2022年12月

2022/12/28 <足の捻れは身体の捻れの現れ 太極拳の動きでの捻れの原因の例>

 

 今日のレッスンの振り返りメモ。

 

 前提として、足はその上に乗る身体全部の影響を受ける。足だけの問題ではない。故に簡単には矯正できないという事実。

 

 女性に足指の問題が多いのは、女性の身体の筋肉が柔らかいため身体の歪みが連動しやすいから。男性の場合は歪みを筋肉の硬直でカバーする傾向があるので、女性よりも歪みの波及が抑えられる傾向がある。良い意味でも悪い意味でも、女性の身体は連動しやすい。骨盤、腹部の筋膜の歪みはそのまま足に現れる。太極拳では股を広げている姿勢が多い。この時、女性は骨盤を内旋をかけて外から内側に巻くようにする(裹)。股を開くことにより骨盤が開いて股関節の骨頭が外側に引き出されることに用心する。簡化では逆に股をちゃんと開けないことで股関節や膝、足首、足指に捻りがかかる。

 ↑左は馮志強老師、右は馮老師の師父の陳発科。股、腿の開き方がそっくりだ。

脚は”五弓”の一つ。(背骨、と腕二本、脚二本、それぞれが弓状になる)

上の二人の大師の脚はまさに弓状だ。

 両足は開いているが、外旋と内旋が拮抗している(→だから弓状になる)。

(以前ブログで詳しく書いたことのある、外裹と内撑の拮抗)

 

 この2人の形を見てから下の画像を見ると違いに気づくと思う。

 上のどれも、内側に巻く(外裹)の力が少なく、脚の外旋の力が優位だ。

 膝も角張って上の二人の師のような弓状の脚になっていない。

 

 内旋は背中側を開く。外旋は腹側を開く。

 両脚を開いた時に内旋の力を加えると股が深く開き腰が開く(园裆 /命門が開く)。胴体が3Dになる。

 

 言い方を変えれば、上の3人は腰が開かず园裆ができていないから、脚が弓状にならない。腰が開いて园裆になれば、脚には外旋と内旋双方の力が現れてくる(=脚は弓状になる)。

 

 そして女性が上のように股を開くのはとても注意が必要だ。女性は男性よりも簡単に股を外旋して股を開けるからこそ、開き過ぎないように逆向きの内旋を加味して骨盤や腹筋群まで外旋させないようにすることが必要だ。

 私の少林寺時代の友人でずっと武術を続けている女性は、その練習で股関節が摩耗し、膝も足首も捻れてしまった。私を訪ねてきて基礎から練習をし直して今は随分改善したが、彼女を教える際に労力を使ったのは、それまで積み上げてきた身体の使い方のどこが良くなかったのか、どこを改善すべきなのかを彼女自身に理解させることだった。 一見カッコ良いポーズに見えても、実はどこかに負担をかけていることが往々にしてある。股が開いたポーズはカッコいいからといってもただ坐胯すれば良いというものではない・・・

 

 一方、上のように股を大きく広げるのも注意を要するが、逆に股が開かないのも捻れを生む。

 例えば、下のような形。

https://youtu.be/4V1vIQSy1as

 

左は4左右搂膝拗步で方向を転換をする時の場面だが、膝と足首の捻れが凄くて驚いてしまう。

太極拳のことを知らない娘にこの画像を見せたら、足首や膝がものすごく柔らかい軟体動物のようだとコメントをしていた。

 

簡化では当たり前の動きでも、標準的な味方をするととても歪な動きだ。

 

まず、後ろ足の膝とつま先の向きが90度になっている!どうやってこんなことが可能になるのか私には謎だが、膝とつま先は基本的に同じ方向に向いているべし。でないと足首、膝、股関節にものすごい不可がかかる。この老師の場合は前腿の筋肉を発達させることでどうにかもっている?(太極拳の女の先生は上半身に比べ下半身が太くて重い人が多い。脚が太いのが『上虚下実』ではないのだけど・・・)

