2012年11月

2012/11/30 <『周身一家』全身はつながっている!>

 

今日で11月も終わり。

午前恒例のママクラス。初めて和室で行ったが、赤ちゃんを連れたママ達にとってはリラックスできてよいようだ。

授乳中、断乳直後ともに肩廻りの凝りに泣かされるママ達が多い。

 

肩をほぐすコツは、肩ばかりをほぐそうとしないこと。

ほぐそうとしたい箇所ばかりを、回したり、動かしたり、引っ張ったり、と、所謂一点集中攻撃をすると、後でかえってその部分の筋肉が固くなったりする。これは私自身、”××マン体操”などの流行の肩甲骨体操をした時に筋肉が攣れたようになってしまった経験がある。

 

身体は実は全身がつながっている(太極拳ではこれを『周身一家』と表現する。)。

私達が便宜的に、ここが肩、ここが背中、ここが腰、ここがおしり、等と分けているだけであって、本当は切れ目なんてない。全部つながっている。だから一部分だけを突出させた形で運動させれば、他の部分とのバランスが悪くなってしまって、身体はその悪くなったバランスを取り戻そうと、元から見ればバランスを崩した形でバランスをとろうとしたりする(ややこしい?)。

このあたりを良く分かっている人は、「まず全身をほぐしてからストレッチをしましょう!」と言う。全身を緩めて、全身の筋肉の”遊び”を作ってから、局部的なストレッチをする。そうすれば局部的に引っ張っても、他の部分が”攣れる”ことが少なくなる。

 

そして全身をほぐす要点は、腰と股関節をほぐすこと。

腰は身体の中心に位置する。

ここがほぐれれば全身の力が抜けてくる。いつも練習で、これでもか!というくらい、各種の腰回しをする理由はここにある。

 

腰回しをすれば背骨が動く。

上に行けば、腰椎、胸椎、頸椎、全てが動く。肩甲骨も動くし、肩廻り全てがほぐれる。

下に行けば、仙骨、尾骨、股関節、膝、足首、全てが回る。

腰回しが身体全体に連動して、頭のてっぺん、足の先まで伝わるくらい、身体の力を抜いていく。どこかを固めていれば、腰回しの振動がそこでストップして、それ以上伝わらなくなる。

 

「勁をどう通すのか?」と武術を練習する人から聞かれることがあるけれども、勁は積極的に”通す”のではなく、勁が通るような緩んだ身体を作らなければならない、というのが本当のところ。緩めて緩めて身体の中に空間ができて初めて、ピストルで弾を打つように、丹田から発射された力が身体の筒の中をものすごい速さで通り抜けるようになる。

この物理的な道理は人体でも同じ。

 

太極拳では、人体には18個の球があるという。そしてこの球はボールペンの先のようにクルクル滑らかに回らなければならないとされる。

この18の球とは、両肩、両肘、両手首、両股関節、両膝、両踵、両臀、首、胸、腰、腹だ。

全ての球が連動して回ることにより、全身が一つになる(混元一気になるという)。

一つが動けば全てが動く。つまり全てが連動しているということ。

このような全てが連動するような身体こそが、滞りのない、詰まりのない、通りのよい、健康な身体。気持ち良い身体。

そんな身体を理想に毎日”詰まり”を取り除く練習をし続けているのかもしれない。

 

 

2012/11/28

 

今日は公園で一人で練習。

今日は少し雨が降って底冷えがしていて、公園へ紅葉を見にくる人も少なく、練習をする私の周りには樹以外はいつものカラスくらいしかいない。

站樁功をすると一気に身体が地面に落ちていくような感覚になり、それとともに自分の頭脳も下に落ちてしまったかのようになる。自分の中心が頭から下っ腹へ落ちてしまうと、何かを考えようと思っても考えられない。雑念を湧かせることもできない。ただただ腹の奥が開いて、そこが辺りを見回しているような感じ。だから眼はつぶっていても、周囲の音や気配は全て分かっている。思考がなく、感情がなく、ただ感覚だけがある。

意識ありながら深く寝ているのに近いのだろうか?意識ありながら死ねばこういう感じなのだろうか?

こんな練習をすると、自分が随分遠いところに行って来たかのような感覚になる。

深く入った後は、いつも何かしら新たな発想、感覚がある。

今日も醒めた瞬間、「ああ、そうだ~!」と一つ発見。それは『美』についての新たな認識、そしてこの人生で自分の目指す所が見えたような喜び。

 

本当は、今日はこれをブログに書こう!と思っていたのだけれども、赤坂スタジオの話が月曜夜にも及び、関連するHPの記事を書き換えたりしているうちに、夜も更け、更け過ぎて(また夜更かし!)・・・そんな『美』の美しい話は書けなくなってしまった。

是非自分のためにも書き残しておきたい。明日、書けるかなぁ。覚えてられるかなぁ。

 

 

2012/11/25 <若さの秘訣、「気を溜める」+「気を漏らさない」>

 

