2015年4月

2015/4/25 <姿勢の要領、どうクリアしていくか>


 立つにしろ、套路をするにしろ、太極拳では守らなければならない姿勢がある。

站椿功ではまずその姿勢を身体に定着させることを目標とする(動きながら正しい姿勢を保つのはとても難しいから、まずは動かないでその姿勢を保てるようにする)。

 結局、その姿勢が取れなければ丹田に気は集まらないし、丹田に気を集められなければ内気で動くという太極拳の醍醐味を味わうことはできない。


 姿勢についての代表的な要領には次のようなものがある。


 虚領頂勁、舌抵上颚、下顎内収、沈肩墜肘、含胸拔背、塌腰敛臀、

 松(坐)胯屈膝、圆裆、提会陰


 これらの要領の中には矛盾するようなものがあるので、最初から全部を同時に行うことは無理だ(が、実はこの矛盾するようなものがあるこそ、そのせめぎ合いの中で内気が作り出される)。

 だからはじめは一つ一つ要領をクリアしていく。


 太極拳を習うにあたって、まずできるようにならなければならないのが腹式呼吸。

これができないと丹田云々の話にならない。

 そしてできそうでできないのが腹式呼吸。腹式呼吸を教えている様々な分野の先生でさえ、実はちゃんとした腹式呼吸ができていないことはしばしば。

 私達が通常行っている胸式呼吸から腹式呼吸に変換させるには、意識的に胸にある気(空気)を腹に押し下げる必要がある。この要領が『含胸』だ。


 『含胸』をして胸の気を腹の方に落とし込む過程で、『拔背』『塌腰』『敛臀』を行っていく。

先に下あごを少し引いておく要領(『下顎内収』)と股関節と膝を曲げる要領(『松胯屈膝』)を最初にやっておけば、ここまでで臍あたりの位置まで気が落ちるようになる。ここが腹式呼吸の出発点。


 ここでしばらく意識的に息を臍と命門の間で行き来させたりして気の量を増加させる。

 そのうち意識しなくても勝手に腹で呼吸するようになってくればOK。次に進む。


 この段階までは、①『含胸』そして②『塌腰』『敛臀』をクリアすることが大きな目標。

 そしてこれらの要領をクリアすると、きっと股関節が緊張している(鼠蹊部が前に突き出たようになっている)。だからここで『松胯』(股関節を折り込むようにする)の要領を付け加える。

 『松胯』しないと臍のあたりの気をさらに下腹部に沈みこませることができない。即ち『気沈丹田』ができない。徐々に松胯しながら、命門が閉じないよう(腰が反らないよう)、即ち上の①②の要領がなくならないように練習する。ここの矛盾点をどう解消するか、これが一番難しいところ。ひょっとすると、太極拳の練習の中で一番難しくキツイのはこの部分の練習かもしれない。

ここが超えられたならば後はそれほど難しいことはない。


 『松胯』の後には『坐胯』がある。股関節の緩みの程度が大きくなればなるほど、腰の自由度が増す。

 このあたりの話についてはまた次回に。





2015/4/22 <特別レッスン⑤ 四肢回し、外三合、本当の松と偽の松>


 今日は二人組で四肢を回す練習。

 養生法として『四肢要常揺』、即ち、四肢はよく揺らさなければならない、という言い方があるが、これを太極拳的に行うと手と足の螺旋運動の練習になる。足と手を同時に動かしたければ、外回転ならば『運手(雲手)』、内回転ならば『被身捶』の動きをすれば良いことになる。

 そしてこれを二人組で行うのが、推手であり、推腿(二人の膝を合わせて回す)の練習になる。

 一人で回すよりも二人で回した方が相手の力の負荷がかかる分関節が良く動くようになるし、気の運び方もよく分かるようになる。

 腕にも脚にも大中小の三つの関節(肩肘手首、股関節膝足首)があるが、すべてがちゃんと回るように練習していかなければならない。そして二人で推し合いをする場合もタントウ功の要領を保つこと。頭頂を少し上に引き上げ、含胸をしてお尻の力を抜く(斂臀)。すると腹に気が落ち足まで達するようになるし、腰の動きの自由度が増す(お尻に力を入れることの弊害:①足に気が落ちない。足の力がでない。②腰も固まって動くことができない)。


 また、外三合も登場。

 ①肩と股関節、②肘と膝、③手と足。これは定式に向かって動いていきながら、①→②→③ の順番で合わせていく。手足という末端まで気を届かせて初めて③が完成する。③の状態に達する前に動きを止めてしまってはいけないということ。