 

 そして前足の動きをみると、まず足首が外に向いてから膝を外に向けているようだ。これは膝が捻れる原因になる。本当は、足首と膝の回転は同時に行う。そのためには、まず股座(裆)を開いて股関節を回さなければならない。

 簡化の大きな欠点は股座だ。园裆をしないまま股関節を回そうとしてもひっかかってうまく回らない。結局、股関節、膝、足首が全て捻れてしまう。

 今日の生徒さんのうち一人は放っておくと股を開かないので、しつこく弓歩で股を開く練習をさせた。股は最初の画像の老師たちのように両足を大きく開いて深く沈むと開きやすい。高い姿勢になればなるほど园裆は難しくなる。高い姿勢で园裆ができるのは上級者だ。簡化は初心者用で高姿勢でやるが、その分、気を丹田に沈めたり、园裆をすることが非常に困難になっている。やはり、中姿勢での練習を意識的に混ぜる必要があると思う。

 もちろん、股を開くといっても、ただ股を開けば良いというものではない。园裆になるように股を開くには会陰を引き上げる必要がある。が、私が気づいたところでは、両足を大きく開いてそのまましゃがんで行く時に、両足に内旋の螺旋を描きながら身体を下ろしていくと自然に会陰が引き上がって园裆になるようだ。今日の生徒さん達にも試してもらったら反応はとてもよかった。 

 

 

  上のような動きは足のねじれの原因になる。

  そして、普段の姿勢や歩き方なども知らないうちに足のねじれを引き起こしている可能性がある。自分の普段の立ち姿でどのくらい足指が使えているのか、いないのか、それを確認してから、矯正のポーズをとって、どのくらい足指の感覚が変わるのかを確認する。脳でしっかりその違いを覚えて、あとは、毎日気づいたら、そのポーズをやる、継続あるのみ。(タントウ功をしっかりできる人はタントウ功にその矯正ポーズを入れ込めばよいです。)

 矯正のためのポーズはいろいろあるけれど、今日の生徒さん達に使ったのは、腰の王子のフィジカル診断後の矯正に使われるポーズ。私自身いろいろ試して見て、矯正の方向性を知るのにこれが使いやすかった。足の小指が使えないなら腕をこう使う、というような連動のさせかたもある。ただ前提として気を足の方に落とせないとうまくいかない。様々な連動がどのくらい使えるのかは生徒さんそれぞれに試してもらう必要がある。それをやっているうちに、気を腹に落とし込む要領を身につける人もいるだろう。連動には内気の強さが必要だと分かるところまでくれば内功そのものが身体の矯正として使えるようになる。

  最後に頭を乗せる位置の違いはダイレクトに足の使える場所を変えてしまう。これは頚椎一番の練習で実験できる。頭の位置が実は思っているよりも少し後ろ。そこで立てば踵の方に重心が寄る。これは日頃から気をつけて癖づける。ただそれだけ。

2022/12/27

 

 今年1月末にここで募集をかけて始まったオンラインの内功グループレッスン。住む地域の違う4人を集めて毎週決まった時間にレッスンをしてきた。もうすぐで一年になるんだなぁ〜

 

 オンラインだけでどのくらい教えられるのか、それも、マンツーマンではなく複数の生徒さんを同時に? 私にとっては実験のようなところもあった。しかし、一年やってみて感じるのは、”継続は力なり!”。

  毎週顔を合わせていると生徒さん同士も馴染みがでてくる。複数でレッスンすることの良さは、私と比較するだけでなく、他の生徒さんの動きも見て学べることだ。あるところはAさんが上手で、別のところはBさんが要領を得ている、ということもある。私の言葉で足りないところを同士の言葉が補ってくれることもある。できなくたってどこか楽しい、そんなレッスンになる。グループにはグループの良さがある。

 