ほとんど運動をしたことがないという女性の生徒さんを指導。

ほんわか、のんびりした、子供が大きくなっただけのような女性。おそらく化粧もしたことがないのでは?と思われるような”素”のまま。

最初彼女が来たときは20歳過ぎかな?と思ったが、実際の年齢がそれより15歳も上でとても驚いた。

 

確かに運動は得意ではなさそうだが、性格がとても素直。できないのをできないなりに一人一生懸命練習している。

そんな彼女を見ながら、何故彼女がこんなに若いのか?そればかりが気になる。

練習しながら、少し質問をしたりする。

まだ結婚していなくて、親元に住んでいる。よく寝るという。仕事も今はしていないよう。

ちょっと天然なのかしら?私が「会陰を引き上げてね。会陰は女性なら膣の意識でいいですよ」と言うと、股間に手を当てて軽くジャンプしていたりする。

反応が面白い。深刻ではないけど、子供のように一生懸命やっている。

 

最近私は中医学の観点からみた養生法にとても興味があるが、彼女を見ると、「元気(生まれながらにして持って生まれた気)」を損ねていないのだなぁ、と思う。

 

人間は生まれた時に「気」を腎臓に蓄えて生まれてくるが(先天の気)、年と共にこの気は減り続け、消耗しつくしたところで死を迎えるという。「気」が分かりにくければ、「生きるエネルギー」と考えればよい。若い子が元気で、年よりに活力がないのは、ひとえにこの「気」の量の違い。老化はこの「気」の減少の現れ。

だから老化を遅くするには「気」を補充するとともに、「気」の漏れを防ぐ努力が必要となる。これが養生の道。

 

「気」の補充は、ちゃんと食べて、ちゃんと休んで、ちゃんと寝ること。気功は太極拳の練習は気を補充するとともに、眠っている「気」を活性化させる効果がある。

 

一方、「気」の漏れは、様々な身体の活動と心の活動によって起こる。身体を動かせば気が使われる。しゃべっても気が漏れる。目を使うのもかなり気を消耗する。身体の九つの穴から気が漏れるので、用のない時は締めておく(目2、鼻2、耳2、口、肛門、尿道)。なおこの中には含まれていないが、臍と女性の膣からも気が漏れる。特に出産後の女性は膣を引き締める訓練が必須。

また、心の状態で気が消耗するので、できるだけ心は平静を保つべき。情緒不安定だったり、怒ったり、恨んだり、喜怒哀楽が激しかったりすると気が減ってしまう。

 

そういう点から言えば、今日の彼女はちょっとぽっちゃりめで、良く食べ、良く寝ている様が見受けられる。そして、あまりくよくよするとも思えないし、怒り爆発、という姿も想像できない。いつもどこか”少し”楽しそう。(私にとってはやはり謎の彼女!)

 

中医学では、七情(喜、怒、憂、思、悲、恐、驚)が次第に五臓に影響して、様々な病気が作り出されてしまうとみる。これは、現代医学でも、突き詰めればストレスが病気の原因というのと同じこと。目に見えないものがゆくゆくは目に見えるものを形作っていく(『空即是色』の一つの現れ?)。

心の状態が若さや健康に与える影響は計り知れない。

 

この人生の中で身体と心をどのくらいうまく操れるか、それが修行。その修行をストレスにしては元も子もない。これをゲームのように楽しんでやれるようになりたいものだ。

 

 

2012/11/24

 

保土ヶ谷での練習。

午前中雨かと思い急遽屋外練習を中止して、午後の屋内練習に切り替える。

しかし実際には雨は降らず、連絡がうまく取れなかった生徒さんが午前中に公園に来ていた。一緒に2人で練習。

午後は突然の予定変更にも拘らず7人集まる。午前中練習した生徒さんもまた参加。新しい生徒さんも一人。

 

最近は他の所で既に太極拳を習っている方が、身体の使い方を学ぶ目的で私のところに来ることが度々ある。今日の、午前午後ともに練習した生徒さんや新しい生徒さんも、楊式の簡化24式を学んでいる方だ。このクラスには男性にもそのような方がいる。

 

自然、私は皆の知りたい身体の使い方に重点を当てた練習をすることになり、結局ろくに陳式の24式を教えることなく2時間が過ぎてしまう・・・陳式の醍醐味まで伝えるまで至らないのはまだまだ自分の実力不足。

 

実際、フルコースで練習すれば、1時間~1時間半の站樁功、1時間の動功、1時間の太極拳(24式、48式、通し及び単式練習)、と3時間はすぐに経ってしまう。でも時間的に無理な人もいれば、体力的に無理な人もいる。せいぜい2時間で練習を終わらせられるよう、站樁功、動功、太極拳をそれぞれ30分から45分くらいの間でするようにしたいと考えているのだが、時に脱線して、今日のように動功だけで1時間半以上やってしまうこともしばしば。

 

それはそうと、帰り道、新しい生徒さんから、「昔はお尻を一つきゅっと固めて立つのが正しいと教えられていましたが、違うのですね。」と一言。今まで正しいと信じていたことが実はそうではない、という新鮮な驚きがあるよう。

