2023年2月

2023/2/27

 

  何で後ろで立たなければならないのだろう?

 私自身はっきり頭で理解しているわけではなかった。

 ただ、そうしないと身体が”繋がらない。力がうまく伝達できない。

 背骨が使えない。

 

 幼稚園生はまだ真っ直ぐ後ろで立っている。猫背や前肩の子を見た記憶がない。

 小学生になると次第に前肩の子が増えてくる。大きなランドセルをしょって猫背になって歩いている子も出てくる。ゲームにはまって首が曲がって近視になっている子もいる。

 私自身の記憶を辿ると、中学生の時に授業中、手をどこに置いておけばよいのか分からなくなった思い出がある。ノートをとっている時はよいにしても、ただ先生の話を聞いている時に両手をどうしてよいのか分からなくなったのだ。その時の記憶はとても鮮明なのだが、どうしてそんなことが気に掛かったのかずっと分からなかった。が、太極拳の練習を進めていく内にその理由が分かった。つまり、あの時期に私の身体は既に『周身一家』を失って前肩になってしまっていたのだ。

 前肩になると腕が胴体(胸)から離れてしまう。腕がぶらぶらしてしまって収まりが悪くなる。卓球を無我夢中でやっていた頃だ。当時はただ勝てば良い、という練習だった。 そのうちその前肩が固定して気にならなくなるのだが、体の歪み(癖)はそこから次第に蓄積されていった。大学生の時、足の親指に力が入らなくなって卓球をもうやめようと思った。外反母趾だ。やはり卓球で正しい身体の使い方をしていなかったのが原因(外反母趾は靴の問題ではありません!)。

 

 それでも運動は好きでその後もいろいろやったが、太極拳を本格的にやるうちに、結局、この練習は、それまでの歪みや癖を取り除こうとしているのではないかと気づいた。

 腰の王子は「身体開発」とか「身体のゼロポジションを取り戻す」という。太極拳の無極は「ゼロポジション」のイメージだし、太極は「身体開発」のイメージだろう。結局、「周身一家」、全身が連動して一つとなる、ということだ。それには、歪みをとる必要がある。達人とは、歪さのない人をさすのだろう。達人は曲芸師ではない。

 

  そして最初の質問に戻る。

 「何で後ろで立たなければならないのか?」

 

 まず、「後ろで立てないと身体は連動しない。」

 これを裏返すと、「後ろで立っていない人は歪な体の使い方をしている。」ということ。

 全身を満遍なく使っていない(特に背骨を使えていないのが致命的)ため、どこかに過度な負担をかけて立っている。

 大人で頭が理想的な場所にある人はほとんどいない。(私も不完全)正しい位置に置いていれば、首こり肩こりはない。師父や腰の王子などは肩こりゼロ。肩が凝っている時点で身体に歪みがある。

 

 このあたりまでは分かっていたことだが、今週生徒さんたちを教えながら発見したことがあった。この発見↓は我ながらすごいと思う(笑)

 

 なぜ幼児はみな後ろで立っているのか?

 それは、四つ足から二足歩行になったばかりだから。

 

  上の図を見て想像できるだろうか?

  自分がしゃがんで雑巾掛けをしていて立ち上がるところを観察しても分かると思う。

  四つ足の上体から立ち上がるには、お腹側から背骨を押さなければならない。

  背中の筋肉だけでは起き上がれないのだ。

  つまり、腹圧で背骨を推すことで2本足で立ち上がれる、ということだ。

  

 (チーターが走る時に背骨を畝らせるのも、背骨を動かしているのではなくて、腹が背骨を動かしているということ。背骨は腹で操作する!背骨は決して背中側から操作しません。)

 

  私の祖母は腰が随分曲がってしまって最後は乳母車を押して歩いていたが、腰が曲がってしまうのは背骨が曲がってしまったのではなくて、腹圧が足りなくなってしまった、ということだろう。

  幼児はまだ二足歩行になった時のバランスで立っている。大きなお腹は”腹圧”だ。

  そのうち、腹圧のかわりに、背筋やその他の筋肉で背骨を立てられるようになる。背骨自体ではなく筋肉に頼って立ち始めると体の統一感が失われ歪さが出始める。

 

 

 師父の立ち方は背骨を後ろに推して腹圧を高めているのが分かるだろうか?

