸骨+恥骨+坐骨)を表している。

 左の図で示されているのは、左胯。右側にも対となる大腿骨骨頭+寛骨がある。この左右のセットが胯を構成する。

 

 

  


  私たちがしっかり意識しておかなければならないのは、関節は2つの骨のつなぎ目だということ。

  ”股関節”というのは、寛骨と大腿骨(骨頭)のつなぎ目。この股関節を緩める、開く、というのは、2つの骨の作用によるべきもので、決して、片方の大腿骨だけを引っ張ったりしてはいけない(左の図)。

  

 

 安易に180度開脚をめざして、骨盤(寛骨)の方は何も変えずに、一方的に大腿骨骨頭周辺(左図の青丸)の靭帯を捻ったり引っ張ったりするとスジを痛めたり、大腿骨骨頭の寛骨臼への入り具合が浅くなったりしてその後股関節が不安定になる可能性もある。

 

 松胯を狭義で言えば、大腿骨骨頭と寛骨の隙間を開けること。そのためには二つの骨、寛骨と大腿骨骨頭が共に動かなければならない。

 

 ただややこしいのは、寛骨には仙骨がくっ付いて、寛骨が動くためには仙骨と寛骨のつなぎ目(仙腸関節)も少し動いてくれなければならないということだ。

 実際には、左の図で示している3つの関節(仙腸関節、恥骨結合、股関節)が全て緩んで動かなければならないくなる。

 → 結局、松胯は骨盤を緩めること。

 

(仙骨には腰椎がくっついているから仙骨が動くには腰椎が動かなければならない→松腰が必要)

 

 大人になると骨盤を構成する骨たちがすべてがっちりくっ付いてしまい鋼鉄の檻のようになってしまいがちだ。全身の弾力性は骨盤の弾力性だと言っても過言ではない。子供の時に腰や骨盤を意識しなかったのは今のように固まっていなかったからで、そのような流動性、弾力性のある骨盤を蘇らせる最初の一歩が松胯だ。

 松、は”気”を集める方法。

 丹田に集めた気を骨盤の中に下ろしていってその圧で骨盤が徐々に開いていくと”開胯”になる。

 

 そして、通常わざわざ言わないことだが、骨盤内の気(下丹田の気)を上にあげたり、足におとしてしまえば、また骨盤は元の状態に戻る。つまり、骨盤を開くことができる、ということは、その裏側として、合する(締める)こともできる、ということ。胯は開合できなければならない。胯が開きっぱなしは絶対によくない(女性は特に注意!開胯の際に会陰、内側の引き上げを忘れない=中丹田を抜かない)。それは本当に大事なこと。日本ではあまり見かけないが(そもそも開胯をしている人が少ないから)、中国に行くと、胯が開きっぱなしになってしまっている老師(特に女性)をよく見かける。太極拳が最終的に目標とする身体は弾力性、バネだ、ということを忘れずに練習することが必要だと思う。

 

調べていたら、180度開脚ストレッチに警鐘を鳴らすような記事も多くあった。

 

左の記事の標語は言いたかったことを言い当てている。

そう、股関節ではなく、お尻!

https://dot.asahi.com/wa/2017112900007.html?page=1

 

 中国語で開胯と検索すると、下のような写真が出てきてギョッとした(苦笑)

 開胯は開脚の先にある?

 開胯の練習をしていればそこそこ脚は開くようになってしまう。

 

 そして何よりも、開胯を練習していれば、必ず、肩関節が開いてくる。私達の身体は、構造上、胯が開けば肩関節一帯が開かざるを得ないように作られている。

(右の写真は肩甲骨ストレッチ&開脚ストレッチ【日経ヘルス17年4月号】より)

 

 もし開脚をしても肩関節に何ら影響がでないとしたら、胯、骨盤の運動ができていないということ。

 

 太極拳はこの胯と肩の関係を使って勁を通している。胯、骨盤の開合、ポンプのような動きがなければなにも始まらない。

 

 太極拳を練習している女性が注意しなければならないのは、開くことばかりに気を取られて合を忘れてしまうこと。開の中に合あり、というように、どれだけ(骨盤を)開いても、中心は締めていなければならない。このあたりは指導者にしっかり見てもらったほうがいい。

 

 では最後に、どうやって松胯、開胯の練習をするか?

 ・・・それがいつもの内功、動功。

 いずれにしろ、”気の重み”をつかうのがミソ。だから前提として気を溜める練習(タントウ功などの築基功)が必要になります。

 なぜ、”気の重み”が必要か? 

  生徒さん達、分かるかなぁ?

 

2020/2/19 <閃通背 その2>

 

 第19式閃通背の最初の”閃通背”の用法解説。

 ①拦lan、②砍kan、③贯guan

   1、2、3で終わりです。

 

 ③の喉を突き刺す技は『白蛇吐舌』と言われています。

2020/2/18 <閃通背 その1>

 

  第19式『閃通背』はその昔『三通背』と言われていたそうで、背中を通す技が3つある、ということだったらしい。今では第19式の最後の背負い投げのように見える部分のみを”閃通背”と呼ぶようだが、師父は、この式に含まれる3つの(閃)通背を順番に説明してくれた。

 

 動画に字幕をつけるとどうなるだろう?と面白半分でやってみたら、案外自分の頭の整理、復習になるよう。

 まずは字幕をつけた、第3番目、最後の閃通背の説明部分を載せます。

 

 最後のこれは、背負い投げでもなんでもなかった(他の老師による背負い投げのような用法も見たことある)。

 さっと相手の拳を避けてつかむ、と同時に自分の攻撃の手が相手の肩に届いていなければならない。動画を見ての通り、私がえらく戸惑ったのは、これまでよくやってきた、相手の外に回り込みながら相手の拳を躱すのではなく、そのまま内側から相手の拳を躱して掴まなければならなかったから。このように躱した場合、相手のもう片方の手(ここでは左手)で打たれる可能性があるから、反応がとても速くなければならない。瞬間技になる。

 

 帰り道に師父と話していたら、”芸高人胆大”という言葉を教えてくれた。

 技芸の高い人は胆が大きい。 

 この3番目の用法はそんな技です。

 

2020/2/17 <肩靠>

 

  自分のためにも24式の用法解説の動画を撮っておきたい、と師父にお願いして、第19式の閃通背をやってもらいました。

 動画、4分割。

 1番目は閃通背に入る前の肩の靠の説明。

 靠は第二路の46式に入ると頻出しますが、24式ではまだ少ない。とても重要な太極拳の八法の一つ。貼身靠! と言われるように、接近戦で使う技です。

 靠はまだ良く分かっていなかったのでしつこく聞きました。

 

 動画に字幕を入れながら、かなり笑いました。

 自分の動画を見てこれだけ笑えるのは幸せ?