ああ、私もそうだった~、と私自身も無我夢中で学んだ頃のあの気持ちを思い出す。

毎日”目から鱗”の連続!へぇ~、そうだったの?という一つ視野が開けたような感覚。

 

「力を出したければ力を抜け!」から始まり、「上に行きたければ下に行け!」とか、背骨を真っ直ぐにするにしても、”固める”のではなく”ゆらゆら”真っ直ぐに立てるとか、女性なのに少し股を開いて椅子に座るとか、胸は張り出さず奥に引いておくとか、ウエストのくびれはタブーで寸胴を良しとするとか、脚は太いのが良いとか、おしりの筋肉は緩めておくとか、数限りなくありそうだ。

 

もちろん、ただ立つだけで身体が鍛えられる(站樁功)なんてその最たるもの!

「何で立ってゆるゆる動いているだけでそんな身体になるの?」と、空手を趣味にしている私の主人が不思議そうに聞いてきたことがある。確かに、筋トレをするわけでもなく、激しい運動をする訳ではないが、一般女性に比べればかなりの筋肉質。ほとんどストレッチもしないが、站樁功などで身体を緩めていくうちにいつの間にか随分関節が開き、気が付くと開脚もできるようになっていた。

自分でもこの練習は面白いと思う。そして生徒さんを教えながら試行錯誤しているうちに、今では断片的ではあるがかなり”理屈”が分かってきた。

 

それでもまだまだ断片的。

「站樁功はどうやるのですか?」という本当に基本的な質問に対しても、うまく説明できない。どこからどう説明をするのか?脚が痛い、膝が痛い、とかいう場合にどう対処するのか(私は試行錯誤しながらひたすら耐えた、が、耐えられない人にはどうしたら良いのか)?意念をどう持たせるのか(集中できない人にはどうするのか?)?丹田に気を溜める要領をどう教えるのか?その後気の量を増やせるか?大きくした気の内圧で命門を開けられるか?徐々に背骨を開けていけるか?足に向けて落とす方法?

・・・同じように立っていても、それぞれの段階に応じやっていることは全く違う。段階ごと、段階ごとに別の指示が必要となる。その段階に応じた適切なやり方をしていなければ、進歩しないばかりでなく、時に道を逸れることもある。とても微妙な調節が必要になったりする。ここに、本だけでは学ぶことのできない難しさがある。

 

「もし今、一年前と同じ練習をしているとしたら、それは退歩している証拠だ」と師父によく言われたが、それは別に一年前まで遡る必要のない話。昨日と今日が一緒でもいけない。

毎日練習しながら、それが惰性ではなく確実な進歩になるには、不動の信念と常に新たな感覚を探す開いた心が必要。そこから”悟性”が生まれた時、進歩は”飛び級”をする。

 

 

 

 

 

 

2012/11/23  <新規入門クラス開設!>

 

<お知らせ>

 

12月より赤坂見附駅前のスタジオにて新クラスを開設します。

詳細は以下のとおりです。

 

 時間:①日曜朝9時~10時

    ②月曜夜18時45分~20時

 場所:アカスタ(赤坂スタジオ)http://www.akasta.net/map.html

 内容:24式入門(24式を覚えながら身体の使い方を学ぶ)

 料金:2000円(一回毎)

 

このスタジオは鏡張りのダンス用スタジオです。

自分の身体の動きを鏡でチェックしながら練習できますので、24式を練習するにはとても良い環境です。教える方としても、振り返ることなく生徒さんの動きを見ることができるというメリットがあります。

全く初めての方に限らず、既に私と練習している生徒さんでも、時に室内で練習すればまた新たな発見があると思います。

(注:同スタジオのホームページを見るとベリーダンスの妖艶な先生の写真があったりして、男子禁制のような印象を与えますが、全くそのようなことはありません。念のため。)

 

なお、このスタジオは所謂カルチャーセンターではなく、個々の先生がスタジオを借りて教える仕組みになっています。受付もなく、ビルからエレベーターに上がればそのままスタジオになっています。

赤坂見附A出口から徒歩1分。立地条件はとても良いです。

 

日曜朝若しくは平日夜の時間を利用して練習してみたいという方がいましたら、是非こちらよりお気軽にご連絡下さい。

 

 

 

 

2012/11/18 

<屋外練習が基本!、風を通過させる→漂々とした上半身→岩のようにどっしりとした下半身>

 

昨日一日降り続いた雨もあがり、今日はすっきり晴れる。

 

昨日は屋外での練習を断念し、一人で屋内施設で練習した。

プレハブの簡単な作りの屋内施設は、窓を開け放てばかなり外の空気を取り入れることができる。しかし、どの屋内施設でも感じることだが、屋内での練習は屋外練習に比べ、身体がなかなか緩まない。

昨日は生徒さんもいなかったので、一人で集中して立てたのだが、それにしても身体の力が抜けるのに非常に時間がかかった。力が抜けてくれないと、立っているのがとても辛くなる。股関節が緩まないのが身体の力の抜けない一番の原因なのだが、もぞもぞと、微妙に角度を変えたりいろいろやってみるのだが、うまくいかない。そのうち脚も痛いし、肩に気がつっかえるし、疲れを感じ、諦めたい気持ちも芽生える。