 気が足に落ちていて、どっしりしているのに地面に浮かんでいるようにも見えたりする。

 体の使い方が上手なアスリートたちも同様な立ち方をしている。

 

 右側の良い姿勢は体がこわばっていてすぐに動ける姿勢ではない。

 体の中には空間(=気)が必要だ。

2023/2/25 <後ろで立つ、を教える難しさ>

 

  今回の動画で私が言いたかったのは、いかに私達が<前に立ち過ぎている>のか、ということ。<前に立ち過ぎている>というのは、<脚だけで立っている>ということ。二足歩行の私達の理想的な立ち方は、<背骨を使って立つ>ことだ。

 

  結局、そんな立ち方ができてしまえば、太極拳の核心部分ができてしまう。掤、捋、挤、按、采、挒、肘、靠の八法もすぐにできるだろう。逆に言えば、そんな立ち方ができないならば、八法も中途半端だし、技もかからないだろう。だから、そんな立ち方ができるようになるためにタントウ功や坐禅をするのだ。内功も必要になるのだ。というのは、内気が少ないと(体が膨らんでいないと=体がポンしていないと)<背骨を使って立てない>からだ。

  ・・・このあたりが、今回動画を撮ったり生徒さんに教えたりしながら私自身が気づいたことだ。私もまだ完全に後ろで立てていない。不完全だけれども、ゴールが見えている。生徒さんたちはまだ、なぜもっと後ろで立てなければいけないのか、という理由がわかっていない。私も「もっと後ろ!」と何度も言われたけれど、当時はそれがなぜか分かっていなかった。「もっと後ろ!」と言われ続けて、あるところから「もっと前だ!」と言われたりする。なぜそう注意されるのか分からない、そんな時期があった。が、振り返ってみると、ある程度「それ』ができるようになってからでないと、「そう」することの意味を教わっても理解し難いのだと思う。頭で理解するのではなくて、腑に落ちるところまでくるには、何らかの体感が必要になるだろう。

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 太極拳の基本要領、虚灵顶劲,含胸拔背塌腰,沉肩坠肘松腕垂指,曲膝园裆松胯 ・・・などの要領は<背骨を使って立つ>ためのガイドラインになる。

 

 さて、<脚で立つ>のと<背骨で立つ>のはどう違うのか?

 これについては生徒さんたちに長座をしてもらって、そこから脚を上げてもらうとある理解が生まれる。

2023/2/24

 

  続きの動画をアップしました。

 重心移動を説明しています。

2023/2/22

 

  最近のブログに関して動画を撮りました。まず前半。

2023/2/21

 

 どこで軸脚が蹴り足に転換するのか? (そもそも、軸脚と蹴り足が常に存在しているのだろうか?)


2023/2/18 <歩き方から学ぶ その3>

 

  太極拳の重心移動は『虚実分明』で、それがはっきりしないのを『双重の病』と言う。文字にすると抽象的だが、昨日の動画の説明のように常時動きながらボールを蹴るサッカー選手の歩き方から説明するととても理解しやすいと思う。

  

  いつでも脚が使えるようにしておく、という点ではサッカーも太極拳も同じ。特に太極拳は腿法が豊富で、套路の中にも腿法が潜んでいる。虚歩が蹴りの隠れた姿だというのは分かりやすいが、そのほかにも、膝のひっかけ、膝や胯、臀のカオ(体当たり)などもある(と言っても私が知っているのもその一部)。腿法を学ぶには一式一式その招数を学ぶ必要がある。24式で学ぶ前後や左右の重心移動は腿法の基礎になるが、それだけでは『虚実分明』がはっきりとは分からない。48式や46式でさまざまな腿法を学ぶことで重心移動が実は全身の話だと分かってくる・・・(参考:11の腿法 太極拳の蹴りは常に相手を掴んでいるのが分かります。 太極拳は接近戦。 李小龍のような華やかな蹴りではない・・・ https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzI5MTAzMDYzNQ==&mid=2650419672&idx=2&sn=e83af902da647ed7fe13d9b5f5879118&chksm=f41842dcc36fcbca196080a1881bd8518d2372ff1a1b4f4c78296badcf6dadf74201b06a28b5&scene=27

 

  蹴りやジャンプ(跳)の面白さは、蹴りの練習をすることで上半身の使い方がうまくなることだ。

 腕を含めた上半身の助けなしには蹴りやジャンプはできない。

 上半身と下半身が一体になって動くことを最初に実感できるのは蹴りやジャンプだ。

 腕は簡単に腕だけで動かせてしまうので、パンチ(打)やジーが下半身の助けなしにはできないという実感はなかなか生まれない。

 『虚実分明』が必須となる蹴りやジャンプの練習を通ることで、シンプルな前後左右の重心移動が上手になるのかもしれない。軸脚と蹴り脚、それがはっきりとした重心移動には全身の繋がりが必要だと気づいた時、「ああ、だから、『気沈丹田』なのだ」と悟るだろう・・・結局タントウ功に戻る。