 

 その後の動画は後でアップします。

2020/2/16 <太極拳的圧腿の仕方>

 

 圧腿については数人から問い合わせがあった。

以前ブログに書いたことがあったようだが、こちらに来て改めて師父の指導を受けたところ、これまでの理解が甘かったことが判明! なるほど、そうだったのか、とやっと腑に落ちた。

 よく見かける圧腿のどこを師父が不満とするのか、なぜ不完全なのか、それはまさに太極拳の『周身一家』(身体丸ごとで一つになる、身体が分断されない)と深い関係があった。

 

 通常やられている圧腿では、太ももとお尻の境界線にある承扶のツボから太もも裏、膝裏にかけてが集中的にストレッチされ、ともすると、その部分の筋に負担をかけすぎて痛めてしまうこともある。実際、私も圧腿で左腿裏とお尻のつなぎ目のところの筋を伸ばし過ぎて痛めそうになったことがある。やばい、と思ってそのあと一週間ほど伸ばすのを止めたが、その後、師父から再度正しい圧腿の仕方を学んだ結果、一箇所の筋が集中的に伸ばされて痛めてしまいそうにされてなる時は、その部分の筋が硬いというよりも、その他の部分の筋が伸びないからその一点が伸ばされてしまうのだということを知った。

 圧腿で、腿だけではなく、仙骨や腰、背骨の方まで筋を伸ばせるようになると、それに比例するかのように、膝下の脹脛やアキレス腱周り、そして足(フィート)の中(足指)がストレッチされるようになる。足指まで拉筋するには仙骨にあるさらに広範囲に満遍なく筋が伸ばされるような圧腿の方法をとればもっと安全に筋を伸ばされることになる

 

それには、左の図にある仙骨の左右、それぞれ4つあるツボを縦につないだラインもストレッチして、膝裏や太もも裏のストレッチをお尻から腰へと繋いでいくことが必要だ(おそらく仙骨のこのラインが意識的にストレッチできるならその上の腰部分のストレッチはそれほど難しくないだろう。膀胱経の線を進めば良い。)

 

(左の図は

http://www.aimy-ss.jp/BOUKOU.html

より転載させて頂きました。)

 


  この後、師父にお願いして撮らせてもらった圧腿の動画を紹介するが、これと一般の老師が教えている圧腿の違いは、承扶ツボより上をストレッチできるか否か(左の図の中のツボたちを総動員できるかどうか)。

  

 脚を上げる時に承扶のツボ以下で脚を振り上げるようなことは太極拳では決してやらない(というか、普通に歩いていてもそのようには私たちは歩かない。骨盤を動かすことなく脚を振り出して歩いているとしたら相当身体が悪いに違いない・・・)

 

 

 

 詳しくは下の動画を見てもらいたいが、下段の師父の一番左の写真は良くない例。これではお尻が割れない(仙骨の2列が引っ張れない)。左右のお尻の輪郭が、くるん♪と浮き出てくるような圧腿ができたら完美(中国語で完全、の意)。

 コツは、立てた軸足をできるだけ前方に(師父の写真で言えば、左足をできるだけ木に近いところに置く)、そして上げた足の踵はできるだけ身体の方に引きつけること。するとお尻の面が身体と平行になって仙骨の中心の2列を使い切ることができる→脚の内腿側、陰経も使いやすくなり身体が総動員される。 

  軸足と上げた足の距離を開けば開くほど(コンパスを開けば開くほど)身体の中心軸を使いづらくなる。逆に狭くすればするほど(ストレッチされるラインが)身体の中心軸(会陰と頭頂を結ぶ線)に近づいてくる。

  私はこれで足首からFeet内のストレッチができるようになり(足が熊手化!)、足裏の力が格段にアップ。他に特別な練習をしていないのにジャンプが前より楽になった。脚はただ高く上げれば良いわけじゃない(高く上げるには脚の付け根の筋さえ伸びればいい。腰や膝裏、足首、足指の筋の伸びとは無関係)。脚に力があるというのはどういうことなのか・・・ただ太ももの筋肉をつけても膝を痛めるだけ・・・・私にとってはそんなことも分かるようになった目から鱗の(そしてキツイ!)圧腿でした。

  圧腿はくれぐれも無理をせず、毎日、少しずつやる、それが大事です。最初から完美は目指さない!

2020/2/14 <弓歩の重心移動>

 

 早速お問い合わせからいくつか質問をもらったので今日はその一つを説明。

 

 <質問>

 弓歩の重心移動の仕方について、2019/4/18の劉先生の「弓歩」動画で「身体を落とすのではなく,気を落とす」という話があったが、そこに至るための「弓歩への動きだし~途中動作」を教え欲しい。ちなみに自分の先生は「腰を前に,仙骨を立てて!」と言います。別の言い方をする先生もいるようです。

 

 <回答>

 単刀直入の回答

 「丹田を作ったまま後ろ足裏で地面を推せば身体が(腰が)立ったまま自然に身体が(腰が)前方に移動します。」

  ①弓歩で後ろ足に乗った状態で丹田を作っておく(後ろ足にのったタントウ功の状態)