ああ、みんなが站樁功を嫌になるのはこういう時なんだろうなぁ~、と雑念も浮かぶ。

時計を見ると30分経っている。

ここでやめたらもったいない。

大きく深呼吸して、また目を閉じてみる。

ほどなく、股関節のつっかえていた部分がポキッと開き、一気に重心が下がり、椅子に座ったような安定感が出る。するとみるみるうちに、仙骨(仙腸関節)がグググッと鈍い音を鳴らしながら開いてくる。更におしりが緩んだ証拠。ここまでいけば、上半身の気が一気に足まで落ちていく。

結局1時間立ったが、途中暑くて徐々に服を脱ぎ、最後は半袖になっていた。

 

今日は屋外。風かかなり強く吹いていた。

生徒さんより早く到着するように行き、まずは一人で立つ時間をとる。

立って瞬間的に身体が緩むのが分かる。気が足まで落ちるのに3分から5分くらい(のよう)。股関節のつかえも気にならないので、もう少し後ろへ、もう少し後ろへ、と重心を更に後ろにずらしながら(おしりが更に座るようになる)、会陰から百会のラインが貫通するような位置を探す。うまい位置に入ってしまえば、自分が身体が別々に感じられ、自分は奥深いところにいるような、もしくは逆に自分が身体全部を包み込んでいるような感覚になる。

しばらくして生徒さんが来て挨拶をしてくる。が、こういう時はなかなか”外”に出て行けない。目を開くのも大変だが、声を出すというのはとても大変。自分が随分奥深くに行ってしまっているのが良く分かる。外界と自分の距離は非常に大きい。(きっと熟睡している時に自分の”いる”場所は、この先もう少しのところなのだろうと思う。)

 

太極拳の練習は屋外が基本。

春夏秋冬、さまざまな天候、条件の中で練習することによって、体質も強くなり抵抗力もつく。屋内で育ったものよりも屋外で育ったものが強いのは、植物、動物、人間でも同じ。現代人の体質が弱くなった原因は自然との乖離。一日中屋内にいては弱くなるばかり。寒さや暑さ、全てを経験することで身体は一段と賢くなる。

 

実際、私自身しょっちゅう感じることだが、練習場所の公園の敷地に足を踏み入れると、知らないうちに呼吸が深くなる。身体中の細胞も開くようだ。

身体が外気を察知して自動的に適応モードを作ってくれる。そのような身体の自己調整的な働きは一生鈍ることのないようにしたいもの。

 

さて、雨や風が非常に強い時は站樁功を含めた静功はしないのが決まり。静功は自分と外界の気を合わすので、外が荒れている時にやれば自分も乱れてしまうというのが理由。こういう時は動功や套路をやって自分も動く。外が動いているから自分も動いても大丈夫(地震の時に、じっとすれば揺れを強く感じるが、自分が飛び跳ねていれば揺れは全く分からなかったりするのと似ている?)。

 

今日のように時々強い風が吹くときは、風が来た瞬間に自分の上半身の力を思いっきり抜く。紙のようにピラピラにして風に漂ってしまえば風に押されることもない。うまくやれば、身体を風が貫通していく。

これは上半身の力を抜く非常に良い練習になる。

風が吹いてきたからといって、身体を硬直したり、立ちはだかったりすれば、却って風の力を真っ向から受けてしまう。しゅるしゅるっと抜けさせてしまうのが正しい身体の使い方。これは相手から打撃を受けた時の受け方でもある。

 

人間の身体は樹に例えられる。

脚は根っこ。上に行けば行くほど細くなる。「上虚下実」はその様を表している。

風が吹いて根っこが揺らぐようではその樹は立っていられない。

逆に根っこがしっかりしていれば、葉っぱや梢が風にどれだけ吹かれようと、樹は立っていられる。

つまり、脚がしっかりしていなければ上半身の力は抜けない。逆に、下半身がどっしり安定していれば上半身は漂うほどに力を抜くことができる。

 

「脚は毎日鍛えなければならない」というが、下半身が弱くなれば身体を支えるために無理な力が上半身にかかってくる。するとそのうち上半身にある内臓にも影響が出てくる。

強い下半身は健康の要でもある。

 

2012/11/16 <身体の勘、腰で感じる、丹田で見る>

 

今日はママクラス。

最近公園でも数回やっているが、2人組で手をつないで、自由に歩き回りながら腰回しをさせてみる。

この練習は、第1に、相手と引っ張り合いをしながら腰回しをすることで、自分の腰がきちんと回っていない場所(=弱点)が明らかになる。

第2に、相手がどう動くかをとっさに身体で察知し相手に合わせたり、先回りして自分が相手をリードしたり、と、”身体の勘”を鍛えることができる。

そして、第3として、相手に合わせる”身体の勘”を得るためには、自分の”眼”が役に立たないこと、即ち、相手の動きを察知する場所は”腰”若しくは”腹”だということが分かってくる。

