下っ腹からみなぎ出る強さ

練習を始めた当初から、師父の私に対する一番の要求は「強く」なり、かつ「強く」あり続けることでした。「強い」というのは師父にとって最高の賛辞の言葉のようでしたが、太い指を褒められたり、立派なふくらはぎを羨ましがられると、「???」という感じ。一応女性の私としては喜ぶに喜べない複雑な気持ちでした。なぜなら私自身それまでは、女性は美しく愛らしくあるのが理想で(どれほど自分がその理想からほど遠くとも)、「強さ」に憧れたこともなければ、特別の関心を払ったこともありませんでしたから。

 

しかし、その後練習をしていくうちに、師父のいう「強さ」の意味が思いのほか深いことに気付いてきました。それは私の思っていたような、単なる筋肉の強さのようなものを指しているのではなく、人間にとってもっと本質的な身体の内側にある力を指していて、それを「内気(ネイチー)」とか「内勁(ネイジャー)」(「勁」は「力」と同義)と呼ぶことが分かりました。

 

気功や太極拳の練習は「内気」や「内勁」を培い養うことをその眼目としています。そして「強さ」はまさにその力の現れ。

 

何故、若者は、肌に艶があり、髪が輝き、声に張りがあり、動きが俊敏で、物覚えが良いのか?それは、「気足」(気が足りている状態)だからと言います。

何故歳をとるとそうではなくなるのか?それは、気が少なくなるからだと言います。

「気」は生命エネルギー。すべての営みの源。「気」が少なければ、心身の働きすべてが落ちてしまいます。気が枯れればそこには死があります。

 

如何に健康で長生きするか、という道教の思想をベースとする太極拳において、如何に「気」を散らさず如何に「気」を養うか、は最も重要なこと。

この点を外して練習をしてしまうことを、「永遠に太極拳に入門できない」と言うそうですが、中国においても「入門」できずに数十年練習している人が多いよう・・・。巷の太極拳の試合で評価されるのは技の難易度であったり、外形の正しさであったりして、なかなか「内力」を評価するのは難しいようです。

 

『一功二胆三技巧』という太極拳の諺があります。

これは太極拳において最も大事なのは「功夫」、2番目に「胆力」、3番目に「技術」ということです。ここでいう「功夫」とは「内気」「内勁」の満ち足りた状態であり、単純に言うと身体の中にみなぎる力、強さ。

 

身体に力があると、体当たりだけでも威力があります。引っ張っても引っ張りまわされない。

この点に関して私も最近新たな気づきがありました。

たまたま若い女の子(19歳)を教えたのですが、何も運動をしたことのない普通の身体なのですが、ちょっと引っ張っても動かない。どこにも力を入れず平然としている。一方でその倍以上の歳の女性の身体を押したり引いたりしてみると、押されまいと必死に身体に力を入れているのに、簡単に押し負かされてしまう。明らかに「内気」が違うのです。そしてその力の出所に注意してみると、それは四肢や表面の筋肉から出てくるのではなく、『下っ腹の奥』から出てくるのがはっきりと分かるのです。

「内気」とは何か、「丹田」とは何かが今まで以上に明瞭になった一場面でした。

 

「下っ腹」にはその人間のエネルギーが見てとれます。子供は大人よりも「下っ腹」が強いし、同じ子供でも下っ腹の強い子供は忍耐力もあり、運動ができます。「下っ腹」が開いている子供は運動音痴の気があります。走る姿を見ていても、下っ腹が締まっていれば安定して走れますが、下っ腹が開いてくると息が上がって苦しくなってきます。下っ腹の力が足りなくなると、無意識に身体を開いて胸や他の部分の力を使うようになるからです。。成人になって肩こりが多くなるのも、下っ腹で下に引っ張ったような呼吸ができなくなり、胸や肩で身体を引き上げて呼吸をすることが大きな要因になっているように思います。こうなると地に足がつかず、ますます脚が弱くなります・・・老化の経路です。

 

ではどうやってその「下っ腹の力」の正体である「内力」を育むのか?

それがまさに太極拳の練習たるところ!

 

「内力」が「強さ」として発現するまでの手順を簡単に説明すると以下の通りです。

1.漏らさない

2.溜める

3.練る

4.巡らせる

 

まずは「漏らさない」「散らさない」。

具体的には身体を開きっぱなしにしない(胸を開きっぱなしにしない)、おしゃべりを慎む、平静心を保ち感情に左右されないようにする、会陰や肛門を引き上げておく、性生活を慎む・・・のような点に日常的に気を付ける必要があります。

 

そして「溜める」。

全身に散らばった気を力を抜くことによって丹田に集めてきます。

これがタントウ功(静功:動かない練習方法)の意義です。(この要領については近いうちにコラムに書きます。)歳をとればとるほど、静功の必要性が高くなります。

 

次に「練る」。

これが動功(身体を動かす練習方法)。丹田に集まった気を動かすことによって、厚みをつけ、増やしていきます。

 

最後に「巡らせる」。

太極拳の套路(24式とか48式とかの一連の流れ)の練習がこれにあたります。

様々な動きによって、普段意識しない身体の部分にまで意識を至らせ気を届けます。身体の意識が開発され広くなると、視野(心)も広くなります。

 

静功→動功→太極拳の套路の順番で練習するのは上のような道理に基づくのですが、その前提として、日常生活を整えなければなりません。休息は練習以上に大事です。いくら練習しても、夜更かしをしたり、暴飲暴食をしたり、逆に食べなかったり、ハチャメチャな生活をしていては元の木阿弥です。

「太極拳をしても痩せない」という人も多々いますが、やはり食べ過ぎです。身体が必要としているもの以上のものを取り入れても害ですし、少なすぎても害になります。自分の身体の声を聴くことを太極拳の練習を通じて学び、それを徐々に日常生活にも活用していけるようになるのが理想だと思います。単純だけど難しい、だから練習仲間がいると良いのでしょう。

 

『坐立行臥不離練功』、一日24時間常に修行。無意識に陥らないようにするのが悟りへの道、これは独り言です・・・。

 

『今日のメモ』毎日の練習は気づきの宝庫。太極拳の練習の成果が何に及ぶかは予測不可能。2012年9月〜のアーカイブは『練習メモアーカイブ』へ

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練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

   馮志強老師著

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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

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