  ②後ろ足の足裏で地面を推して(※あたかも後ろ足裏で丹田を推しているかのように)丹田を前方に移動させる。

  ③足裏が地面を推している間は丹田が前方へ移動し続ける→身体がタントウ功の状態で前方に移動 

  

  結局、最初から最後まで丹田を失わないで動ければ重心移動はできてしまう。

 脚(股関節や膝や足首など)は問題にならない。

  丹田がない状態から動き始めるからややこしくなる。

  

   下の写真は2019/4/18動画の場面を切り取ったもの。

 師父の後弓歩も前弓歩も胴体の重さは股間から下に抜けている(=丹田があるとそうなる)。

 動画冒頭で師父が生徒さんの胴体を調整して含胸させていたのは、他でもない、(胸の気を腹に落として)丹田を作らせるため。

 丹田が作れないと両脚’(両腿)で胴体の重さを支えなければならなくなる。

 両腿に乗っかると脚が重くなるから(膝に負担がかかるから)速く動けなくなるし負担が大きくなる。

 胴体の重さはストンと直接両足裏に抜けてしまいたい!(両足裏から地面に抜ける)

 そのためには丹田が必要になる(どうして丹田、身体の中の隙間が必要になるのか、だれか物理的、数学的に分析して教えて欲しい!私は感覚的にしか分からない(苦笑))

 

 

   巷の先生が「腰を前に、仙骨を立てなさい」とかいろいろ難しいことを言わなければならなくなるのは、やはり、太極拳の動きの、いや、人体の動きの大前提である”丹田”をしっかり作っていないからではないかと思わざるを得ない。

 

 太極拳が中国国家によって一般大衆にに広めようと”制定”された時点で、習得に時間のかかる”丹田”は切り落とされてしまったのだからそれは仕方ないかもしれない・・・が、息抜きに体操程度でやる程度ならともかく、試合に出てまでやろうとすると身体に対する負担が大きくなり過ぎる。太極拳は身体を痛めるスポーツになってしまうだろう(実際なりつつある,,,)。

 

 とは言っても、丹田がしっかりなければ太極拳ができない訳ではない。太極拳を練習しながら徐々に丹田を作っていけばいい。丹田の重要さが分かり始めたら率先して丹田を作る練習をし始めるだろう。

 

 私にビデオレッスンを依頼してくるほとんど全ての人は陳式非経験者。丹田もよく分からないし丹田を回すなんてどういうことか分からない、という人ばかり。

 楊式は陳式から派生したけれども、丹田の内側の動きが見えない。私から見ると、丹田を回す必要もないくらい丹田が身体全体に広がって身体の中が丹田でくり抜かれて空洞になってしまった人だけが可能な動きのように思う。外の動きが他の太極拳の流派に比べて簡素だが、外の動きが簡素ということは内側がものすごい。いわゆる巨匠レベルの動きだ。問題は、内側が何もない人が巨匠の動きを真似すること。巨匠は内側は絶対に見せないのだからどれだけ上手に外側を真似ても内側は分からない。内側の手がかりが掴めない。

 私のところにくる楊式経験者はみな”内側を知りたい!”という思いが特に強い。

 ただ初めて太極拳を習いにくる人は全部がよく分からないから何が外で何が内かも分からないままただ練習をする・・・それとは大違い。

 

 内側のない外側はない。私がビデオレッスンで教える楊式を練習している生徒さん達に教える時も、最近はまずその楊式の動きをやってもらう。そして内側が分かりそうな箇所を選んで、実はその動作の内側(丹田の動き)がこうなっているから外側がこうなるんだ、というのを実感できるように導いてあげられるようにしている。”内側”が実は普段やっている楊式太極拳の動作の中の隅々に埋め込まれている。ただ本人がそれを知らない、習ってこなかっただけ。

 

 前置きが長くなったけれども、上の単刀直入の回答、丹田を移動させる!、では意味が分からなかった人のための補助的な練習動画。本当なら一人一人に対し手を替え品を替え教えるのだけれども、一度はこれを試してみるとよいと思います。股間に降りる、のがポイント。太ももに乗っかってはいけない。どうやったら太ももに乗らずに一直線に股間に降りていけるか、試行錯誤したら、上半身の力を(諦めて?)抜くこと、へなへな〜、とがっかりして腰の力も抜けてしまったような感じもなきにしもあらず?ほんのちょっとした自由落下? 落下しそうなその時に身体を支えているものが・・・実はそれが丹田。 そこまで見えなくても良いですから、ただ真似してみて下さい。股関節を緩めるにも実は丹田が必要、というか、股関節を緩める、ロックを外そうとするとちょっとした丹田ができていまう、はず。

 

↑下列左側の写真のように両太腿に乗るには上半身をギュッと締めなければなりませんでした・・・。ということはその他の時はお腹、上半身をほわっとさせていた、ということ!

2020/2/10 <松胯に入っていく時に意識しておくこと、弹簧力!>

 

 『松腰』なしに『松胯』をしてはいけない。

 

 それを書こうとして『松腰』を書いたところで話が中断したままになっていた。

 腰を緩めてから股関節を緩める。

 腰を緩めずに股関節を緩めてはいけない。

 

 これは、私が観察する限り、太極拳(中国武術)と日本の武道の大きな違いだ。

 

 日本では背骨を本当にまっすぐにする、ことに重きを置く。文化的にも、背骨がぐにゃぐにゃ動いたり、腰を回したり振ったりすることはタブー視されている。私は小学生の時に背中に長い竹製の定規を入れられたまま授業を受けたことがあったけど、そのくらい(昔の?)日本は背骨の真っ直ぐなことが重要視された。

 空手の動画などを師父に見せると、腰を使わずに胯だけ使うんだなぁ、と不服そうな顔。だって日本の武道ですから、と私は思うけど、中国から沖縄に唐手が伝わったころはそうでなかったのかもしれない。

 