 明日は今年最後のレッスンだけれども、年末ということもあり4人のうち2人しか参加できない。せっかくだから、やりたいことのリクエストをもらおうと聞いてみたら、参加する2人とも、”足の歪み”、だった。外反母趾、内反小趾、足指4-5が使えない、など。

  あ〜、足は私が最も苦労してきたところ。男性には理解できないほど、女性の足指の問題は深刻。たとえ足指に歪みがなくとも、足裏にしっかり体重をかけないで生活しているため足が薄っぺらいままの人も多い。足を見ればその人の身体の大まかな特徴が分かる、というのは本当だ。

 

 私自身は学生の頃に卓球をやり込んでいたが、今思えば、その際に足でギューギュー床を踏んづけて捻りながら動いていたのだと思う。大学2年の時に親指に力が入らないことに気づき外反母趾だと知った。その後卓球はやらなくなったが、足指の歪みは治らないまま、歳を重ねるごとに酷くなっていくようだった。

  太極拳を本格的に学ぶようになって、骨格の調整は丹田のある腰のあたりから開始できることが感じられるようになった時、この分だと、末端の首や足の調整は一番最後なぁ、と思ったころを覚えている。私と同じように外反母趾で悩む友達に、「太極拳で外反母趾が治せるようになったら教えてあげる!」と、言った記憶は今でも鮮明。もう10年くらい前のことかもしれない・・・

 

 結局、私の外反母趾を改善させるには内気を育ててその力で内側から骨格(アライメント)を少しずつ変えていかなければならなかった。自分の身体のどこがどんな風に歪んでいるのかを知るにもかなり時間がかかった。

2022/12/21 <頚椎のてっぺん 虚霊頂勁→沈肩の関係>

 

  昨夜のオンラインレッスンでの大きな収穫は、頚椎1番を意識できると沈肩ができるというのがはっきりと生徒さんに体験させられたこと。

   

  バレエのレッスンで首は一塊りで動かない、ということをしっかりと教わったが、頚椎の最も上、頭が乗っかっている場所を意識できるとその影響が肩や腕の動き、さらには、股関節の操り方にも及んでくると実感できた。

 問題は、果たしてそれを生徒さんたちに味わってもらえるか?

 

  昨夜は常連の生徒さんたちのレッスンだったが、基本の練習、太極円を描く練習などをさせると腕の動きがかなりいい加減なのが気になった。丹田を使って円を描くのは基本中の基本だが、それは大きな円になればなるほど難しくなる。馮老師のチャンスー功があれほど細かく編纂されているのも今なら納得がいく。ただ腕や手を使う動作に見えて、そこには全身の体の連携が現れている。見る人が見ればそれは一目瞭然。お茶などのお点前の練習でも外枠の形から内側の連動を感じることができれば(これを”悟性”があれば、と表現したりする)、太極拳と同じような動きになる。内側で繋がった体の動き方は共通しているからだ。

 

  で、頚椎1番。

  首を曲げずに頭を傾げる。

  そしてそこで咀嚼の動き。カチカチやる。もしくはアウアウと言う。

  アウアウ体操は以前から知っていた。頚椎1番や2番を動かすには首を回してもダメでアウアウと言うのが良い・・・整体師なら知ってる話。歯医者さんも勧めていたかな。

 

  これをやると後頭下筋群がかすかに動くのがわかる。

  この上に頭が乗る。

  頭がここに乗っている、と感じた瞬間、頭が軽くなる。

  きっとそれが『虚霊頂勁』

  感じると、なんだ、そんなに簡単なことだったんだ〜、とびっくりする。

  実際、昨日の生徒さん達も驚いていた。頭が軽いし目が高い。

  そして、その状態を保ったまま、腕を回してもらった。

  きっと最初と違うはず・・・

 

  回してびっくり。肩は上げたくても上げられない。

  この状態で太極拳の腕は使っている。

  沈肩がそういうことだったのか、と一発で体験できる。

  体の連動って本当に面白い。

  あとは、それを癖づける、毎日毎日。分かっただけでは実にならない。しつこいくらい思い出さなければならない。

 