 生徒さんから本当の”松”と嘘の”松”の違いは何かという質問があった。

 これは気が丹田に沈み落ちているかどうかの違い。

 一見身体の力が抜けているようなのに丹田に気が沈んでいない場合は、往々にして”弱い”だけということがある。弱弱しいのと”松”は違う。『気帰丹田』、即ち、気が丹田に”帰る”、つまり、本来あるべき場所である丹田に帰って初めて”松”ということになる。

 そういえば先日雑談で、ジャッキーチェーンは”松”しているのか、という質問があったが、これに対する師父の答えは、彼の場合は”柔軟”だが”緊”である、というもの。バレエダンサーに関しては、関節がとても開いているが、しばしば身体は”剛”で”緊”だという見方。これに対し、玉三郎のような女形は太極拳と同様、”柔軟”で”松”しているとのコメントだった。

 柔軟だからといって放松しているわけではないし、関節が開いている(可動域が大きい)からといって放松しているわけでもない。丹田に気が落ちて初めて”松”して”柔軟”な動きができるのだろう。そしてそのように練習していると関節も次第に開くということのよう。

 『松に始まり松に終わる』というのが太極拳の道理。

 だから、まずは含胸を徹底して腹に気を落とし込むことをスタート時点として取り組んでいこう。

2015/4/19 <特別レッスン④ 苦 腹式呼吸、松、含胸>


 タントウ功である程度外形(姿勢)が整ったら、腹を動かして呼吸をしてみる。

吸ってお腹を前にだす(臍を開く)、吐いて腰を広げる(命門を開く)、という順腹式で始めるのが順当。

 実際に掌で腹を押されて、「吸いながらここ(腹)で私の手を押し出していきなさい。」、と言われても、すぐには吸っても腹が膨らまず、若しくは息が続かず、かなり苦しい思いをした人も多かった。


 腹式呼吸をしなければならない、というのは皆知っているが、教える側も教わる側も含めて、本当に腹式呼吸を会得し身体に身に定着させるのはとても難しい。それほど、私達は胸で呼吸することに慣れている、ということだろう。

 ちょっと気を抜けば胸に気が上がってしまう。腹に気を落とし込んでおくために、どのくらいの意識と体内の力が必要になるか・・・これは練習で体験した人でなければ分からないかもしれない。


  腹に気を落とし込んだ状態を「松(ソン)」と呼ぶならば、「松」とはなんて苦しいのだろう。

 「松」を日本語で「力を抜く」などと訳してしまうと、大きな勘違いをしてしまう。時に、「松」だからと言って、身体をぐにゃぐにゃにしたり、手をぶらぶらにしたりする生徒さんがいるけれども、「劲儿(力)」がないプラプラした状態は「懈」(たるんでいる、だらけている)と表現される。つまり、「松」は「緊」でもなく「懈」でもない。

 ・・・といっても、こんなことはどれだけ考えても無駄なので、身体を使って苦しい思いをしながら試行錯誤、模索して自分で探すしかない。


 今回の特別レッスンで皆が感じているのは、本当の練習は苦しい、ということかと思う。

 私一人のレッスンの時はどこかで厳しくするのを控えていたこともあって、本当の練習をさせていなかったのかもしれない。心のどこかで、厳しくすると生徒さんがついてこられない、辞めてしまうのではないか、という危惧が無きにしも非ず、というのが正直なところ。

 でも今回意外だったのは、苦しい練習を皆が喜んでやっていること。苦しいのが楽しい?苦しい練習を是非経験したい、とはっきり言った生徒さんは一人や二人ではなかった。


 太極拳は道教をベースにしているから、太極拳の練習は気持ちよくなければならない、と、馮志強老師の三女の秀茜先生が教えてくれたことがある。これは仏教の”苦”に対する道教の立場とも言えるが、その気持ちよさ(舒服)を得るためにはまず”苦”を潜り抜ければならない。”苦”を経ずに直接気持ちよさを得ようとすれば、恐らくそれは頭を中心とした気持ちよさ、想像上の気持ちよさになるだろう。

 身体の内側が勝手に動き出すような状態、身体の内側が”活”する(活性化される)状態、ここに入って初めて本当の気持ちよさ、放松、が現れてくる。この時には頭は周辺に追いやられ、自分の中心は丹田になっている。


