2011年10月 練習メモ

2012/10/14 <身体(形)と精神(神)の関係についてのお勉強>

 

午前中公園。生徒さんと一緒に站樁功。なかなか『入静』できないよう。ごぞごぞ動いている。神経が休まらなければ身体も休まらない。身体に問題あるから神経が休まらない、神経過敏だから身体に問題がでる・・・。この悪循環を断ち切りたいところ。

精神闊達、くよくよしない昭和10年代組の生徒さんの身体の強いこと!

くよくよ、じめじめ、うじうじ、は絶対に身体によくない。サンプルいっぱい。

黄帝内経にもあったなぁ。

身体(形)と精神(神)の関係について復習すべき。

 

身体と精神の理想状態は『形神合一』『形与神倶』

『形』を作る基本物質が精。精は臓腑の中にある。神と気から調整される。

『神』は精と気を調節する。神は気を馭する。

気は体内の活力の基礎となる精微な物質。生命活動の根本の動力。気→神(気化神)、「気充即神旺」。

『神』→『形』(精神→身体)

「喜怒不節即傷臓」「七情」(喜、憂、怒、思、悲、驚、恐)が過ぎれば身体を損なう。

その中でも五臓と関連づけられている情動(情志)を「五志」という。

「肝志為怒、心志為喜、脾志為思、肺志為憂、腎志為恐」

翻って、度を過ぎれば傷める(「怒傷肝、喜傷心、思傷脾、憂傷肺、恐傷腎」)。

(もちろん、一つの感情が一つの臓器を傷めるという厳密な相関関係はない。一つの感情がたくさんの臓器に影響を与えたり、たくさんの感情が一つの臓器に影響を与えること大いにあり。)

『形』→『神』(身体→精神)

臓器が病むとその臓器の気が損なわれる→情動不安定(→さらにその臓器、あるいは別の臓器を病む→・・・結局連鎖反応)

ちなみに

心に宿る気は「神」:精神、意識、思惟活動を担う。喜びは心から。

肝に宿る気は「魂」:排泄、血流調節。伸びやかさは健やかな肝臓から。詰まれば怒り。

脾に宿る気は「意」:運化(運んで変化させる)正常な思惟活動。

肺に宿る気は「魄」:傷つけば憂と悲を引き起こす。(憂は内側からきた悲しみ、悲しみは外側から来た憂鬱とも言える点で両者は仲間)

腎に宿る気は「精」:恐れと驚き。恐れはどの臓器からも発生する基本的な病原。

                  

                 これ以上はあまり実践的でない?今日はここまで。

2012/10/15

 

午前中、赤ちゃん連れのママクラスを教える。新ママ3人。ベテランママ4人。

生後4か月の赤ちゃん持ちの新ママ2人は腰痛持ち。腰そらし過ぎ。腰回しして命門開かせる。腎臓あたりの筋肉を使わせる。大汗。反り腰で腹筋緩んでいる。会陰の引き上げも足りない。

26歳のママは二人の子持ちながらパワーがすごかった。やはり若いと「気」も多い!

 

 

2011/10/16

 

午前中保土ヶ谷。声楽家は熱心で、すぐに変化、効果が表れる。普段身体の中を見て訓練している人は身体の感覚をつかむのも早い。中丹田から下丹田までを開ければ、声にも一段深みと響きがでるはず。女性で下丹田まで使える人は少なそう。恥骨を前に出した時におしりは後ろに残し引っ張り合いにする。仙骨のみを分離して前に移動する要領。

後ろ肩を使う練習必要。腰→背中→腕に行くには、後ろ肩が難関。肩の螺旋の重要性。

しゃがむ動功では、尾骶骨から頭頂まで弓のようになることを実感させる。頸椎下で止めないで貫かせるには顎を引く必要あり。

2011/10/17 <「含胸」が深呼吸の鍵>

 

今日はカルチャーセンター。一年以上続いている生徒さんの腰椎狭窄症が随分良くなってる。本人も喜んでいるが私が嬉しい!たかが二週間に一回の練習で・・・と思ったけれど、本人は毎日腰回しはしているらしい。継続は力なり。膝に対する怖さもなくなった、とか。次の目標は、おしり両脇の線を下に下げる練習すること。坐骨神経痛予防。秋になって身体が締まってきているので。弓歩でしっかり後ろ足の股関節を開かせ、おしりの両脇の線を意識させる。

糖尿病の人。足を固めないように股関節と膝を緩める練習をさせる。ストレッチが全くできず、私も困った!