 

実際、眼で相手の腰や足の動きを追っている人は、相手に合わせることができない。頭で考えれば考えるほどこんがらがってくる。そういう人には目を閉じてやってもらう。コツが分かれば大して難しいことではない。腰がクルクル回って緩んでいれば、そのあたりがセンサーになって相手の動きを察知し、身体の微調整をしながら自然に動いてくれる。

これがある程度自由にできるようになり、楽しそうに動いている二人組に、「今、どこに意識がありますか?」と聞くと、みな、「お腹の奥」と答える。眼は開いて相手の顔を見ていても、眼の奥では自分の腹底を見ている。そこが『丹田』。身体の中心。

 

私達は無意識の内に丹田を使っていることがなんと多いことか・・・。

無意識なものを意識化する。これは太極拳の練習で非常に重要なこと。

 

 

 

2012/11/15 <力を末端に伝える、身体の力を抜くことと丹田の関係(考察)>

 

今日は太極拳をある程度学んできた男性生徒さんが練習に来た。

他の太極拳のクラスではなかなか学べない「正しい身体の使い方」を是非教えたい、と私も気合いが入る。

「正しい身体の使い方」の要点は『自然』であり『無理がない』こと。

だから、①力を抜くこと(「放松」:重力に身を任せること)、②身体を赤ちゃんのように柔らかくすること(筋肉、靭帯、関節、骨など、全ての身体を構成する部位が柔軟で弾力性があること)が非常に大事になる。

 

さて、練習の最後に男性生徒さんと単推手を少しやってみる。

右手と右手を合わせて相手の手を押しながら平円を描く動作だ。これは開いてを片手で推し出す技や、片手で真っ直ぐ打ち抜く技の基本動作になる。足腰の力をどれだけ手まで届けられるか、この練習をすると、お互いの”功夫”(身体が発揮できる力の容量)が一目瞭然になる。

 

最初は正確に動けるように2人で手を合わせてしばらく平円を描く。

そして徐々に私が身体の力を抜いていき、力が抜けるとともに、私の腕がとても重くなっていくことを体験してもらう。数回回すと相手は腕の重さに耐えられなくなって、腕を回し続けられなくなる。

フランスでも185センチはあるような男性と同様の練習をしたことがあるが、他の男性同様、途中で私の腕の重さに顔をひきつらせながら辛うじて動作を続けていたことがある。みな「何で?」と不思議そうな顔をする。

 

これが「力を抜くと、力が出る」という太極拳の道理。

だから1にも2にも「放松!放松!」と言われることになる。

 

ただ、それが道理と言っても私自身「本当はどういうこと?」という疑問がなきにしもあらず。これまでそれ以上に突っ込んで考察したことがなかったが、大学時代の卓球部の先輩とのメールのやりとりの中で、ある理屈が明らかになってきたような気がする。

 

例として一本のゴム紐を想定。

ゴム紐の先端がA点とB点だとして、A点からB点に力を届けることを考える。

この時、A点がB点の方に向かって動いていくと、ゴムが緩んでしまい、B点には力が伝達しない。逆に、A点がB点から遠のくように動いてゴムが伸ばされれば、AB間には引っ張り合いの力が生まれ、B点には外向きに弾き出されるような力が生み出される。

つまりB点の威力は、A点が遠のき、AB間が伸ばされるところから生まれる。


ここで、両足肩幅に開いて立った状態からの右手のパンチを想定。

この時、腹がA点、拳がB点にあたる。

右手の拳に力を加えようと身体が”少しでも”前方に動いた場合、AB間の距離が縮まりゴムが緩むので、B点のパンチの威力は弱まることになる。

反対に、重心を少し落として腹の奥に”丹田”を作り出した場合、A点が腹の前方から奥の丹田に動くので、AB間の距離が大きくなるとともにゴムも引っ張られ、結果としてB点のパンチ弾き出される力が大きくなる。

 

つまり、B点(打点の位置)を相手側に動かすのではなく、A点(丹田、若しくは身体の発力の位置)をどれだけB点から遠ざけることができるか、が肝要になる。

 

ここで、丹田の位置は固定していないことに注意。

毎日站樁功をする意義の一つに、丹田の位置をできるだけ下げていく、というのがある。

最初は臍下あたり、と言うが、臍下あたりに丹田(身体の中心)がある人と、股間あたりにまで丹田が達している人では、断然後者の方が打点(B点)に与える力が強くなる。

股間あたりに丹田を作るためには股関節が相当開いて骨盤が自由自在に動くようになっていなければならないが、そのような身体であれば、足の力が丹田に達し、丹田の力が倍増する。

 

そして最初に書いた「力を抜く」ということは、重力に全てを預けてしなだれ落ちるような身体を、足裏の湧泉と、会陰、喉奥、頭頂の百会、という身体の中心をつなぐ上向きのベクトルだけでバランスを保っているような状態。