  他の生徒さんたちにも教えてびっくりする顔を見てみたい。それは私の楽しみ。

 

 

2022/12/19 <楊澄浦の書の自序より>

 

 あの楊式の宗師、楊澄浦の書が日本語翻訳になって電子書籍で販売されているのを発見、早速購入してざっと目を通してみた。

 

 冒頭の「自序」では、祖父の楊露禅との対話が興味深い。

(楊露禅は楊式太極拳の創始者。陳長興の元で奉公していたが武術に対する熱意を認められ弟子入りを許され陳式太極拳を学んだ。のち北京に赴き王族などを指導しながら兼を改変。その後の楊式太極拳の原型を作る。)

 

  楊澄浦は幼い頃から祖父が父や叔父達と日夜太極拳の練習をしているのを見て来た。

  父は楊澄浦に太極拳を学ばせ継承させたかった。が、楊澄浦は一人一人を相手にする憲法に興味が持てず、もっと多数の人を相手にすることがやりたいとしぶっていた。

  

 そんな孫に祖父、楊露禅が言った言葉がおもしろい・・・

 

 「私はおまえに言っておく。私がこのように拳法を収斂し人に教える目的は、人と戦うことではなく、自分の身を護るため。整形の道をはかるのではなくて、国難を救うためなのだ。」

  「我が国が貧しいのは、国民の体質が衰弱しているからだということを君子達は気づいていない。全国のいたるところに病人がいたら、誰がこの国を復活させる重責をになえるだろうか? 国民の体質衰弱の増加は貧困を生む。貧しさの実際の原因は国民の体質が衰弱しているからだ。」

 

   なるほど・・・と読み続けたら、続けて

  

 「核国がどのようにして栄え強くなったかを考えてみると・・・欧米は言うまでもなく、(日本)島の国民は身長が低いが、ちいさくもたくましく力強い。我が国民は飢えて痩せこけた体で対抗している・・・」

    

   清朝末期はまさに中国没落の開始時期

 

  「国を救うには国民の衰弱した体質強化が緊急課題である。」

  「しかしながらどうやって? 我が国にも武士道の者と見劣りしない人がいる。中国にも強身術があるのだ。が、そのような鍛錬方法は秘密だからと教えてくれない。

   聴くとこは河南の陳家溝の陳氏一族に内家拳という名の知れた拳がある。そこで私は陳長興先生に学ぶために陳家溝に向かい・・・・」

   祖父楊露禅はそこで陳式太極拳を学んでこれを北京で教え、病気の者を健康にし、痩せたものは太らせた、ということだった。

   

   楊澄浦はそんな祖父の話を聞き、自分も太極拳を学んで国民の体質を改善し世を救おうと決心したという、そんな内容の対話。

 

 

   病弱で飢えたものばかりでは国は弱ってしまう、というのは言われてみればその通り。

   「太極拳を学ぶならまず強くなれ」と劉師父が第一回目のレッスンの時に言ったのを覚えている。「強い」ということを第一の美徳のように話すのは私には新鮮だったが、上の話を読むとその意味が理解できるような気がする。

 

  とすると、太極拳は”強身術”? 養生法と実質的には変わらないのかもしれないが、ただの養生法よりもパワーアップした感じだ。

 

  やはり欲しいのはパワー、パワーの源となるエネルギー。

 

  パワーを養うためにはただ太極拳の形だけをなぞるだけではダメだろう。

  

  正しい動きでなければ正しくエネルギーを導くことはできない。

  然れども、正しい動きをしたからといって必ずしも内側のエネルギーが導かれるとは限らない。

  本当に心から笑った時にできる表情は本物だが、同じような表情を笑わずに作ることもできる。しかし、偽の笑いにはエネルギーが通っていない。見る目があればそれは見抜ける。

      続く

 

 

 

2022/12/8

 