 どうすれば放松できるのか、という問題は、どうすれば丹田を身体の中心にさせられるのか、という問いに変換できるし、それは、どうすれば丹田が現れるのか、という問いになり、そして、どうすれば腹の奥が活性化するのか、という問いに置き換えることができる。腹の奥が活性化するには息をそこに吹き込まなければならないし(正確には三性帰一、丹田を目で見て、耳で聴いて、心で想う、が必至。”意”なくしては気が集まらない。)、それには腹式呼吸をする必要がある。


 結局冒頭の話に戻り、腹式呼吸ができなければ話は始まらないのだが、そのためには通常胸のあたりにある気(息)を腹に落とし込まなければならない。

 そしてここであの、『含胸』の要領が登場することになる。


 (私を含めて)全員が胸を押されて注意を受けたと思うが、この『含胸』が腹式呼吸をするための要。これができなければ丹田に気も集まらないし、放松もできない。

 『含胸』は練習中だけでなく、普段の生活でももっと意識的に躾けなければならないなぁ、と思うところ。



2015/4/17 <特別レッスン③>

 

だんだんメモが間に合わなくなってきた。

今日話題に上った話で大事そうなところを覚書き。内容、分からなければまたクラスで聞いてもらうことにしよう。

 

・後天の気で先天の気を補充する、というが、それを練習に当てはめれば次のようになる。

 ①まず静功で気を丹田=脾=後天の本に集める。

 ②それから腰を回す三つの動功によって①で集めた丹田の気=後天の気を命門・腎=先天の本へ送る。

 

・練内不練外 ”外”=筋骨皮を練習するのではなく”内”=気を練習する

 練下不練上 ”上”=上半身を練習するのではなく”下”=下半身を練習する

 練柔不練剛 ”剛”を練習するのではなく”柔”を練習する →『柔極生剛』

 

・人間の身体は樹やビルと同じ。根、土台が深ければ深いほど、高く伸びる。根や土台が下半身。

 下半身を鍛える。上半身は乗っかっているだけ。上半身は虚。(スケートの羽生君がお手本?)

 

・すぐに回れるようにしておく。腰で回る。軸を崩さない。股関節を緩める。上半身を松することが大事。

 

・打たれそうになったらその部分を松する。腹に気を落とし込むと松できる。

 

・腰回しの時には腹に力を入れない。腹の力で腰を回さない。腹の力を使うと腹が緊張して気が丹田に落ちない。

 

・ 『稍领中随根节催 』 手=梢(末端)は領(導く)、腰=中節は随(従う)、足=根は催(促す、急き立てる)


・丹田に気が溜まり腰に力が出てきたら、腰は”随う”だけでなく『腰於主宰』(腰が身体を統治)になる。

 

・太極拳の練習で学んだことは身体に染み込ませて普段の生活で活用しなければならない。

 or, 普段の生活で自然に出てくるように、練習で学んだことは身体に染み込ませなければならない⇒功夫を身に着ける。 (例:思いものを抱え上げる時の動作。双腿昇降功やタントウ功の中環混元椿を応用)


・印堂穴→祖窍穴、丹田→祖窍穴、とまず祖窍穴で気を合わせてから丹田に下げていくと気が減らない(これは話をしながら実験。生徒さんの中にも分かる人がいた。面白い、いや、なんだかえらく重要な要領のような・・・。もう少し深める必要あり。)


 

 

 

2015/4/15 <特別レッスン②>

 

火曜日室内練習のメモ。

この日は室内だったこともあり、かなり細かい指示があった。

厳しい雰囲気の中でタントウ功が始まり、きつい思いをした人も多かったかも。

私が覚えていることをとりあえず下に列挙。

 

1.タントウ功 相変わらず含胸。これはどれだけ言われたか分からない。

2.収功の仕方 身体弱い、虚→吸うを多く。強い、実→吐くを多く。一般的→同じくらい

3.双腿昇降 やり方の修正 

        降りる時 掌根で陽の脈をこすり落としていく要領。

        上がるとき 小指外側で足の陰脈を反り上げていく要領

         →丹田まで上がり帯脈を通って腎に戻る

        頭頂が上を向いたまま

4.帯脈磨盤 左回しの時左の腎の力を使う(引っ張り込む力)。(可能なら右の腎で押し出す)

       右回しはその反対。

5.歩く練習(進歩) 後ろ足の膝の回転を使う。膝(中節)の回転で足首と股関節を回す。

       膝の回転→足首の回転→足裏に力が落ちる→その力を使って蹴り込む→重心移動

6.片足の膀胱経を片足の胃経で打つ練習 (説明省略)