本当に全部力を抜いてしまえば、人は立っていることができない。

それでも立っているためにはどこかに力がかかっているはずだが、それが表面上の筋肉や関節ではなく、身体の最も内奥部分であることがミソだ。すると、力が入っていない筋肉は、必要な時に自由に力を発揮することができる(ちょっと前の「肉」と「肌」の説明を参照)。

そして力が抜ければ抜けるほど、その中でも特に腰や股関節の力が抜ければ抜けるほど、丹田(腹部の力を集められる場所)の位置が下に落ちてくる。しかもその体積も増える。

これが威力の元になる。

太極拳の技で、瞬時に腰を落下させてしゃがみこみながら相手を打つ技が多々あるが、それは打つ瞬間に丹田の位置を股関節を通り抜け足裏まで落とす(丹田と脚を一体化させる)ようなこと。

ちなみに最強の人は丹田がどこにあるか分からないというが、これは全身力を抜くことで丹田が足裏から頭頂を抜けるラインで柱のように広がり、身体がただの”筒”(即ち”空”)になるからだと思う。(站樁功で気が身体に充満した時の状態、気が身体を貫通して外界と自分の境界がなくなる感覚:天人合一を身体で知る時です。)

 

この理屈はB点が刀だったり、卓球やテニスのラケットだったり、書道の筆先だったり、包丁の刃だったり、はたまた歯ブラシのブラシの先端部分だったり・・・、と応用範囲が非常に広いと思う。(歯ブラシを歯に押し付けてこすったり、筆先を紙に押し付けて字を書いたりするのはタブーということ。ちょっと自分が”引く”ことで末端に気が達する・・・これはかなり感覚的な表現ですが。これで分かるならそれが一番!)

 

 

 

2012/11/6 <坐禅の要領、正座、跪坐>

 

早速坐禅を皆にやらせてみる。

これが思っていた以上に案外大変。

坐禅はヨガでも禅でも、そして太極拳のベースにある道教においても基本的な修錬法だが、それぞれやり方が違う。

太極拳のベースにある道教の煉丹術では、気を丹田に溜めそれを全身に回すことを目的とした坐禅になる。つまり、ただ胸を張って背骨を真っ直ぐにしていても意味はない。息を下丹田近くまで下げ会陰や肛門を引き上げ、その接合点の力をずっと感じ続けていなければならない。

 

その姿勢だが、まず半跏趺坐で座り(男性は右足が上、女性は左足が上、時にバランスをとるために替える)、肛門が床から離れるか離れないか、というくらいまでで仙骨、尾骨を立ち上げ骨盤を立てる。左右のお尻の部分は床から離れないようにする。お尻は下から左右に割れたようになり、会陰が床に押し付けられるようになればよい。この時上半身がかなり前のめりになるかもしれない。鼠蹊部がかなり織り込まれ、下腹部が張り出してくる。徐々に上半身をまっすぐにするが、この時、腹や腰の部分で上体を引き起こさず、床に接着した会陰から頭頂の百会までを”棒”が貫通していると想像して、根元の会陰を起点に棒をそのまま起こしてくる。最初はその棒が、前方上方に傾いていているのが普通。下腹部に気が溜ってくればくるほど、上体を起こしやすくなる。

 

この姿勢をうまくとれれば、尾骨が後方に引き上がり、それに引っ張られて会陰も引き上がるのが分かる。すると、いつでも前方に立ち上がっていけるような力が丹田に生まれてくる。・・・この感覚が得られればしめたもの。あとはその状態にを保持して、意念を常に丹田に向け、その力(内気)を育てていく。 これが生命力、活動力の根源となる。

 

・・・が、実は、最初から坐禅でそのような感覚を得られる人は思ったほど多くない。

おしりが下がり腰が丸くなった坐禅の状態から、徐々に骨盤を回して立ち上げていこうとすると、結局おしり全部が上がってしまって会陰が床から離れてしまったり、若しくは全くお尻が上がらず骨盤を立ち上げられなかったり。

 

ということで、正座を試してもらう。

正座で背中を丸くした状態から、徐々に骨盤を立ち上げて会陰が真下に来たところで止めると下腹部に力が入りとても安定する。これが会陰から丹田に芯ができた感覚。

この感覚は案外とらえやすい。ここからさらに股関節(鼠蹊部)をおりこんで前かがみになり、下腹部を太腿にすりつけて前方に身体をスライドしていくと、さらに会陰が引き上がり、そのまま脚の力に頼らず、立ち上がれるようになる。(この感じが右上の妖艶な女性の写真。腰が折れ曲がったりせずに、背中から腰、仙骨、尾骨までの一連のきれいなS字カーブに注目!若さの賜物かもしれない。歳をとると腰椎、仙骨、尾骨をしならせるのは至難の技になる。)

この感覚を皆に何度も体験させる。

会陰を引き上げる感覚、丹田に力が集まる感覚、そして会陰の引き上げ力を使えば、脚に負担を賭けずに立ち上がってこられること、などが分かる。

このような”いつでも立ち上がれる”正座を教えていると、いつも私は「きっと昔の武士は、このような格好で侍っていたのだろうなぁ」と想像してしまう。背中を丸くして、落語家のような正座をしていたら、いざという時立ち上がることもできない。正座をしていても、仙骨を伸ばし少し前のめりになって、いつでも動けるようにしていたはず・・・。