  簡化の動きと本来の太極拳の動きの違いを動画で説明してみました。

  結局、丹田・腸腰筋の話に戻ってくるようです。

2022/12/6 <簡化24式とは? 外形から勢い、威力へ>

 

 以前、私に対して「本当の簡化24式とはどういうものか、お手本を見せて欲しい。」と言ってきた人がいた。その時はあまり真剣に取り合わず流していたのだが、今になって少し興味が湧いた。

 簡化24式は25年くらい前にスポーツクラブで習った。私の太極拳との出会いだ。北京体育大学出身の先生達が教えてくれていた。形を覚えた後、もっとその先を知りたくなって、先生に「意と気の運用の仕方を習いたいのですが」と言ったら、「それはスポーツクラブでは教えられないから私たちのクラブに来なさい。」と言われた。が、当時は子供が小さくて東京まで習いに行けなかったので諦めた、という経緯がある。

 今考えると、たとえクラブに入ったとしても果たして簡化24式で気の運用を学べたのかどうかは疑問だ。その他の気功法(内功)を学ばなければならなかっただろう。

 

 簡化24式を改めて見直そうと動画を検索したら、中村げんこう先生という方がとても多くの動画を配信していた。一式一式丁寧に教えているものもある。体格が中国の太極拳の老師風でゆったりとしているのが気に入って動画を見ながら24式を少し真似をしてみたりした。中村先生は示範しながら細かく動きの説明をして下さっているのが特徴的。ポイントになるところが的確に押さえているのが分かる。この指示に順って動けば24式の動きは会得できるだろう・・・ゆったり最後まで通して動くとなんとなく気持ち良い。

 

 一通り通した後、では、もし私が普段のような体の使い方で24式をしたらどうなるのだろう?と、今度は動画を見ずにいくつかの簡化の動きをやってみた。そして気づいたのは、簡化で指示されるように体を使うと”打てない”ということだった。形は正しいのだが、力が出ない。”威力”がでないのだ。

 なぜ力、威力が生まれないのか? それは二種類の体の使い方をしてみて分かったのだが、それについては後日何らかの形で説明できたらと思う。

 

 簡化は楊式ベースのものだが、ここで、楊式太極拳宗師の楊澄浦(1883~1936)の定式と簡化24式の中村先生のものを比較してみると、威力だの、勢いの違いが感じられると思う。(中村先生の動画https://youtu.be/M3H6e7dm06Uhttps://youtu.be/-jX7PfrW4C4)楊澄浦の体はまさにエネルギーの貯蔵庫と化している。

 

 本来の楊式太極拳から簡化24式を作った時、簡略化にしたのは必ずしも”形”ではなく、それは”体の中身”だった・・・体の中身のハリ(ポン:膨らむ力)=内気の膨らみ:これが力(打撃の威力)になる。これは入門の簡化の範疇外。

 外形から入って次第に内側、核心へと進むと勢いが増し、威力が出てくる。エネルギーが満ち溢れてくる。精気神が中核となる。

 

2022/12/4 <腸腰筋と蹴り その3 威力へ>

 

  ワールドカップが盛り上がっている。サッカー選手の動きを見ると”ザ・若者!”という感じで気持ち良い。歳とって太極拳を始める人はいるが、歳とってサッカーを始める人はいないのがよくわかる。

 よく怪我をしないなぁ〜なんて感心してしまう。

 走って蹴る、これはバッドやラケットで球を打つよりもキツイ。体のうねりがそのエネルギッシュな動きを示している。躍動感がずば抜けている。

 足で蹴るということが実は足だけで蹴っているのではないのが選手を見ているとよくわかる。腹、体幹部がまさに全身運動、全身が一つ(周身一家)になった結果の蹴りだ。

 

 私は犬とボール遊びをする時にしばしばボールを蹴っているけれども、それはほとんど「はないちもんめ」の蹴り・・・

 

