目から『神』が出る!

最近の若い女性の目の周りのペイントやデコレーションは見て楽しめます。長~いまつげやうまく引かれたアイライン、あまりにも完璧に仕上がっているとそれは顔をキャンパスとした一種の芸術作品。私も思わず見入ってしまいます。目回りは化粧の中でも最も気合いの入れられる、若しくは入れるべきところなのかもしれません。

そう言えば、口紅の色は私の若い頃の『赤』全盛期比べ、随分控えめになりました。しかし、目の化粧はいつの時代も手抜きの許されない場所のよう。唇の強調は往々にしてセクシー感のアピールにつながりますが、目の強調はそれだけには止まらないより深い魅力を醸し出すような気がします。

 

確かに、『目』は、男女を問わず、人を引き付ける魅力となります。

 

太極拳ではそれを「目から『神』が出る」と表現します。この場合の『神』は神様の神ではなく、一種の磁力を持ったエネルギーを指します。

そのエネルギーは体の奥底から上ってきたもので、『神』の出ている目には、深みと鋭さ、そして透明感があります。それはだ穢れを知らない赤ん坊の目に見てとれるもの。しかし成長するとともに、目(そして頭)は体から切り離されて活動をするようになり、次第に目は本来の輝きを失い弱くなり、宙をさまよい、そして濁りを持ってきます。幼少期は釣ったばかりのサンマの目のように青白かった白目が、年配になってくると黄色く濁ってくるのもその変化を示しています。

 

太極拳の練習のべースは、不老不死を目指した道教気功。それはは如何に赤ちゃんのような状態に戻るかを追求して編み出されたものです。

人間は先天の気を持って生まれてくるが、その気は年齢と共に減っていき、気が枯渇した時が即ち死に至る時であるとし、その上で、如何に気を養い補充するか、を第一の目的として練習します。

 

具体的には次のように説明されます。

 

人間には生命活動の原動力は、『精、気、神』(三宝)である。

この三宝を養い育てて大きくすることが健康、長寿の秘訣である。

本来これらは一体となったエネルギーであるが、その存在する場所と働き方が異なる。

『精』は人体を構築する物質的な基礎。それは下丹田、即ち会陰の奥(馮志強老師の本には更に具体的に、男性の場合は前立腺の前、女性の場合は子宮口と書いています)に宿る。

『気』は人体を活動させるエネルギーで中丹田、即ち臍の奥(より具体的には気海の穴に集まり命門のツボから出入りし、神闕のツボで運用する)に宿る。

『神』は身体や意識をコントロールする機能であり、上丹田、即ち眉間にある祖竅穴に宿る。

そしてこれらの三宝を育てる方法とは?

それはひたすら、『精』を煉って『気』に変化させ、『気』を煉って『神』に変化させていくことである(煉精化気、煉気化神)。

     

・・・簡単に書きました。が、この部分は気功、太極拳の練習の鍵を握るところですので、別の場所で改めてきちんと説明することにします・・・・

 

何故、私達、太極拳を練習する者が、あれほどタントウ功(ただひたすら立つ練習)を重視するのか、その理由はまさに三宝を育てることにあります。それが『精』を『気』に変え、『気』を『神』に変えていくための最も基本的で効果的な練習方法(築基功)だからです。

下腹部にある丹田で『精』『気』を煉って溜めることにより、次第に『精』→『気』→『神』の変化が起こります。そして、ついに『精』と『神』がつながった時、『精』のエネルギーは『神』の場所である目に届くことになります。

ここで初めて目は本当の輝きを放つことになるのです。

 

この時の目の輝きは、下腹部から背骨を上がり、後頭部を通って上がってきたエネルギーによるもの。ですから目は奥の方から光が出るように見えます。磁力が感じられます。目が奥に引かれ深みがある、これらは『神』(すなわち日本語の精神)と『精』(身体)が連結している証拠です。( ちなみに中国語で「精神が有る」と言うと、日本語での元気がある、という意味になります。『精』と『神』がつながると、人は活き活きとするということでしょう。)

 

逆に目と身体が分離すると、目は浅く、落ち着きがなくなります。目(神:上丹田)は会陰(精:下丹田)で引っ張っておくのが目の正しい使い方です。こうすれば目はぶれません。視野も広く保てます。

 

もし一人広い荒野で立っていて、いつどこから敵に襲われるか分からないという状況であれば、全身が目となり、耳となり、目の奥が自然と下方向に引かれ下腹部奥とつながるでしょう。それは自分が自分の中に収束していき、エネルギーが自分に戻ってくる感じです。逆に身の回りに何の危険もなく、ただ目の前のものに集中した作業をしていると(まさにこのブログを書いている今の私の状態?!)、次第に目(と頭)は身体と分離され、エネルギーは目から出ていき、結局かなりの消耗感が残ることになります。不思議なくらい視力の良い人が少なくなったのは、本来の目の使い方を忘れてしまったからかもしれません。

 

目はその人のすべてを表します。目の奥を覗きこめば、その人の心理状態、性格を通り越して意識レベルまでもが明らかになります。

それは動物にも見てとれること。

うちには犬が一匹、猫が二匹いますが、その意識レベルは様々。私の犬は牛のような目をしていて、一瞬目は合うもののすぐに焦点をそらし、結局私の話を聞いているのか聞いていないのか分からない、一匹の猫は鳥のような目をしていて、こちらが目を合わせるのに一苦労、もう一匹の猫は人間に近い目をしていて、しっかり目を見て話ができるよう。動物でこれだけ差があるということは、いわんや・・・・をや、ですか?

 

冒頭の話に戻って、目の化粧はひょっとしたら、奥を覗きこまれないためのバリアの役割もあるのかもしれません。とすると、同じように目のデコレーションをしていても、その中には、目の魅力を積極的にアピールしたい攻撃的な女性もいれば、自分を覗きこまれないよう防御したい女性もいるということ? いやいや、前者の積極派女性も、攻撃は最大の防御なり、を感覚的に知っていて、攻めることによって、中を覗き込まれるのを防いでいるのかもしれません。

 

いずれにしろ、理想的なのは、自分の中をきれいにしておいて、何を覗き込まれても恥ずかしくないようになることでしょう。練習を積んで、目から『神』が出る境地に達すれば、自ずからそうなるはず。それ故、私と練習している生徒さん、頑張って立ちましょうね!

 

 

 

 

 

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 『陳式太極拳入門』

       馮志強老師著

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3月4日(土)にパネリストとして参加しました。
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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

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