 

と、少しネットを調べたら、実は武士は正座ではなく、「跪坐」(正座の状態から足の指の腹を床につけた状態:(完璧な形ではないが)右のイチローの写真参照)、もしくは片膝をついていたとか。

たしかに「跪坐」なら会陰が引き上がり丹田に力が集まる。 立ち上がるのも簡単。

 

この要領は坐禅でも同じ。站樁功でも同じ。そして動いても同じ。

いつも骨盤が真っ直ぐに立ち、会陰が引き上がり胸の気が落ち、丹田に力が集中している。

簡単なところから始めて身体にその感覚を覚えさせていくのがコツ。

 

2012/11/9 <坐禅はマスト(不可欠)!>

 

気がつくと一週間が経っている。今週も、練習中思うところ、考えるところ、多々あったものの、何もメモに残さず過ぎてしまった。

 

一番の懸案は、正直言うと、どう教えてよいか分からないところ。

教えたいこと、伝えたいことがたくさんあり過ぎて、時間オーバーになるか、生徒さんが「もう入りません~」と消化不良若しくはギブアップ状態になるか。

それぞれの生徒さんの状態を見て、それに応じたレッスンを心がけているが、特に意欲の高い生徒さんがいると私の教える意欲まで掻き立てられ、ちょっとやり過ぎてしまう。ここは反省点でもあるが、生徒の学ぶ意欲が先生の教える意欲を掻き立てるのだなぁ、と、自分が学ぶ立場だった学生時代や修行時代(?)を振り返り、しみじみとした気持ちになる。

自分に刺激を与えてくれる生徒さん達に囲まれていることはとても幸せ。

 

ここで、今週(あるいは、ずっと)言い忘れていたことがあるので、少し記しておきたい。

それは、坐禅の重要性。

私達は通常屋外で練習するので、その時に坐禅をすることはほとんどないが、坐禅は太極拳を練習する上での基礎の基礎の基礎(と、重要性をどれだけ強調しても足りないくらい!)。

站樁功と坐禅、この2つの静功なくしては、身体の基礎作りができない。

特に気の量の減ってくる35歳頃以降、静功の重要性はますます高まってくる。

 

站樁功については毎回練習で説明しているが、なかなかクリアできないのが、太腿の前面だけに頼らず、後方(ハムストリングス)、内側(内転筋)で立てるようになること。そのためには股関節、おしりの筋肉、靭帯など様々な個所が開かなければならない。

 

この基本的な身体の条件がクリアできていないまま、大会に出場しようと低い姿勢で太極拳を練習し続けて、結局、腰や膝、股関節を壊してしまっている人はとても多い。

一部では太極拳をスポーツのように扱っているところもあるので、その場合は怪我もしかたがないかとも思うが、本来は太極拳は養生法であるから、これを練習したために身体を壊してしまうとしたらやり方が間違っているはず。

 

さて、坐禅は心(「神」という)を鎮め、丹田に気を溜める(胸の気を下げ、会陰を引き上げて発火させる要領)ために不可欠だが、実はそれだけでなく、おしりを開き、脚を柔らかくするためにも非常に有効だ。

站樁功でなかなか後ろ側が使えず困っている人は、ことあるごとに家で坐禅の形で座って、おしりを開く練習をすると良い。前回メモでかいたお尻をパカッと開く要領は実は坐禅で行うと一番分かりやすい。

 

坐禅の具体的なやり方はここには書きません(ちょっと大変!)が、来週の練習ではみなに教えようと思っています。

ちなみに私も毎日大体45分から1時間くらい坐禅しています。

疲れた時はこれをすると、自分が「充電」され、ああ、充電完了~!というところまで体内に気が充満。

坐禅についてもどこかで整理してまとめたいところ・・・。

 

 

2012/11/3 <「斂臀」と「泛臀」、お尻を開く>

 

早くも11月入り。またしばらくメモをさぼっていた。

が、今日も含め、先週一週間の練習の重点は「おしり」。

 

今練習に来ている生徒さんの中には既に別の場所で太極拳を学んできている人が数人いる。その人達に共通するのが、「おしりは下げて腰を伸ばしていなければならない」という考え方。

 

尾骨を少し内側に入れ、腰を下に伸ばすような形を「斂臀」という。

子供や犬が親や飼い主に引っ張られまいと”イヤイヤ”をする時は、腰を丸くしておしりを落としているが、あのような形だ。こうすると腰や下っ腹に力が入り、”不動”の力が発生する。

 

太極拳ではこの「斂臀」を大事な要領としていて、どの先生も口酸っぱく生徒に教える箇所である。しかしこの要領を徹底させ、しかも、大会で高い点数を出そうと低い姿勢で練習しているがために膝や股関節を壊してしまう太極拳愛好者もかなりいる(私が日本にいる時に習ったある有名な先生も、オフレコで、「太極拳や膝や腰に良くない」と言っていた)。