 

 タントウ功が続きにくいのは、それが何の役に立つのかなかなか分からないからだろう。「タントウ功で丹田に気を溜めて任脈督脈を開通させる」、と言っても何らかの実感が生まれるまでにかなり時間がかかる。私が生徒さんたちを教えてきた経験からすると2年から2年半で内側の感覚がしっかりするようだ。丹田や気の感覚については、半年もかからずに得ることができるだろう。私のところに習いに来た時には「丹田って何ですか?」と聞いていた人も、そのうち、そんな質問はしなくなる。私がからかって「丹田って何?」と逆に質問したりするとにたにたしている。言葉にはできなくても分かっているのが分かる。「電気って何ですか?」と大学時代、理系の先輩に聞いたら「嫌な質問をするなぁ〜」と言って答えてくれなかった。丹田も電気も、言葉で説明できなくても使えればいい。「気」も然り。

 「丹田を回せ!」とか「気が上がってる、気を降ろせ!」とか、「丹田」や「気」が分からない私に最初から言っていたが、頭で分からなくても”そんな風に”やっているうちに何となく分かって来る。分からなくても使おうとしているうちに使えるようになるから面白い。

 

 話がなんだか外れてしまったが、昨日のブログを書いたあと、思い出したことがあった。

それは、これまで数回あった感覚。道を歩いている時に、「ああ、これなら水の上を歩ける!」という感覚になった経験。あれは軸脚と蹴り脚が完全に分離していたから起こった感覚に違いない(普段はそんな風には歩けていません)。思い出せば、その時は腹の底まで気が落ちていた。左足と右足の踏み方が、足踏みミシンがうまく進んだ時のようだ、と思った記憶もある。左右の脚がくっついて連動しつつ、右足が水面(実際には地面)を踏んで右足が沈みそうになる前に右足は上がって左足着地に変わっている。片方の足が沈む前にもう片方に変わっていれば水の上を歩けるのではないか?と真剣に思ったほど。キリストを含め中国の仙人も水の上を歩いたという逸話があるけれど、修行者なら歩けるのかも???

 

 と、最後に話を昨日に戻して。

 師父に下の三人の画像を見せてコメントをもらったので記しておきます。

私が馮老師と呉英華老師の歩き方が似ている、と言った所、師父は、「似ているが、呉英華老師の前胯(鼠蹊部)は放松していない。馮老師は前胯も放松している。」と指摘してきました。よく見れば、確かにそう。

 ならば、メッシはどうだろう?と見たら、さすば、前胯が馮老師のように放松していました。師父も、メッシは馮老師と同じく胯が放松している、とコメント。

 

 そういえば前胯(鼠蹊部)の放松を鼠蹊部を折り込むことだと勘違いしている生徒さんがいました・・・前胯の放松とはどういうものか、ということを上の画像から理解できると良いですが。

2023/2/17 <歩き方から学ぶこと その2>

 

  前回紹介したcの歩き方のどこが凄いのか、それは様々な角度から説明できるのだが、今回ありありと見えたのは、歩きが<”蹴り”の連続>になっているということだった。

 

 蹴りの原点は提膝。

 提膝の準備が整えばそこからどんな蹴り技も繰り出せる。

 

 つまり、馮老師や吴英华老師老師は常に身体の重心を頭頂から会陰を結ぶラインに保っているということだ。

 両足が交差する時にそれを保つには円裆が必要になる。

 逆に言えば、一般の大人は歩く時に裆を使えないから重心を真ん中に落とせず、腿や膝に乗ってしまう。

 

 上に注意書きを書いた通り、

 ①前足の踵が着地した時に、後ろ足が地面から浮かずにしっかりと地面を押している

というのが馮老師と吴英华老師。

 普通の大人は、後ろ足がぎりぎりまで突っ張っていられず浮いてしまう(地面から離れてしまう)。しかし、太極拳では『中正不偏』、馮老師や吴英华老師のような身体の使い方が求められる。

 

 馮老師や吴英华老師のように歩くには、上半身と下半身を繋げて一つにする必要がある。

 私たち大人の問題点は、脚で歩いてしまうことだ。

 おそらく私たちが幼かった頃は”脚で”歩く意識はなかっただろう・・・

 身体意識が変わるような身体を作れるかどうか、このあたりが太極拳の練習の奥深さかだと思う。

2023/2/12 <吴英华老師の内勁とその歩き方>

 