糖尿病や肥満は食生活の改善が大事。運動しても食べ過ぎては痩せません。気晴らし、無意識で食べることの如何に多いことか。

私自身のこと。いつの間にか呼吸によって鼻から入った息が下丹田まで完全に届くようになった。本来の「深呼吸」の意味を知る。あ~、そうだったの!という驚き。胸を含む要領を掴んだことがその大きな要因。何度も師父に注意されてたのに実はっきりとは分かっていなかった、ということが分かった。「含胸」の含意は深い!

2011/10/18 <尻尾を上げる!><腕の螺旋、3点のポイント>

 

今日はいろんな生徒さんが集まる。

歳をとると片足立ち苦手になる。後ろにのけぞりがち。後頭部、首後ろを立て、胸を引き、腰とふくらはぎ下部(アキレス腱上)を張り出す。どれが抜けてもダメ。なんでふくらはぎ下部を自分で蹴りながら歩く練習方法があるのか、今になってその意味が分かる。

腰が垂れ、水平方向の動きが得意な人は往々にして腰の弾力性に欠けがち。尾骨、仙骨を少し持ち上げる練習をさせる。下半身が重い人に効果的。若い動物の尻尾には勢いがある。尻尾を立てる(尾骨を上げる)と会陰、肛門が締まる。早く動ける。

腕の螺旋。小指の小腸経を教える。肩、ひじ、手首の3点のツボをつなぐのがポイント。肩貞、小海、陽谷。中でも肘の小海はとても大事。ここを通すが否かで腕と手の動きが全く変わる。負担も違う。腕を傷めない。ピアノでも同じだ!

48式の練習に入る。二起脚。これはとくに女子には難関。跳べない!脚も上がらない。基本練習必要。足甲側の足首にあるツボ(中封か解谿)はとても大事。ここの曲げ伸ばしで足さばきが変わる。靴の先が地面に引っかかることが多いという生徒さんに多く練習させる

2011/10/19< 下環混元站、中環混元站、上環混元站>

 

急に気温が下がった。

60歳以上の女性二人は、股を開いてしゃがむことがちゃんとできる。その体勢で両膝を両肘で外に押し開いたまま、3人でおしゃべり。肩が気持ちいい、と感激している。上半身が開く。下半身がこれだけ安定すると、上半身はこんなに力が抜ける。立った時にもこのような上半身でいられるのが理想。

1年以上続いている人は丹田が分かる。練習浅いと掴みづらそうだけど、ひょんなことでコツをつかむことがある。今日は站樁功を無極だけでなく、下環混元站や中環混元站、上環混元站を少しやらせてみる。下丹田、中丹田、上丹田の位置に腕を丸く掲げて立つやり方。これをやると下っ腹の力で腕を上げ続けなければ、腕がもたないことが分かる・・・はず。けど、それほどはピンとこないらしい・・・。

自分のこと。胃が開く感覚が明瞭。下から開けていくと、身体の中が筒になる。通りがよくなり清浄な身体。内臓が感じられない。やはり腰と股関節のゆるゆるが前提。そこから始めることを忘れないよう!

2011/10/20 <清静>

 

生徒さんを立たせる(タントウ功)。静かだと思ったら寝ていたりする。雑念があってなかなか静かになれないか、静かになったらウトウトしている。ウトウトは身体がリラックスしている状態だから悪い状態ではないけれど、それではなかなか気がたまらない。醒めてリラックスしていなければならない。ある大家の言い方をすれば、「大脳皮質を休息させ、中枢神経の指揮によって全身の器官を協調的に機能させ、同時に神経の機敏さを訓練する」とのこと。すべて眠ってしまっては、もし不意に後ろから敵に殴られても分からない。それは無様すぎる!