 私はこれまで何度か国内でも有数の空手家の人たちに会ったことがあるが、彼らは若いうちは良いにしても歳をとると決まって背中が板の入ったように真っ平らになっている。この前会った人も、前回の滞在の時に会った人も、微妙に歩き方がおかしかった。よく見ればこの人は右股関節、あの人は左膝、と負傷しているのが分かった。空手は本当に打ったり蹴ったりするから怪我はつきものだから仕方がないのかもしれない。養生と武道は必ずしも両立しない(のかな?)。

 

 これに対し、太極拳の根っこは道教。不老不死、仙人思想の教え。師父と話していると、長寿であればあるほど価値が高い、みたいな価値観を埋め込まされそうになる。いや、長生きに越したことはないけど長けりゃ良い、訳ではないでしょう?と何度も反駁を繰り返したが、長寿信奉は骨の髄まで染み込んでいるのか全く変わることはない。

 太極拳がただの武術ではなく養生法となったのもそんな文化的背景があるだろう。いくら強くても格好良くても身体を痛めてしまうのは論外。空手のように胸のすくような技でなくとも、最小限の力で賢く敵を蹴散らせればそれでよいのだ。

 

 太極拳が背骨を自由自在に操るその様は蛇に例えられた。

 そこには肩も腰も股関節も存在しない。全身が一つになる。

 

 ここで松腰から松胯の話に戻るけれども、この松腰→松胯はそんな蛇のような身体を作る第一歩。

 一般的には、虚霊頂勁で頭を吊っておいて、その下の背骨を下に牽引して引き抜くようにする(それぞれの脊椎の間を広げる)と説明されるけど(→背骨の調整)、なぜ太極拳ではこんな要求があるのか、その意味をはっきり意識しておくべきだと思う。

 でないと、松腰の後の松胯の意味がはっきりしないから。

 

 かなり昔、師父に、太極拳で最も大事な運動の要素は何か? みたいな質問をしたことがある。

松、とか、沈、とか、柔、とか、霊、とか、虚、とか、そんなことを言うのかなぁ?、と思っていたのだけど、なんと答えは単刀直入、「弾性」その一言。

 弾性? と私が繰り返したら、「弹簧力!」と言い直してくれた。

 

 

弹簧とはバネ、スプリングのこと(左図参照)。

太極拳で目標にしているのはバネ力。

 

当時そんな話を聞いた時は、まだ二路も学んでいない段階。二路で本格的に学ぶ発勁もまだ分かっていなかった。跳んだり跳ねたり、そんな太極拳とは無縁の練習をしていた頃だったから、バネ力、と言われても全然ピンとこなかった。私が知ってる太極拳はただの地面を平行移動してるだけ・・・。

 

 が、それから随分経った今、師父の当時の言葉はまさにその通りだと納得できる。

 このバネ力は背骨のバネ力に他ならないのだけれども、このバネ力がなかったら発勁もジャンプも素早い動きもできない。

 普段延々と練習しているタントウ功や基本功、そしてゆっくりと気を巡らして太極拳(一路)を練習するのは、そのうち二路に進むため。二路こそが太極拳の出来上がり図で、一路はその準備という位置付けなのだ。

 

 発勁ができるようになる、とか、ジャンプができるようになる、という武術としての目的に限らずとも、バネ力、というのは加齢とともに目に見えて衰える身体能力。基本功ではジャンプの練習はしないでしゃがむ練習をする。その場でストンとしゃがめるならしゃがんだ状態からそのままジャンプができる。タントウ功や基本功は、そんな、ストン、と身体のどこにも引っかからずにしゃがめるような身体を作る練習。その、ストン、としゃがむ、その動作を超スローモーションにしたら、腰が緩んで股関節が緩んで、とグラデーションで緩んでいくことが分かるだろう(幼児などの”達人”は一気に全部同時に緩められるだろう)。

 

 身体の中に強力なバネがあれば、呼吸もしっかりし、気血の流れも良く、とても健康な身体になるのは間違いない。

 背骨のバネ化、それを忘れずに練習すれば大きく道を逸れることはないはず。

 

 松腰から松胯に入っていく時も、背骨がぎゅっと棒にならないよう、背骨がボヨヨン、とクッションのあるバネのようなつもりでやってみるとよいと思う。股関節緩めてドドド、と背骨が一気に落ちてくるようだったら、バレエのバーレッスンのように、手で手すりを軽く握ったり壁に手を置いて手で身体を支えた状態で、背骨が塊で落ちてくる直前で何度も股関節あたりでバウンスを繰り返してみたりするのも一つの手(文章ではわかりづらいかな?)。

 

 続きはまた今度。

 

 書いた後にふと思い出して見直した玉三郎の動画。4'50"あたりで中腰になるところがある。

腰は緩めたまま、脚の筋肉も緩めたまま、このままで24時間いられる・・・。タントウ功と同じ。

これが可能になるのは玉三郎の腰と股関節の柔らかさ。が、ここでは爪先立ちだけど、踵を下ろして中腰になると股関節はとても緩み辛くなる。踵を下ろしたまま足首を関節化させることが必要→feetについての記述を参照。

 

2020/2/8 <思いがけず『舌抵(貼)上颚』が分かってしまった>

 

 2日前から喉が痛くて多少風邪気味。パリの道を歩くとタバコの煙を吸わずにはいられない。歩きながらタバコを吸っている人がとても多く、公園で練習をしていてもどこからかタバコの匂いがするし、師父の所にはしょっちゅう通りがかりの人がタバコをもらいにきたりライターを借りにきたりする。そう、だから、喉が痛い時はマスクをしたい。が、できない!

