2017年12月

2017/12/16 <息を通す、上丹田、舌抵上顎、含胸、意を通す>

 

 今日は普段室内でやっている土曜クラスが外で練習。

 外で練習すると息が良く分かる。せっかくだからと息から始める。

 

 息は鼻の長さいっぱいに使う。(鼻腔を通る間に空気が温められる。寒い国の人の鼻は長い。)

 ちゃんと鼻をつかいきると息は眼の奥=鼻の奥=喉の奥=上丹田に達する。

 息はそこから下降する(正確には一旦脳天直撃させてから降ろす(→頂勁)。今日はややこしくくなるから言及しなかった。)

 上丹田まで息が入れば目の奥、脳が開いてスッキリする。

 こ~んな簡単なことなのに、なぜ普段やってないのだろう、と不思議な気さえする。

 上丹田まで息をいれていれば、眉間にしわが寄ることはない(苦笑)。頭も自然に持ち上がる。

 

 そして息は下降する。

 次の関門は喉。

 喉は開いておかなければならない。

 舌抵上顎(舌を上あごを持ち上げるように貼り付ける)をすれば喉が開く。舌打ちの準備の位置。舌と上顎ではさんで少し吸ったようにする(赤ちゃんがおっぱいを吸う要領)。(これができていないと鼻から降りてきた息が腹まで達さず胸で止まってしまう。以前呼吸に関する学会で、口から呼吸をしてはいけないのではないか?と質問してきた人がいたが、逆に言えば純粋に鼻だけでスース―息をしていては永遠に丹田呼吸はおろか、腹式呼吸まで達することはできないだろう。吸う、の漢字は口偏。問題は舌を使って吸えるか、の話)

 喉は開いておかないと首も立たないし、肩は胸も開かない。甲状腺の問題もここ。

 KE(可)の音(六字訣)やHAMの音(seed mantra)などを使って、喉の開く感覚を試すのもよいと思う。

 

 喉を無事通過すれば、胸のダン中つぼ。裏は肩甲骨間の神道ツボ。

 ここを開く、いわば『含胸』の要領。

 今日はここを中国風お祈りポーズで開く感覚を掴んでもらった。

 この場所は魂が住んでいるから、特別のお部屋が用意されている(心包)。中の住人をつぶさないように、私達も胸の奥に隙間をあけておかなければならない(中医学の説明)。

 両手を胸の前で合わせるポーズはそもそも胸の中を開けて胸の気を腹の方へ降ろすようにできている。

 太極拳的には上肢は胸のど真ん中、肩甲骨のど真ん中から生えているように使う。含胸ができないと上肢、肩がうまく使えない。

 

 胸を通れば、胃(ヨガで言うマニピュラチャクラ、第三チャクラ)→臍下丹田→会陰と通過させていく。このあたりは普段の練習でよくやっているところ・・・・省略。

 

 <ここから先は私の個人的な興味>

 上丹田は意の場所。

 今日は息を自分の望んだ場所に通す練習をしてみた。

 が、生徒さん達が?という感じだったので、その準備練習として、唾液を望むところに届ける練習をした。これは中医学でよくやる自己治療法。胃が悪い時は胃に向かって唾を飲み込んでいく。同じように肝臓へ、とか、子宮へとか、やってみて、それを、股関節へ、とか膝へ、とか足首へ、と距離を長くしていく(距離が長いと難しくなる)。唾ができれば、息も同じ要領。

 そして息ができれば、意念もできるはず!、と生徒さん達を実験してみた・・・。

 その後24式の套路の時にすべてを円の図形に還元していって、動き出すまえに先取りして円を描いてしまう、というのも実は意の練習。

 意で巻いておいてそこに気と身体を乗せていく。意→気→力。

 

 上丹田でいう『意』は通常、意念と言われる。英語で言えば will 。

 

 ところで・・・

 最近自分の練習で、意識の状態(意識に満ち溢れている状態、英語でいうならきっとawareness

)へ入ることが多くなり、意識の状態にいれば思考が湧いてこない(湧かせられない)というのがはっきり分かるようになった。

 意識でいると思考なし、思考している時は意識なし(思考しながら意識を保とうと実験してみているがまだ成功していない。やり方があるのかどうか分からず)。

 

  この意識awareness、の状態は本当にはっきりくっきりの世界。

 ぼやけてなくて、頭も視界もクリアになる。

 私がこれまで“冴えて”いた時はこの状態だった、と今更ながら分かる。

 奇跡のようなことを成し遂げた時も、そんな視界のクリアな世界に自分がいた(のを後で知る)。

 そのクリアな世界がある外からの衝撃で風船が敗れるように散ってしまった時、また元の普通の自分に戻って、いろんな不安やら緊張やらが出てきて、思うように実力を出せなかった。