 

ここに到達させられるか?教える側としては歯がゆいところ。自分ではない人の心身を扱う難しさ。

師父には「(中国本土では有りえないくらい)ここまで丁寧に教えているのだから、これであなたが進歩しないとしたら、あなたの問題だ。」と言われたことがある。そして具体的には、恒心(不変の志・努力)と悟性(ひらめき)の2つが必要だと言っていた。今、人を教える立場になって、それが良く分かる。”ものにする人”とできない人の違い。師父の口癖は「大浪淘砂」。大浪の中で濁ったものがふるい落とされていく様。試練をかいくぐってふるい選ばれる様。

 

どんなに静かで自分が奥深くにいようとも、いや、自分が静かだからこそ、「針が一本床に落ちた音」でさえ聞き取れる。その境地に惹かれて練習を続けているようなもの。

あの静かな、チンとしたシーンとした、息さえなく、いや息を呑むかのような、ただただ醒めた、冴えわたった境地。この世の動きが全て止まってしまったかのよう。自分の目がとても奥深くで止まって観ている。

それは中国語で「清静(チンジン)」とい言い表される。響きも素敵。

「吾人只要自性清静、自心清静、就清静了。」(性と心を清く静かにしさえすれば、清く静かになる。)

秋は最も清浄感を感じられる。自分の肉体が清浄になり、心が清浄になり、自分が筒になった時、初めて「捧げる」に値するものになったという感覚。あ~、としかいいようがないと先人も言っていたっけ。「自分の心のあまりのきれいさに感動して涙が出そうになる。」という一節はどこから来たっけ?全てが忘不了!(忘れ得ない!)

次の段階はその感覚をもっと固定させ、打拳の時にもそうなること。それから普段の生活時に広げていく。24時間この状態になったら・・・?私もびっくり?!不可能ではないはず。これも一歩一歩。「静心慢練」。

2011/10/21

 

午後から赤ちゃん連れのクラスを2つ教える。初心者クラスとベテランクラス。ベテランクラスは2周年を迎え練習後にプレゼントをもらう。懇談会で、この2年の身体の変化などについて話す。出産直後に比べれば体力は断然についている。足のサイズが大きくなったという文句(?!)もあり。確かに彼女のあの小さな足が少し分厚くなっている。これは気が足まで降りたという証拠。ちゃんと練習すると、大方の人が経験する。足裏に弾力が出て、掌のように足裏が使えれば理想的だけど道は遠く・・・。

やっと「気を練る」感覚を掴みかけるところに行き着いた。ベテラン4人くらいは感覚を取り始めている。赤ちゃんを連れての練習。2年かかるなぁ。でも「気が練れる」ようになって、初めて本当の「内功」になる。それまでは、文字通り「体操」教室。

2011/10/26 <対練の効用>

 

久しぶりの外練習。対練形式で腰回しを男性生徒とやってみる。力の抜ける箇所が丸わかり。やはり相手がいる状態で練習をすると欠点がよく分かる。他の動功にも応用してみたいと思う。

対人競技を経験したことがある場合とない場合の違いは大きい。その感覚を少しでも対練で経験したいところ。推手もいろいろバリエーションがあるし、もう少し模索して、楽しくて効果的な練習方法を見つけたいところ。

一昨日は二十四節季で「霜降」。11月7日が「立冬」。冬の間は、気を溜める一年で最高の時期。身体を強くする時期。(楽しみ~。冬の練習が一番好き!)

2011/10/27 <陰陽開合としての呼吸>

 

站樁功の時に生徒さんの横顔を見たら、口から息が漏れている。呼吸の仕方に問題ありと、丁寧に指で彼女の身体をなぞりながら呼吸を練習させる。吸う時に鼻から喉、胸奥、胃を通って臍を通り越し、関元のあたりまでを指でなぞって息を感じさせる。吐くときは、「決して対外に吐き出してはいけない」と教え(ここがよく分かっていない人が多い)、「ん~、と呑み込む」ように腹の気をさらに身体の下の方に押し込ませる。

しばらくして、彼女は要領をつかみ、普段の浅い呼吸との違いを実感。こうすれば身体も熱くなる!と感動していた。

 

実際、太極拳の動作の時の呼吸はそのようになっている。

簡単に書くと・・・

「吸う」は『蓄』、即ち技を発する前に力をためる役割がある。だから吸って気を丹田に溜める。

「吐く」は『発』、即ち技を発する時には息を吐く。だから吐くと気が身体の末端に向かって動いていく。

そして「呼吸」はこの「吸う」と「吐く」の繰り返し。即ち、吸って「気」を丹田に溜めて準備した後、吐いて「気」を丹田から身体の末端に動かしたら、また吸って気を丹田に戻す。(そして「気」を煉る時は息を止めて練る。)そしてまた吐いて発する→吸って戻す。