 

 日本でも大騒ぎのはずだが、ここフランスでもコロナウィルスに対する警戒心はとても強いようで、中国人と見分けのつかない日本人や韓国人、総じて、アジア人を危険視するフランス人がいるようなことを聞いてしまった。

 こちらではマスクをつけている人がまず見当たらない。少し前にデパートに行ったら中国人の観光客がマスクをしていて、私でさえ一瞬、危ない!と思ってしまっただから、もし私がマスクをして歩いていたらフランス人の中にも私を危険人物だと思う人がいても不思議ではないだろう。

 予防のためにマスクをしているのか、自分の病気を移さないようにマスクをしているのか一見分からないところがややこしいところ。今回のコロナウイルスの場合は感染者がマスクをつけて公園で太極拳の練習をしていたり、堂々とデパートで買い物していたりするわけがないのだけど、つけている人がアジア人だと怪しく思われてしまう(のでは?)と余計なことを考えたりしている。

 

 一昨日はベテラン生徒のドミニックが来ていたから、なぜフランス人はマスクをつけないのか聞いてみた。「そもそもマスクは売ってるの?」と質問したら、「何を言ってるんだ? 今やフランスのドラッグストアのマスクは全て売り切れだよ。」と笑いながら答えた。「へぇ〜? でも、誰もマスクしてないじゃない!」 と返したら、「皆必要になった時のために買い込んで家にストックしてるんだよ♪」と笑ってる。えぇ〜?!ひどい! トイレットペーパーの買い占めみたいだ! というか、フランス人も日本人みたいなことをするのね、そりゃ人間だもの、みな存在欲で生きている・・・頭の中で エゴと存在欲の関係はどうなってたっけ? と考え出したところで、会話が止まってしまった。

 

 そんなことで喉が痛いけどマスクをしていないで練習していたのだが、そうすると、鼻と喉の間(その通路)が乾燥してその結果喉が乾いてくるのが分かる。鼻と喉の間(調べたら上咽頭というらしい)が乾燥しないようにするには・・・、と恒例の拍手功をしながら模索していたら、舌の根っこを喉に添わせてそのまま上に貼り付けていればよいことを発見。そうすれば鼻と喉の間に舌で蓋ができてそこに水分が保持できる。そういえば、最近イギリス英語の発音をおさらいしていて、実はイギリス英語の発音の際の基本の舌の位置がフランス語に近いことを知ったばかり。舌の奥が上咽頭あたりにくっついている(舌がとても後ろの方に引かれている)。だからフランス語は鼻音が基本になる。ボンジュ〜ル♪も、日本語読みのように音が口から”出る”のではなく、ボンで口から吸ってジュ〜(フ)は鼻から出る。日本語は口から音が出るけど、フランス語やイギリス英語のRPアクセントでは、口から吸って鼻から出る。だから口が引っ込んで鼻が出る、そんな骨格になるんだ!! 

 これに対して、日本語は鼻をつまんでいても喋ることができる。口から声(息が出る)。舌を上顎にくっつけていたら発音ができない。逆に、医者に行って喉を見てもらう時のように舌を下顎に貼り付けて喉を開けた状態で発音ができてしまう。つまり喉が全開の音で、たしかにこれでは鼻から入った空気(菌)が一旦上咽頭で水を混ざることなく一気に喉へと落ちて来てしまう。・・・・ああ、だから特に日本人はマスクをしないといけないんだ、と、一人妙に納得。

 欧米の一昔前の映画に出てくる中国人や日本人などの喋り方は、アーアーヤーヤーギャーギャー、みたいに真似されるけど、アジアの言葉は鼻音が少なくて喉が開いたような音が多い。鼻と喉の間を舌で蓋するような発音の言語がヨーロッパに多いのかどうかは検証していないが、少なくともフランス語はその典型。そして、まさにそれこそが、太極拳の『舌抵上颚』なのだ!

 

  このように舌の根っこを上咽頭に添わせて貼り付けるのは人間として正しい舌の位置。歯医者さんもそう勧めている。が、実際にそれをしようとすると、かなり顎を引いて首を立て、頭部を後ろに位置させなければならない(実際には頭蓋骨をクルんと前回転させる、骨盤の前傾と連動)。日本人にはなかなかとれない姿勢。馬に乗って馬が急発進した時に身体がとりのこされそうになって手綱をグッと握って首を立てざるを得なくなった、そんな体勢。この時の舌はかなり後ろに引いて上顎に貼り付いているはず。

 

 マスクできないならトローチを、とトローチを舐めながら歩いていたら、あれ?、トローチは舌の奥と上顎の間に挟まれた状態で自然に溶けてきているだけ。舌でペロペロ舐めてるわけではなくて、舌と上顎の間に含んで舌を吸盤のように吸いつけているだけだった。しかも、放っておくと舌の一番奥のあの位置、上咽頭に近い位置にトローチがある。舐めてる間は鼻と口の間は蓋をされているんだ〜(当たり前か?)。(おっぱいを吸うのもこんな舌の使い方。吸う、という動作は唇ではなくて舌を上顎に貼り付けて吸う。口の中が”陰圧”になる。これ以上書きませんが、”陰圧”がキーワード。引く、吸う、で作る陰圧、丹田にも陰圧がある。会陰も肛門も陰圧=合。吐く、出す、の陽圧だけでは太極拳にならない。)

 

 誰かこの舌の位置、舌を”引く”ことについて説明してくれていないかなぁ?、と調べたら、こんだ動画がありました。見て見てください。舌が自然にこの位置に来るように全身のアライメントを調整できたら太極拳の要となる基本の身体作りは成功したも同然。

 

 

 本当に吸盤にします! 慢性上咽頭炎の人だけの話ではなくて、普通の人もそうあるべきの舌の使い方。最終的には首は首で立てるのではなく舌で立てるようになるはず。舌の上には延髄、そして脳が広がる。舌から耳と目、上丹田、その基礎は中丹田と下丹田。できなければ下から順番に調整し直します。

 

 下の動画はRPアクセントの典型例。(RP=received pronunciation)

 

 そしてBonjour♪ の発音

 この動画の中にあった「R」の発音の図(舌の左側の図)。のどちんこの前、「が」に近い位置・・・ここが上咽頭の位置。ここに隙間を開けないで舌を貼り付けると、『舌抵上颚』(『舌貼上颚』とも言う)。

 「L」の発音の舌の位置(舌の右側の図)ではないので要注意!(誤解している人が多そうなので)

2020/2/6 <三人不言道>

 