  太極拳の五大流派といえば「陈 杨 吴 武 孙」。 原点は陳式だがそれが枝分かれしていった。

  その中の呉式太極拳を少し覗いていたら、とても珍しい動画を見つけた。

  呉式太極拳宗師・吴鉴泉の長女の吴英华老師。

  伝わるところによると、吴鉴泉の弟子の中でもこの長女が抜群に秀でていたらしい。

  

  女性ですばらしい老師がいるというのはとても嬉しい。

  

  吴英华老師の動画はyoutubeにもいくつかアップされているが、私が見て感動したのは、同老師87歳の時の演武。(https://haokan.baidu.com/v?pd=wisenatural&vid=4686344035614015183)

 

   内勁がしっかりしているのが良く分かる拳。

 この体の内側を貫く内勁が太極拳の実態だけれども、現在普及している太極拳ではこの内勁が失われてしまった。外側の筋肉ではないところで出てくる力。内側の気、エネルギーの流れだ。

 

 上の吴英华老師の動きを見ていると、いつの間にか老師の息遣いにつられてこないだろうか? 息が細く長くなってしまうよう。静けさの中に力強さがある。どこか日本の能の動きを感じさせないだろうか。

 

 足から指先まで貫く勁。息を丁寧に通し内側の勁を操っている様が見られる。どこにも余分な動きがなく、内側の勁だけで動いている・・・

←このように、足が前へ前へ、と運ばれる歩き方は今日の御苑のレッスンで生徒さんたちに教えたばかり。

足が後ろに流れない。(普通の人の歩き方とどこか違うのは分かると思います。)

この歩き方が虚歩、膝蹴り(提膝)の基本になります

馮老師や劉師父もそのような歩き方。

この歩き方を女性の老師がやっているのをみると私も勇気が湧いてきます。練習を続ける価値がある!

 

この歩き方についてはまたどこかで解説します。

 

2023/2/9 <膝上げか腿上げか?>

 

 昨日のグループオンラインレッスンでは一人の生徒さんから摆莲など、蹴り技について質問があった。蹴る時に膝が伸びないという悩みだった。

 実践的には膝が伸びきってしまうことはなく、教室で先生から膝を伸ばすように注意を受けたとしたらそれは「内側の勁をちゃんと足先末端まで届かせなさい」ということだろうと私は思う。ただ膝を伸ばせば蹴りになる、というものではないからだ。

 膝がたとえ伸びたとしても、内側で勁が踵、足先まで貫通していなければ蹴りにはならない。ただ外形的に脚を上げたとしたらそれは脚を上げただけ。バレエなどの舞踏の上げ方になる。

 蹴りには威力が必要だ。その威力は内側の勁から生まれる。本当に蹴る意、蹴る気が必要だ。それが全身を貫通して足まで達して蹴りになる。脚や足を上げようという気持ちでは最初からダメだということだ。

 正しい意から正しい気の流れが生まれ、それは全身の伸縮(開合)によって勁として全身を貫通することになる。

 

 まず、蹴りの基本は『提膝』(膝蹴り)。

 ここからちゃんと理解すべきだ。

 

 

 多くの人が”膝”ではなく”太もも”を持ち上げている・・・

 外形だけで膝を上げようとすると腿上げになる。

 内側で膝をちゃんと探しあててから、”膝”を上げる必要がある。

 太極拳では特に、関節を探してそこを動かせるようにすることが重要だ。おおざっぱに身体を使うと使っていると思っている部分と実際に使っている部分に差異がでるので注意が必要だ。

 

  ともあれ、画像を見て、これが腿上げでこれが膝上げ、と大体わかってしまうのは、内側の勁の流れのあるなしが外形に現れているからだ。(時に微妙なのがあって、その場合は実際に動いているのを見なければならなかったりもする。)

 

  ここで、最近師父から学んだ、大事な太極拳(だけでなく中国武術全般)の原理を紹介したい。

  それは『前去之中必有后撑』

  「前に行く時には必ず後ろが張り出している」

  という原理だ。

 

  この原理を物差しとして使えば、上の腿上げと膝上げも簡単に見分けられるようになる・・・(続く)

2023/2/6 

 

  裆について動画を出したが、裆は胴体の底、小周天の底の部分、任脈と督脈の連結部分だ。動画では何種類かの動きをつかってこの部分を使う方法を紹介したが、実際にはタントウ功で丹田に気を溜めて裆まで開通させる、というのが昔から伝わる周天の方法だ。内気をそこに導くことができるようになれば使うのはとても容易だ。