7.24式について

  とりあえず覚えるのが第一段階。

  第二段階は規範に従った外形をつくるところ。

  そして第三段階として内気を使って動くことがある。

   →第二段階をちゃんとやらなければならない。

    第3式~第10式までについて細かな指示あり。

  ・親指で力を導く(逆転)、小指で力を導く(順転)をちゃんとやる

  ・眼 どこを見るか。

  ・手の位置を正確に

  ・虚歩の意味

  ・重心移動が甘い。最後まで行き切る

     →蹴った足のひざ裏が伸びるくらい(が、伸びきらない)

      (蹴った足の足裏からから力が発しそれが膝裏を通らなければならない)

  ・肘の重要性 引手の肘と拳が引っ張り合いになる箇所がかなりある。

  ・どこを打っているのか?この手は何をしているのか?を知る

8.圧腿 毎日やる。基本。ひざ裏を伸ばす。足があがるようにする。

 

 

今日水曜日のクラスのメモ

1.タントウ功 

  上半身の要領

    含胸→肩甲骨が開く→命門が開く 

    ここまでいくと鼠蹊部が前に出て股関節が緊張するから、鼠蹊部を後ろに折り込む

      (→するとまた命門が閉じてしまうから、ここが難しいところ)

  下半身、膝を曲げ、膝を外旋

2.拍打功の説明 

   (1)片手でもう片側の肩井と肺兪を叩く。

   (2)腕の陽面 肩→肘→手首の順に 陰面はその反対 (陽降陰昇)

   腰からお尻 (下へ)

   脚の陽面 股関節→膝上・膝下→足首の上 陰面はその反対に昇っていく。

   (3)拍手 100回、200回 腕の力を抜いて放松してやる

 

ここまで書いたら頭の動きが止まったのでとりあえずここまで。

 今日は午前中に3時間みっちりとマンツーマンの練習をした。

 24式と48式のチェック。まだまだ細かいところに注意が必要。

 

        

 

 

 

        

2015/4/12 <特別レッスン① 今日の練習のメモ>

 

忘れないうちに今日師父から学んだことをメモ。今日の生徒さん達はどのくらい覚えているかしら?

 

1.結論:松に始まり松に終わる。一番難しいのは松。(これはいつもいつも言っていること)

 

2.大事な要領は①含胸(ダン中のツボを引く)②命門を開く(腰を心もち丸めにする)。

  そしてこれができたら③松胯。

  ①と②はセット。③は①②に矛盾する。だから難しい。

  ③までできれば気が腹に沈み込み腹式呼吸ができる。 第一段階の出来上がり。

  第一段階ができたら、圆裆や足の要領、肘の要領、等々を付け足していく。

 

3.足の親指が地面から離れないこと。

  扣(かぶせる)と 抓(つかむ)の違い。<この辺りはレッスンでかなり説明しました>

  扣と抓はいわば陰陽の関係。

  養生重視なら扣が主、打人目的なら抓が主になる。

  扣は土踏まずが上がって、足指から甲、足首に至る線が伸びたようになる。

   (その結果、湧泉穴が使えるようになり、足指から足首に至る経絡を通すことができる。)

  タントウ功の時は扣、打拳の時は扣と抓の転換がある(陰陽転換)。

      扣をしておけばどんなにしゃがんでも膝が前に出ない(膝を守る)。

 

4.腕の力を抜く。手首の松。

  手をチューリップの形にして高速で回す練習。外の気を手に集める作用あり。

  手に気を集めた後で日月旋転をすると効果的(心と肺の内功)。

 

5.双手揉球のやり方

  労宮と臍をつなぐ(三角形)。手を回すのではなく身体を回す。

  まずは丹田と二つの腎を回す。

   (意念の持ち方によってどちらかにする、あるいは両方にすることが可能)。

  そのあと股関節も一緒に回す。

  順回転(後回し)は井戸のつるべを引き上げる要領。手の力は3割、足腰の力が7割。

   (右手と左臀、左手と右臀の引っ張り合いの要領。臀に坐る。これは練習が必要)

 

 

6.帯脈磨盤のやり方

  三つの回し方がある。手と腰を一緒に回す→半周遅れで回す→手を腰を反対方向に回す

    (→に従って腰の運動量は大きくなる。)

  左回りの時は左の腎を使って回す。右回りの時は右の腎を使って回す。

 