 今週は久しぶりにビデオレッスンを2つした。

 パリに来てから午前中は毎日師父との練習があるため、時差8時間の日本にいる生徒さんとのビデオレッスンの継続が難しくなった。レッスン希望の生徒さんを随分待たせたのち、この前やっと、オーストラリアに住む生徒さんとはこちらの夜20時半(向こうの朝6時半)、今週はドイツに住む生徒さんとは夕方(時差なし)、そして日本に住む生徒さんとはこちらの朝9時(日本の17時)にレッスンをした。

 

 時間を工面するのは一苦労だが、一度レッスンをすると毎回手応えがあって教える充実感が感じられる。いや、手応えがないのは許せない、生徒さんに”感じさせられない”と気が済まない私は、これでダメならこれ、それでもだめならあれ、と執拗に迫りがち。どこをどうすれば生徒さんをそこに持っていけるのか、それをその場で考えて試すのは、自分の能力をフル回転させることになる。それは”ない”ところからほじくり上げるような感もあるが、それが、ほじくり上げずとも生徒さんの動きを見ていたら”ない”ところから自然に湧き上がってきたように感じられる時は、不思議なくらいうまく生徒さんを導くことができる。どうすれば生徒さんが分かるだろう?と一度考え始めたら、ドンピシャにはならない。ごりごり導くことになる。

 毎回毎回、一期一会で教えるしかない。

 太極拳を教える、とはいうが、大事なのは”教える”のではなく”導く”こと、学ぶ側はただ”習う”のではなく、導かれたらその境地にその後自分一人で逹することのできるように身につける自分一人の練習、試行錯誤が必要になる。”修得”することが必要になる。

 

 「先生と一緒にやるとできるのに、一人ではできないのです。」というような言葉をよく聞くが、”先生”は生徒が一人では逹することのできない一つ先の境地を見せてあげる(体験させる)のが仕事だから最初はそれは当たり前。が、いつまでも同じところで足踏みしていてはいけない。先生に習って、一週間放っておいて一週間後に思い出したように練習しても(天才的に身体記憶が優れていない限り)一週間前に得た身体の感覚を再現することは困難で、また一週間前と同じところから出発することになる。学ぶ側はただ”習う”のではなく、導かれたらその境地にその後自分一人で逹することのできるように身につける自分一人の練習、試行錯誤が必要になる。”修得”することが必要になる。

 

 私が最初に師父に習い始めたころは、一週間に一回のレッスンだったけど、その一週間の間次のレッスンのためにどれだけ準備(練習)をしたか分からない。練習をしていかなければ師父は一眼で見破って喝を入れてくるし、それが続けばそのうち見放されてしまうと思って必死だった。

 

 ビデオレッスンの良さは、一対一で教えられること(学べること)。

 一対一だから私はその人の課題だけに集中して、その課題を克服するための方法を提示することができる。そしてその次のレッスンまでの宿題を明確に示すことも可能だ。

 これは複数の生徒さん相手のレッスンではなかなかできないこと。

 一人一人の課題を指摘してあげることはできても、その克服のための方法を何通りも示すことはできないし、ましてや一人一人に別々の宿題を出す時間がない。

 屋外での集団練習は直に触れたり、直に見ることで、生徒さんが感じることができるし、一緒に動いて身体全体で感じることができる。大きく学ぶことができる。一対一では細かい点を学ぶことができる。

 

 三人不言道 道不传六耳

 

 これは最近師父から聞いた言葉。

 三人いるところではタオの話はしない。

 6つの耳(=三人)にタオは伝えない。

 

 つまり、タオは二人、一対一の師弟間のみで伝える、ということ。

 もともと太極拳もそのようにして学ぶ。集団では学ぶのは無理なもの。それが学校での勉強、学問との違い。

 

 ビデオレッスンは止むを得ずやり始めたが、やってみるとタオの伝え方にも似た面があり、生徒さんたちの進歩の様子を見ていると予想していた以上に効果があるようだ。 

 

 

2020/2/3

 

  先日紹介した踵、脚前掌(足掌)の使い方が可能になるには、丹田から踵、足先までしっかり勁をつなぐ、という土台作りが必要だ。その土台作りがタントウ功だが、これも漫然と同じ形で立っていたのでは身体の中を通すことはできない。石のようにたち続けたら硬い身体になってしまう。少しずつ、少しずつ、気の量が増えるごとに形を変えていかなければならない。それには通常微調整の仕方を教えてくれる老師が必要になる。

 

 丹田から最も遠い足(feet)まで勁を通せれば、タントウ功は成功したも同然。

 その完成形は実はバレエダンサーの足と同じ。

 とは言っても、バレエダンサーも皆が皆成功しているわけではなく、相当注意しないとすぐに負傷してしまう。

 このサイトにその完成形が詳しく説明されていました。

 太極拳にも、こんな足(feet)が必要!

 

 私の見る限り、このブログの中で間違えた例、として描かれているような足で太極拳をしている人の方が多いはず。だから太極拳で膝や股関節、腰などを痛めてしまう。(虚歩もただつま先をちょんとしているだけで踵の力が皆無だったりする。)

 なぜ会陰を引き上げなければならないか、なぜ上向きの力ではなく下向きの力を重視するのか、このブログを見て納得。

 

 https://www.chacott-jp.com/news/useful/lecture/detail001692.html

 

 足の使い方については他の回にも掲載されているようなので参考にしたいと思いました。

 

 なお、上の中足骨に着目したブログでは、「小趾側のくるぶしの引き上げが大事」だと言っているが、太極拳では同様のことを、外くるぶしの「崑崙」と胆経上の膝下に「陽陵泉」を意識する、という表現をする。「腿と股関節は均等の力で離れる」というのは、太極拳の「会陰を引き上げる」というのと同じ(もし会陰を引き上げて腿と股関節の距離が縮まるような感じがするとしたら間違えている→、会陰を引き上げる前にしっかり放松して足裏まで気を落とす、タントウ功の第一段階をクリアする必要あり。会陰を引き上げるのは第二段階。)

 