  

 結論としては、裆を使うには気をそこまで下ろす必要がある、ということ。これが胴体の弓を作る。

 胴体の弓は形を真似てもだめで、息を通さなければならない。息によって脊椎と脊椎の間隔を引き伸ばす。その結果現れてくるのが頭から尾骨までの弓だ。

  弓の一番底が裆だ。

 

 弓を作るときに、含胸、抜背、塌腰が順々に現れる。

 息が肩甲骨のあたりまで降りれば含胸(胸椎上部)、肩甲骨の高さを抜ければ抜背(胸椎下部)、そして腰椎が引き伸ばされれば塌腰だ。

 ここまできて、膝を曲げれば(曲膝)円裆になる。円裆になってから胯(股関節・骨盤)を緩める・・・というのが太極拳の要領として口訣で伝わってきた要領。

 

 胴体部の”弓”を作る要領をもう一度整理して書くと

 

 <含胸・抜背・塌腰> この3つで1セット。

 そして

   <曲膝・円裆・松胯> の3つで1セット。

 

 ところが、私は長い間、<含胸・抜背・塌腰>の後は

 <松胯・円裆>  だと思っていた。

 

 あるとき、師父が上のように3つ、3つだと私を直したので、どうしてそうなのか?と質問したことがある。なぜ、ここで曲膝がくるのか? そしてなぜ、円裆が松胯より先にくるのか?

 師父は、理屈は知らないが、昔からそう伝わっている、だからそうなのだ、と言った。

 私は腑に落ちず、なんだかなぁ〜・・・・とその件は棚上げしていたが

 

 今回、裆についての動画を撮った後で、生徒さんたちから裆は難しい!と予想通りの反応があったので、ふと、以前の師父とのやりとりを思い出し、あの要領をあの順番でやってみた。なんと、円裆がちゃんとできるではないか!

 その順番通りすれば、円裆は自然にできる。ちゃんと内腿に乗れて、前腿や外腿や膝に乗って太ももがカチカチになったりしないのだ。

 

 まずは<含胸・抜背・塌腰>をちゃんとやる。

 そしてそれから膝を曲げる。

 そうすれば円裆になる。

 それから股関節の力をぬけば、じわっと足に気が落ちる。

 

 これだけだ。

 これなら生徒さん達にもできるはず!と嬉しくなって、まずは師父に報告を、と、それを師父にやってみせたが・・・

  反応はよくなかった。まず、膝を伸ばしたまま(棒立ちになったまま)含胸、抜背、塌腰をする、というのが不自然だと言った。でも、口訣では膝を曲げるのは塌腰の後。ということはそれまでは膝は伸びているのでは?と私は思ったのだが、師父は、少しは緩めていた方がよい、という意見だった。

  確かに、膝を伸ばしたまま<含胸、抜背、塌腰>をするのはとても難しい。非常に強い息と内気が必要になる。少し膝を曲げた方がやりやすいだろう。けれども、本当に膝を曲げるのは塌腰の後。つまり骨盤が内気で満たされてしっかりした後だ。

  骨盤に気が入り込んでいないうちに膝を曲げるとただのガニ股になって、内腿がスカスカで外腿に乗ることになってしまう。膝の故障の原因にもなる。膝を曲げてもよいのは骨盤の中がしっかりした後だ。

 

  

  と、このあたりを明日明後日のレッスンで生徒さんたちに試してもらおうかなぁ〜

  そんな風に考えています。

  

 

<補足> 膝は伸ばす/むやみに曲げない・・・「加齢とともに嫌でも膝が伸びずらくなる、寝るときに膝を伸ばしたまま眠れなくなる。」そう言っていたのは腰の王子でしたが、今になって、膝が伸びることの重要性に気づきました。

2023/2/2<円裆はどうやって作るのか>

 

  裆に関する続きの動画をアップしました。

  やはり太極拳の基本の要領に行き着いてしまいます。

  少し難しいですが、これが”弓”の全体像のはず。

  それが少しずつできるように毎日練習するのが太極拳の練習です。私もまだまだ完成には程遠いですが、太極拳の目指すところがはっきりしていると道に迷いません。

動画適宜アップ中! 

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『今日のメモ』毎日の練習は気づきの宝庫。太極拳の練習の成果が何に及ぶかは予測不可能。2012年9月〜のアーカイブは『練習メモアーカイブ』へ

練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

   馮志強老師著

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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

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