7.肘の要領

  墜肘の大事さ。これができていないと気が上がってしまう(肩も上がる)。

  墜肘の感覚を身体で覚えて、どんな時も墜肘を崩さないようにする。

 

8.ゆっくり動くのは速く動くのより難しい。それは自転車と一緒。

  動きのコントロール、意による気、力のコントロールの練習。

 

9.第5式単鞭と第7式斜行の共通点。

  肩の力の使い方。勾手を逆回転することにより(親指を外向きに回転させる)力をもう一方の手に伝える(気は背中側を通る)。

  

10.引手が大事。常に引手が打つ手の発動力になっている。

 

 

 今、思い出すのはこんなところ。

 個人的には、足の扣の要領と、坐胯 坐臀については師父との練習でもう少し深めたいところ。

 また、いろんなところに对拉(引っ張り合い)が隠れているが、まだ気づいていないところも多いよう。更に意識的に練習する必要あり。

 60歳でもまだ功夫は高められる。今回師父の動きを見てそう感じた。毎日の練習の積み重ねが本当に大事だということ。

 

 

 

 

  

 

 

2015/4/10 <ツボを感じる、内気、内気を育てる、経典の読み方>


 生徒さんの中には鍼灸師が数人いて、練習中私はよく彼らや彼女らに質問をさせてもらっている。


 この練習では内気を溜め、その内気で身体の内側から外側に向かってツボを開いていく。

が、まず十分な内気を溜めるまでにかなりの時間がかかるし、その上で一つ一つツボを開いていくとなると相当な時間と労力が必要になる。

 ただ、一度ツボを外に向かって開く感覚を経験すると、ああ、身体にはまだ体感できていないツボがいっぱいあるのだろうなぁ~、と、宇宙に思いを馳せるのと同様な未知の世界に対するワクワク感が出てくる。


 かといって、別にツボを知るのが目的で練習しているわけではなく、身体の中で気が詰まってしまう時、その辺りにあるツボをうまく通していない(=意識できていない)のが原因であることが多い。そんな時に手持ちの本などでツボの位置を調べるのだが、本で調べたり、それではっきりしない時は鍼灸師の生徒さんを捕まえて、△△のツボはどこ?と質問して、その場所を押してもらう。


 ハリや指圧は身体の外側から内側に向けてツボを押す。そしてツボを開き気の流れをよくする。

他方、自分でツボを開ける場合は、身体の内側から外側に向けてツボを押し開くようになる(高校生の頃、くしゃみをしてスカートのホックが弾け飛んだことがあったが、力のベクトル的にはそれと同じ)。


 太極拳は自己マッサージだ、と馮志強老師が良く言っていたが、それは内側からツボを開き、経絡を通すからだ。そのためには前提として内気が必要で(くしゃみの直前に感じられる腹部の空気の圧力のようなもの。それが爆発するとくしゃみになる)、その内気を育てる練功を『築基功』といい、それに用いられるのがタントウ功だ。


 このあたりのことについて馮志強老師のテキストに以下のような記述があった。


 入門指南の(一)『太極拳の練習は無極から始める』より


 内功を練習するにはまず内気を練らなければならない。

 気は勁の体(母体)で、勁は気を用(いたもの)だ。

 内気が満ち足りていれば、勁は満ち足りている。

 内気が不足していれば、勁は疲軟(力がなく軟弱)になる。


 内気を練る功法は多いが、その中でも、静かに立つ無極タントウ功は内気を練る主要は功法であり、築基功法である。

 よって、まず無極を求めるということは、まず内功を求めるということであり、即ちまず内気を育て大きくするということである。


 無極タントウ功を静かに、久しく行うことによって、次第に内気が育ち大きくなり、丹田が充実し、(内気が通ることにより)経絡が開通し、(内気が)全身に行きわたり、身体は空気がいっぱいに入ったゴムまりのようになり、全身は弾力性に富んだポン勁を形成することになる。


 更にこれに陳式太極拳の独特の螺旋缠丝の方法を合わせることによって、内気を筋肉・皮膚・骨・関節内に缠绕(ぐるぐる絡みつきながら)運行させ、骨髄の中に入れ込んでいく。

このようにして陳式太極拳特有の剛柔相共にする缠丝内勁ができあがる。



 練習を始めた頃にこのような文章を読んでも、文字の上を目が上滑りするだけで何も頭に入らなかった。数年後に読んだら、ところどころ、引っかかるところが出てきた。また数年経って読むと、そうそう、と納得するところがちらほら。記述の中に分かるところが半分以上あれば、後は、自分の練習で行き詰った時にこのような経典を参照すれば、解決の糸口を与えてくれるようになってくる。