 このような足の使い方はバレエや太極拳に限らず、どんな運動(ただの歩行)でも必要になるが、子供の時はそうだったかもしれない身体の使い方を取り戻すための功法が基本功だとも言える。

 

<今日の新しい不思議な身体の感覚>

 

 今日の練習は師父が用事でおやすみで一人練習だったが、一人だからいろいろ試すことができた。昨夜久しぶりに馮志強老師の動画を見て、やはりすごい、と思ったが、その映像が頭に残っていたので、少しそんな感じで立ったり動いたりしてみた。師父もそうだが、馮老師の立ち方を見ると、首が子供の時のように背骨からそのまま立ち上がっている。頭は後ろの方にある。頭はもっと後ろ!と何度も直されたが、頭を後ろにして立ち上げるには丹田の重さがさらに必要になる。

 今日は一人だから、少々変でもこんな感じ?と自由に試せた。重心ももっとさげなきゃ、と一通り練習して帰り道、道を歩いていたら、あれ?私が私の身体より後ろにいる!

 自分が自分の身体より後ろにいる! と瞬間的に思って、頭の中で、それ、どういうこと?

と一人問答が始まる。

 歩きながら、いや、自分の身体が自分の前にあるんだ、と納得。

 ん?私の身体全体が私の前(私より前)にある、ということは・・・

 ああ、以前師父が、何気なく、踵は身体の真ん中にある、とか言ってたなぁ。と思い出した。

 確かに、踵は私より前にある。だから師父は踵は身体の真ん中にあると言ったのだ!

 身体が自分よりも前にある、ということは、そう、私は身体をすべて操作できるということ。身体の中で私より後ろにある部分が広ければ広いほど、自分で操りづらくなる。腕や脚は完全に私の前方にある(ハムストリングスも私より前方にある)。すると自分で脚の後ろの面まで操ることが容易になる。

 背中の薄い肉と皮のみが私より後ろにあるような感覚。初めての身体感覚。

 

 明日早速師父に報告してみよう♪

 

<追記>

 そうそう、それは大太鼓を身体の前にしょって(抱えて)行進するブラスバンド部員のよう。大太鼓が私の身体。私が私の身体(大太鼓)を抱えていました。明日も再現できるかなぁ?

 

2020/2/2 <閃通背の歩法  『梢节领中节随根节催』の”催”> 

 

 生徒さんから第19式閃通背の中にある『白蛇吐舌』の時の足の向きがはっきりしない、という問い合わせがありました。早速師父に確認したら、ああ、そうだったのか、と目から鱗。

 

 白蛇吐舌は、まさに蛇が舌をチロっと出す動きのごとく右手を相手の喉に向けて刺し出す技。指先の一突きで相手を殺してしまう、というくらい一瞬の指先の力が必要になる。この指先の力をもたらすのは踵(から脚、身体を通って指先まで達する勁の道)。

 「梢節(手)は”領”、中節(腰)は”随”、根節(踵)は”催”」

 という中で、踵の”催”、という”催”という意味がずっと良く分からなかったけど、今回師父がやってくれた、踵の押し込みに”催”の駆り立てる、せき立てる、促す感じがよく現れていると思った。もしこれを(私が間違えてやっていたように)踵を支点に足先を南に開いてしまったら、蛇の舌のような速さで腕を差し出すことはできない。師父のように足掌を支点に内踵を前方へ押し出すと腎経など陰、身体の内側の勁(脚の内側、身体の中心、脇から腕の内側、掌へ)が主導になるのに対し、踵を支点に足先を開くと、足の小指側から胆系や膀胱系の身体の外側の陽の勁が主導になる(手は甲側が主になる)。そして、勁の距離の短さ、速さで後者は前者に敵わない。蛇の舌の動きのような鋭い動き、寸勁には内踵の勁が不可欠なのを痛感。

 踵は全ての勁の出発点。

 踵を活性化させて鋭く使うためにはそれなりの練習が必要。

 そのあたりの補足は日を改めて。

  

 馮志強老師の閃通背を見たら、白蛇吐舌の前の右足の上歩で直接足先を南東に開いて着地。そのまま右足を動かさずに白蛇吐舌をしていました(3'40"あたり)。

 良く見ると、右足内側、内くるぶしから腎経、陰の勁を使っているのが分かる。このようにしっかり陰の勁を通せるならこのような歩法も可能。直接足先を南東に開いて着地して、股間がすかすかで心配(金的の心配あり)と感じるなら陰の勁が使えていない(苦笑)。最初は劉師父のように足を使った方が勁がとりやすいと思います。

2020/2/1

 

 転腿を一人で練習したいので動画が欲しい、というリクエストメールをもらいました。

 早速動画を撮りましたのでご覧下さい。

 

 先生(師父)との動画を見て改めて気づいたこと。

 太極拳をしなくても転腿の動きを見れば功夫の差は一目瞭然。師父の動きは全くブレがない。腰=帯脈、胯、膝、足首の回転がそれらをつなぐ筋肉の螺旋運動(床屋のあれのような)と完全に繋がっているので、関節の回転が滑らか。関節が均等に回転している。ここまでいくと左右5・5で転腿できるのだと動画を見て知りました(結局、私、相手がいようがいまいが、関係ない⁉️)ああ、師父に近くにはもっともっと丹田の気を増やして股間(裆)までパンパンにする必要あり。

 

 

 そして一人転腿の説明。

 順回転(外旋)では気が腰から足へと螺旋を描いて降りていく。

 逆回転(内旋)では気が足から腰へと上がって行く。

 陰昇陽降、に従って、順では脚の陽面(外側)の下降、逆では脚の陰面(内側)の上昇を意識する。

 最後に腰=帯脈と胯を繋ぐための回転の練習の仕方を紹介。ここが太極拳の要所。ヤオ・クワ、ヤオ・クワ、腰・胯、と何度も何度も言われるところ。

   転腰でクワを回す練習をして、次第に丹田とその外側の腹(のタイヤ≒帯脈?)の間に隙間ができるてくると、丹田を撼わすとズレを伴って帯脈が回るようになる。これが拧腰(ニンヤオ)で発勁の原理。(→昨日紹介した馮老師の肘法の動画がその完成形。発勁した時に腹が、ブるん♪)。