 幸福な時は、今思えば、そのクリアな光輝くような世界にいた。だけど、そこに入っている最中は自分が幸せとも嬉しいとも思わず、ただ、ウキウキ、ワクワクのようなエネルギーの中にいてその時その時に胸がペタッと貼り付いているような感覚。後から思えばその時の自分は幸せ、というよりも光に満ちていた(bliss?)。(そう言われてみるとhappyというような次元ではない・・・)

 ”意識に満ち溢れている”と呼ばれる状態。だけどこれまでは偶然その空間(世界)に入り込んでいて、そこから戻ってきて初めて、ああ、あの感覚は良かった、と思い出すだけだった。

 

 が、やっと、最近、そこに自分から入っていく行き方が分かるようになってきた。

 私の太極拳の練習、実は目標は、意識、そしてその先の霊だった。

 身体や心はその先に行くために通らなければならない練習。

 上丹田までいけば、何かしら、分かるだろう、と思っていたけれど、果たして、上丹田に来ると意念の話になり、心はすっ飛ばされてしまった。心は問題にならない。無心にならないと意念は出てこないから、意念の練習をすると心は問題にならない。

 

 上丹田は神。電球から漏れ出る光。

 下の二つの丹田のエネルギーが少ないと上の丹田はの灯は微々たるものになる。awarenessは減ってしまう。体調の悪い時などは上丹田なんて存在しないに等しくなる。疲れてきたらもうダメ。自分を電球だとすると夜は随分灯が暗くなっている・・・そのあたりについては身をもって理解できる。

 

 あとはwillとawarenessの違い。

 今日皆と練習していて感じたけど、willはリニア(線)。awarenessはスペース(面)っぽい。

 will をぐるぐるして周囲一帯を面にするとawarenessになりそうだ。

 24式もぐるぐる円を意で描いているうちに自分が意識の繭の中にいるような感覚になる。それを自分中心でとらえ直すと自分から出たawarenessの光が自分を取り巻いているよう。

 

 あとconsciousnessもあったっけ?

 

 ぼちぼちやろう・・・。

 面白くなってきた。

 

 

2017/12/5 <忘年会が終わって>

 

 先週土曜日に都内で忘年会を行った。

 

 この『太極拳から学ぶ会』は実質的には私と各々の生徒さんが一対一で繋がって成り立っていて、生徒さん達同士の繋がりは希薄。それは恐らく、月極め制でクラスを設けているわけではなく、生徒さんが各自都合の良い日に練習に参加するという練習形態をとっていること、そして生徒さんの性別、年齢、興味、バックグランドもまちまち、しかもそもそも私自身が組織が苦手で生徒さん達をまとめようとしていないこと等に起因すると思う。

 が、折しも昨年の忘年会終了後、ノリでグループLINEなるものを作ってそこに書き込みをすることが増えたせいか、いつの間にか私にも”私の生徒さん達”という感覚が少しずつ形成されてきたような気がする。教え始めて8年、古い生徒さんとは長い付き合いになってきている。皆を包み込むような視点というのが出てきてもおかしくない年齢にもなってきた。

 

 そんな中での今年の忘年会。私の目的は、生徒さん同士のつながり、交流ができること。

私とは練習中にいくらでも話ができるから、この機会に是非普段話す機会のない、”面白い”仲間達と知り合ってほしい、そういう願いと期待があった。

 果たしてふたを開けると、忘年会は私の手を離れてみなよくしゃべり、よく交じり合っていた。

 この一年LINEをしていたから、LINEの名前の人が実際にどの人なのかを知りたい、とやってきてきた生徒さんもいたし、まだ練習を始めて1か月たらずとか先週初めて練習に来た、という新米の生徒さんも古株生徒さん達とうまく交わっていた。忘年会の間中、私のことを忘れて皆で興じられていたのは本当に良かった!

 私が作りたいのは、歳を取っても一緒に遊べる仲間たち。

 太極拳をしたり、推手したりして遊びながら楽しく老後を過ごせると良いなぁ、とぼんやり思う。

 

 と、今日練習後、ある二人の生徒さんが忘年会で意外な共通点を見つけて意気投合していたという話を聞いた。どんな共通点?と尋ねたら、それは、二人とも、私のところに練習に来る決断をする前に二年間このブログを読み続けたという点だ、と話してくれた。二人はブログの内容が難しすぎて、この会のレベルがとても高く、もしかしたら太極拳の先生レベルの人が集まっているのかもしれないと思ったそうだ。

 その話を教えてくれた生徒さんは、「先生、初心者でも大丈夫、と書かないと誤解を与えますよ。」と親切にアドバイスまでしてくれた・・・そう、この練習メモはあくまでも”私”の練習メモ。私が練習している内容を書いています。生徒さんがそのまま分かるとは思えないので、できる限り砕いて一部分だけでも感じるようには教えているつもり。

 クラス分けもせずに皆いっしょくたで練習しているけれども、系統だったリニア(直線的)な学び方よりもグルグルと周りながら徐々に上がっていく螺旋的学び方の方が実は太極拳に合っている気がする。コツよりも慣れ。数学等との学び方とは違うかもしれない。

 

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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

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