 サッカー選手のお腹を見ると蹴りにどれだけお腹(上半身)を使っているのかが分かります。中でも腸腰筋がボコッと出ているのは特徴的。

 ↓https://inoinori.hatenablog.com/entry/2014/10/01/172738

 これまでにも書いたように、太極拳でもこの腸腰筋はとても大事。

 ここを使わないと上半身と下半身が連動しない。

 丹田を最初に形成するのはまさにこの腸腰筋の部分を起動させるためだろうと思う。

 

 10代、20代なら丹田をわざわざ作らなくても元気(元々の気)が足りているのでそのまま運動しただけで腸腰筋が使いやすい。年齢が高くなるにつれて腹の気が減ってくると、腸腰筋をあまり使えなくなりその分、大腿部や腕など、所謂”四肢”に頼った動きになりがちだ。体幹部を主導にした動きを取り戻すにも丹田を使って腸腰筋を起動させるのは有効だと思う。(丹田が膨らむと腸腰筋が使いやすい。お腹にハリがない(ぺちゃんこorぶよぶよ)だと腸腰筋が使いづらい→使えないからお腹がさらにぺちゃんorぶよぶよこになる。)

 

 今日はレッスンの最後旋風脚の練習をしたのだけど、太極拳の旋風脚には高さよりも重さに重きがあると思って間違いないだろう。拳も他の拳法よりも重く作っている。1発でダメージを与えるような拳、蹴りだ。重くなるのは”放松”のたまもの。

 

 馮老師が旋風脚の実践を教えている画像がある。

 これと、メディアにもとりあげられるカンフーの達人、宗麗老師の演舞を比べてみると面白い。

 私も30代前半は宗麗老師のようなカンフーの動きに憧れていたものだ。

 スポーツクラブの太極拳では飽き足らなくて少林拳を習い始めたのもアクロバティックなかっこよさに惹かれたからだった。その頃は上の馮老師の動きには見向きもしなかった。

 が、37歳の時に鄭州で開かれた武術大会に団体出場した時に、転機が現れた。

 少林拳、長拳などのアクロバティクな拳法は20代がピーク、30代から次第にキレがなくなり重くなり、40代はどうにか、50代になると足がもたついて悲しい結末に。一方、太極拳は、年齢が上がるごとに深みが増す・・・そんなことがさまざまな選手の演舞をみて感じとれたのだ。

 太極拳が内面とどう関わるのか、それを知りたくて太極拳に転向、結局今まで続けてしまった。

 

  上の馮老師の旋風脚、何度見ても笑えてしまう。

  蹴られた王風鳴老師は馮老師の娘婿だったが、馮老師は気に入ってはいなかったとの噂がある。(その後王老師は離婚してフィンランド、それから米国に移住します。)

  馮老師の蹴り方がなんともリアル。王老師のこと、本当に気に食わなかったのではないかと思うような蹴りだ。思いっきり放松してガン!と蹴る。

  宗麗老師のような演舞は見せる(魅せる)演舞だが、馮老師は見せる見せない御構いなしのスタンス。このあたりが太極拳の内面性かと私は勝手に思っている。

  

  そして馮老師の蹴りはかなり痛そうだが、それは老師が腹腰で本当に蹴るつもりで蹴っているからだ。サッカーの選手がボールを蹴る時と同じだ。

  演舞になると、本当に蹴る、という意識よりも、足を高くあげようとか、腰をこう使おうとか、かっこよく蹴ろうとか、なんやかんやと意識が散漫になりがちだ。ただここを蹴る、という一点に全てを集中できない。

  馮老師の凄さはその一点集中度だ。意が一点集中すると気(エネルギー)もそこに集中する。威力が出る。

  威力が出るような練習、という観点で考えて見るのも面白そうだ。

『今日のメモ』毎日の練習は気づきの宝庫。太極拳の練習の成果が何に及ぶかは予測不可能。2012年9月〜のアーカイブは『練習メモアーカイブ』へ

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練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

   馮志強老師著

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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

発表の抄録、資料はこちら