2019/8/29

 
  師父に腕を掴んでみろ、と言われて掴んだら、「そんな外行(素人)のような掴み方じゃ(外し方の)練習にならないだろ。ちゃんと穴位(ツボ、急所)を押さんか!」と言われて逆に両腕をガシッと掴まれた。とその瞬間、手首に激痛が走った。「内関だ。どうだ、動けないだろう?」
 動けないどころか、動こうという気もおきていない。 
 
 ああ、十数年前もここで同じように師父との会話中に腕を握られ中指で内関を押し込まれたことがあった。師父は自分が私の手首を物凄い力で押し込んでいるのも忘れて、その時もそのまましばらく話をし続けた。私は心の中で「松、松、松・・・」と念じていた。痛い!といったら、松してないからだ、と叱られるのが分かっていたから絶対に痛い!と言ってはいけないと必死だった。痛みに耐えながら師父の話が早く終わってくれないかと待っていたが、そのうちその痛さで涙が流れてきてしまった。師父が私を握ったままだったのを気づいたのはその時。私の手首、内関の位置には爪痕がしっかり残っていた。その時師父がどう反応したのかもう忘れてしまったが、その日は夜もまだ痛みが残り、翌日はしっかり内出血していた。
 今日もあの時の再現のようだった!
 あの時と同じように松すれば良いのか?下手に動いても外せないことは身体が良く分かっている。外そうと手首を回そうとしたらさらに指を押し込まれるだろう。何も抵抗する気がない私をいきなり握ってどうさせたいのか? 痛さの中でそんなことを思っていた気がする。
   松したって痛いものは痛いし....と、もう痛さに耐えられずどうしようもなくなった時、突然怒りが爆発した! 私は師父に向かって、「何をしてよいかわからない生徒相手に脈絡なく本気で掴むのは不条理だ!」と怒鳴って腕を振り払った!(今思えば、怒りで相手を驚かせて腕を振り払えたのだ!)
 師父は、私は10年も日本で教えているのだから当然どう払えばよいかはわかっていると思ったし、私の気はちゃんと手に達しているからそんなに痛くないはず、しかも自分は本気で握ってはいない、せいぜい60パーセントの力だ、と弁明した。
 私はせいぜい回転させて解くことしか知らない、回転させたらさらにダメージを得るような握り方(それこそ玄人、武術家の握り方!)をされていきなり試されても凍り付くだけだ、先に道理を知ってから技をかけてもらいたい、と師父に言った。
 それから師父は、「これは太極拳の基本の理、借力、不抗不頂、とても簡単な道理。下から上向きに力をかけられているなら上向きに外せばよいではないか!」 と内関穴を押さえながらさまざまな向きに私の手首を握って、それぞれ振り解く腕の動作の方角を教えてくれた。
 私は私の悪い癖でしばらく不機嫌だったけど(苦笑)、説明を聞いているうちにその道理が、火を避けるのと同じじゃないか! だから本来は考えずにとっさにできるはずのことなのだ、と理解できて嬉しくなってきた。それを師父に言ったら、そう、その通りだ、と、内関穴以外にも、腕や手首を握る時に点する(押し込む)ツボをいくつか教えてくれた。リューもツボを点せずにすることはあり得ない。蹴りもちゃんと相手の急所を狙う。そう、本来はツボ、経穴、インドのマルマは攻撃する時の急所。どうやったら相手を効果的に倒せるか、という研究で知った身体の秘密をその後転換させて治療に使うようになったと聞いたことがある。としたら、兵器を開発することで副次的に科学技術が発達するのも同じ?人間が最も力を発揮するのは自分の生存のために相手をうちのめす場面?人間の哀しき性....
 そのあと、私は師父に怒ってしまったことを謝り、師父も先に説明すべきだったことを少し謝ってくれた。そして帰り道、二人で痛いツボを叩きながら歩いた。毎日痛いくらい叩いていれば、叩かれてもそんなに痛くなくなる、という。痛さをこわがってはいけない。武術の基本なのにそれを忘れて甘えていた自分が恥ずかしくなった。ヴィパッサナ―の観察によって自分と身体、自分と感覚を引き離す、という仏教の修行法よりも、今日のような練習で安全な痛さと自分を引き離す練習の方が私に合っているのかもしれない。
 でも、ツボは痛い。
 痛いからツボ。
 「痛くなかったら意味がないだろう?違うか?」という師父の別れ際の言葉がしばらく残った。
 
<追記>
 夜になってパリの東急ハンズ的なデパートBHVに電球の調達に行く。そしてまたお掃除グッズのコーナーでしばし遊ぶ。この一か月ですでに5回もここに来て遊んでいる。ブラシが素敵。毛並みがものすごくいい。掃除は苦手中の苦手なのに、なんでここのお掃除グッズコーナーはこんなに気持ち良いのだろう。日本の家では大きすぎる、本格的すぎる掃除道具。でもこんなグッズでお掃除したら楽しいだろうなぁ。ああ、魔女はこんな箒に乗ってたに違いない…。空想が空想を読んでブラシやはたきが動き出しておしゃべりしそうな気までしてくる。どこか生きてるお掃除道具たち。
 

2019/8~パリにて再修行中

★NEW! 外出自粛期間中、SkypeまたはLINE等によるビデオレッスンが可能です。日本時間の17時以降→お問い合わせ下さい。

『今日のメモ』毎日の練習は気づきの宝庫。太極拳の練習の成果が何に及ぶかは予測不可能。過去(2012年9月〜)のアーカイブは『練習メモアーカイブ』へ

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練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

       馮志強老師著

ようせいフォーラム2017プログラム
3月4日(土)にパネリストとして参加しました。
ようせいフォーラム2017プログラム.pdf
PDFファイル 3.1 MB

 

2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

発表の抄録、資料はこちら