 

これは太極拳の大鉄則「陰陽開合」の表れ。

呼吸は意識と無意識をつなぐ。呼吸が変われば人が変わる。

次回のエッセイではこのあたりの話題を整理して書いてみようと思う。

2011/10/28 <無為を有為で達成する>

 

午後からママクラス。初めての人に立ち方の説明。つくづく思う、説明は難しい。いくら頭が分かっても仕方なく。身体がつかむしかない。”ああ、これっ?!”と。どこかで知っている、”そこ”の感覚。偶然にでも一度つかめれば、あとはその偶然が数度起こり、次第にそれが、自分で引き起こせるようになる。「無為」を「有為」で達成するような矛盾。無意識にできることを、意識化することによって、意識的に作り出せるようにする。練習は「無意識」を「意識」に引き上げていく作業でもある。その作業は集中力が必要だけれども、やりがいがある。知らない自分を発掘していくような楽しさがある。

風邪を引いた後身体が一段と開く。歩いていて、踵から背中を通って後頭部へ”抜ける”感覚がでる。本来、人間はこのラインで立ち、歩いていたのだろう。このラインはかなり”後ろ”。これなら身体の陽面(背中側、裏側一体)が”盾”のようになり、目と耳は一体となって外の感覚を捉えることができる。大自然の中で悠々と歩いていたらこのような感覚はとれやすいのだろう。だけど、いつも目的地に向かって道の上を歩いている私達は、どうしても眼が前だけを向いた前のめりの姿勢で歩くことになってしまうようだ。

2011/10/29<深呼吸の要領>

 

保土ヶ谷で教える。婦人科系の病気持ちで身体が弱くいつも青白かった生徒さん。この一年でかなり力がついた。手術も食い止めている。今日は呼吸を教える。指でなぞって息を恥骨近くまで降ろしていく。吐く時は身体の奥下に押し込む要領で吐かせる。彼女にとってはかなりの重労働のよう。しかし数回もしないうちに、彼女の頬がみるみる上気し、他の生徒さんも指摘するほどの若々しい顔色になった。会陰の引き上げについてはこれまでかなり教えていたが、呼吸でこれほど体内が活性化するとは。息が浅く、身体の中の活き活き感が足りない人にはとてもよい練習方法のよう。

2011/10/30

 

久しぶりの公園。早めに行って一人で站樁功をする。外だと全身の緩み方が違う。自然に抱かれるから身体が安心する。頭の上に空がある。いつも空が自分を引っ張っていてくれたことに今更ながら気づく。足の下には地面があり、頭の上には空がある。天と地に上下に引っ張られていれば、身体は自然に真っ直ぐになる。ただ、普段の生活では、天と地の力を感じる余裕がない。全ての動きを止めて、自然のペースに自分を合わせると、次第に自分が溶けてくる。溶けてすべてを委ねる。この上ない安心感。人が無意識に求めているのはこの安心感なのだろう・・・。站樁功や坐禅をしていなくてもこの感覚の中に留まりたいもの!

2011/10/31

 

カルチャーセンター。新入りの男性生徒さん。今日は第3回目。糖尿病を患っていて、最初は練習をしていても半信半疑だった。表情も強ばりがち。私も少し緊張していた。前回すでに態度が変わりつつあったが、今日は心を開いて笑いながらの練習。他の女性生徒さん達とも打ち解けた様子。いつか一緒にゴルフに行こうなんて会話をしている。少し身体が動くようになったのも機嫌の良くなった理由のよう。足だけは固めてはならないと、随分口酸っぱく言って動かせたのも良かったよう。今日は膝下の胃経と脾経の経絡を指圧マッサージしてみた。案の定、飛び上るほど痛いらしい!もうやめて~!と悲鳴を上げている。容赦ない私。たかが2,3分の治療。だけど、しばらく経ってから、先生、足が軽くなった!と感謝してくる。治療のマッサージはかなり痛い。耐えられれば、その後の効果はかなりのものがある。これまでも数件治った実績あり。マッサージ、って本当に効果があるんだ、と自分でも不思議な感じがする。(ただ、マッサージをすると自分が本当に消耗するのが分かる。まさに『気』を使う。)

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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

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