 このような本は自分の体験したところまでしか理解できない(どんな本でもそう)。

 たまに読んでみると、どのくらい自分が進歩したかが分かる。

 結局、本を本当に理解したかったら自分を筆者と同じ境地まで高めるしかない、ということのよう。



2015/4/5 <病は気から、七情、感情と気の関係>

 

 気が付いたら新年度に入っていた。

 先週火曜日の公園は桜が満開で花見客でにぎわっていた。レジャーシートを広げる人達に囲まれ練習場所が減ってしまった。乱入者もいたりして落ち着かないこともあったが、どんな環境でも心の平安を失わず・・・というのはとても大事な練習のはず。

 

 身体の健康のために最も大事なのは心を伸びやかに健やかに保つこと。病気の原因の7割は心にある、とも言われたりする。

 一生懸命練習をしても、すぐに怒ったり、文句を言ったり、批判をしたり、落ち込んだり、後悔したり、不安になったりしていると、せっかくの練習の成果も上がらない。

 身体と精神は二つの車輪なので、どちらも修練しなければ片手落ちになる。

 

 生徒さんの中に癌を患って死に直面するような状態から、それを克服した人がいる。

その体験談を聞いていて印象的だったのは、病室である先生の本を読み、笑う、ということを実践していたということ。面白くもないのに、ただ笑う。そんな健康法だが、それが実際に功を奏したという。

 

 『病は気から』なんて言い古された言葉でも最早あまり注目されていない感もあるが、改めて見てみると、すごい格言だと思ってしまう。

 ネットの辞典で調べてみると、このように書いている。

病は気から


【読み】やまいはきから

【意味】病気は気の持ちようによって、良くも悪くもなるということ。

【注釈】心配事や不愉快なことがあったりすると、病気になりやすかったり、病が重くなったりするものである。気持ちを明るく持ち、無益な心配はしないほうが、病気にかかりにくかったり、病気が治りやすかったりする。

 

 この諺が中国から来たのかどうかは分からないが、中医学では文字通り、病は気の状態によって引き起こされると説明される。

 そして人の”気”の状態は感情によって変化するので、良くない感情を排除することが大事だという。この注意すべき感情とは『七情』、即ち、『喜・怒・憂・思・悲・恐・驚』だ。

 

 この練習を長く続けていると自分も含めて他人の気の状態も見えるようになってくる。すると下のような説明も、まさにその通り!良く言ったものだ!、と座布団を三枚あげたくなってしまう。

 

『喜即気緩』 

  喜びすぎると気が緩くなり過ぎる。その結果、気(呼吸)も短くなり続かなくなる。(笑いが止まらず笑い続けているところを想像。確かに呼吸が浅くなり疲れてくる・・・)。

 

『怒即気上』 

  怒ると気が上がる(顔が赤くなるのがその証拠)。下がるべき肝の気が上がってしまい肝臓を傷める。

 

『憂思気結』 

  憂えたり考えると気が結んで(結合して)固まってしまう。憂いは脾を傷め、思(考える)は胃を傷める。考えることは精神を集中させるから、長時間考えていると気の流れが悪くなる。憂えたり考えたりしていると消化が悪く胃の調子が悪くなる。(昔の中国では学者と言えば胃が悪くて痩せているイメージだったらしい。)

 

『恐即気下』 

  恐れると気が下がる。腎を傷めて、失禁が起こる。(ジェットコースター乗り場にパンツが売られているのはこのため?)

 

『驚即気乱』 

  驚くと気が乱れる。心を痛める。神(自分の精神の中心のようなもの)は心に宿るが、心気が乱れて神の帰る場所がなくなる。

 

 春夏は気が上がりやすい。いらいら、怒りっぽくもなる。

 感情が気の状態を変えるのであれば、逆に、気の状態をコントロールすることによって感情をコントロールできるはず。体内の気が正しい理想的な状態にあれば、否定的な感情に支配されることはないだろう・・・。

 P(感情が変わる)→Q(気の状態が変わる)という前提の下、Q(気の状態を変える)→P(感情が変わる)が本当に成り立つのか?

 これは私自身まだ真正面から取り組んだことのない練習。これは真剣に実験してみなければならない。


 

 

 

 

 

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3月4日(土)にパネリストとして参加しました。
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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

発表の抄録、資料はこちら