 

が、実は「斂臀」は話の半分。

太極拳の中には「斂臀」に対して「泛臀(”翻臀”とも書く)」という要領がある。

これは尾骨を少し後方に持ち上げるような要領。

もし私達にまだ尻尾があったとしたら、「斂臀」は尻尾を股間へ巻き込んだような負け犬の姿勢、「泛臀」は興奮した猫のように尻尾が上に持ち上がった姿勢だ。

 

「泛臀」の良さは尾骨を上げることによりおしりが左右後方に張出し、臀部と大腿部が連結して使えるというところにある。走ったり、飛んだり跳ねたりするには、尾骨は持ち上がっていなければならない(そう、黒人のようなお尻!)。お尻が下に下がっている「斂臀」では走ることができない。

しかし「泛臀」の難点は腰が反りがちなところ。腰が反ると腰に負担がかかるし、引っ張られた時にすぐに引っ張られてしまう。

 

つまり、「斂臀」は力が背骨の力が足に向かって下向きにかかるので、杭のように動かない、というどっしりとした安定した姿勢になる。その代り、俊敏な動きはできない。

一方、「泛臀」は力が足から背骨に向けて上向きに走りやすく、俊敏な動きが可能となる。しかし腰を反らしてしまって下っ腹に力が溜められず、相手に引っ張られたらすぐに持っていかれてしまうようなところがある。

 

太極拳の理想は、①どっしりとした安定感がありながら、②敏速に動けること。

①のためには「斂臀」、②のためには「泛臀」だが、これを同時に満たす姿勢が本当の理想の形。これは矛盾するようだが、少し考察すれば可能なことが分かる。

 

・「斂臀」の醍醐味は腰を伸ばす(仙骨の上に真っ直ぐ腰椎がのるように腰のS字カーブを直線にする)ことによって、丹田(下っ腹)に力を溜められること。)お尻を下げるのは腰を伸ばすために過ぎない)

・「泛臀」の醍醐味は臀部と太腿の一体化。弱点は腰の反り。

⇒ということは、「泛臀」の要領でおしりと太腿を一体化させた上で、「斂臀」の時のように腰を真っ直ぐにしておけば、安定性と機敏さが同時に実現できる。

 

すなわち、①腰を反らせないようにした上で、②しっぽを上げる(尾骨、仙骨を後上方に少し持ち上げる)のがコツ。

そのためには、おしりを左右に割って後方外側に向けて張り出さなければならない。

おしりは凹みがなく、プルンと丸く張っているのが正しい形。

 

①と②は矛盾する。しっぽを上げようとすれば、通常腰は反れてしまう。(これは腰痛の元!)

この矛盾を回避するポイントが、おしりの左右への開き。

しかし、これがなかなか難しい。股関節や骨盤や腰、おしりの筋肉や関節の柔軟性がなければ実現不可能。赤ちゃんの時はみな真ん丸お尻だが加齢とともに形が変化。歳をとってプリンとしたお尻を維持している人はほとんどいないところを見ると、ここは毎日の練習が必要な箇所だと分かる。

 

なお、上級者向けに一言。

しっぽをあげた状態で、完全に①を満たすのは無理。しかし、外から見て少し腰が反っているかのように見えても、内側の命門のツボ(臍の裏)がちゃんと開いていて、背骨が頸椎から尾骨まで貫通していれば「斂臀」の目的は達成されている。

実際、馮志強老師の演武を見ると腰が反っているかのようだが、ちゃんと命門のツボは開いて気が背骨を上下に貫通している。上の白黒のお相撲さんの写真も然り。これは達人の域。

 

練習の順番としては、まず「斂臀」で腰を真っ直ぐにし命門のツボを開け、背骨の気を上から下まで通す。この基礎ができたうえで、しっぽを上げる練習をする。

 

ここでお相撲さんの身体の使い方は非常に参考になる。

四股は本当に大事な基礎トレーニングだが、これを正しく行う(太腿の外側、裏側を使う)ためにはかなりおしりが開かなければならない。だからお相撲さんは股割りをするというが・・・。

おしりはどうやって開けばよいのか?

そう、この一週間は生徒さんのおしりを見たり触ったりしながら、お尻が桃のようにパカッと開かないものか?と思いあぐねていたのでした。

 

あと適当に写真を貼り付けます。お相撲さんの”開いた”お尻に注目してください。お尻がここまで開けば太腿の外側のライン(胆経)や内側(腎経)が使えます。その下は娘にモデルになってもらいました。上側のようなおしりの人がとても多いのですが、こうするとおしりに気血が巡らず、上半身と下半身が分断されてしまいます。おしりの肉は固めない、が、張っている、が正解。

 

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練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

       馮志強老師著

ようせいフォーラム2017プログラム
3月4日(土)にパネリストとして参加しました。
ようせいフォーラム2017プログラム.pdf
PDFファイル 3.1 MB

 

2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

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