2018/7

2018/7/28
 台風近づいてきてますが....
 今日は戸塚で推手試してみる予定。
 友人が毎日会社の掲示板に描いてたというイラスト....画才が全くない私から見れば天才の境地。
ソーメン、毎日出される、というシチュエーションが把握できていなくて最後笑えなかったのは、ひょっとして私くらいかもしれない。(自分で注文してるか、作ってるかと無意識のうちに思ってた。)
先入観は恐ろしい....(苦笑)
このくらい隙間があると人生も涼しく生きられるのかもしれない。夏、いや、太極拳も熱血は似合わない(苦笑)

2018/7/23

 

 頑張った発表会。

 ピアノの発表会ほど緊張するものは何故だろう?

 単に実力以上のものに挑んでいるからだけではないと思う。どんなに簡単な曲でも人前で演奏するのは緊張するだろう。ミスが許されないから?途中で立ち往生しそうだから?

 太極拳や卓球の試合でそんなに緊張したことはない・・・し、学校の試験なんて間違えれば消しゴムで消せるし・・・。

 

 対人の試合は意識が相手にくぎ付けになっているから緊張する間もない。

 けれどもピアノ演奏の時は、演奏しながら頭の中でチラッと不安がよぎったりする。

 その意識のブレが問題。その解決策は中に入り込んでしまう(曲と一体になってしまう)ことだということは頭では理解できたのだが・・・。

 実際にやってみると、ミスタッチする度に意識が動きそうになる。どうにか曲の最後の方まで行きついた、と気が緩みそうになったらとたんに音符が分からなくなりそうになった瞬間もあってドッキリ。

 

 劉先生に演奏の動画を見てもらったら、「左手はとても素早く動くけど、右手がダメだ。最後の一分間は身体と手が一体になった(それまでは一体になっていない)。」とズバリ。動画、あの角度でよく左手の動きが分かるなぁ、と関心した。

 右肩が左肩ほど開いていない、胸の開きも悪いのが腕が硬く手の動きが良くない原因。

 この曲の練習をして右肩、右胸、右腰(そして右足の土踏まずから親指のライン)まで開けて通すことを知ったのだが、そこまで開かせるにはまだまだ鍛錬が必要。それはこれから太極拳の練習で徐々にやる予定。

 

 まあ、立ち往生しなくてよかった。ひと段落。ピアノのプロ、目指さなくて良かった・・・

2018/7/20

 

 ピアノの練習のためにせっかくお休みしたのに、弾けば弾くほど諦めムードが強くなり、かえって太極拳の練習がしたくなってしまった。

 以前は太極拳⇒ピアノ、と、太極拳をピアノに役立てようという気持ちが強かったが、最近はピアノを弾くことで太極拳でまだクリアできていない課題が見つかるようになってきた。ピアノ⇒太極拳。

 

 肩甲骨、腕、はまだクリアされていない。練習途中・・・

 (動画など撮ったので、続きはLINE仲間のページへ。)

2018/7/20

 

 週末のピアノの発表会に向けての追い込み(?)のため太極拳のレッスンはお休み。

 技術的にはもう向上させる時間はないけれど、せめて気持ちだけでも音楽へ寄り添っていきたい。

 ピアノの先生に「なぜ舞台で上がらないのか?」と聞いたら、一言、「自信」と答えてくれた。そして、その自信はどこから?というと、練習量、曲と自分が一体になったという感覚、その辺からくるらしい。「延江さんは絶対的に練習量が少ないわね。」、そう言われてしまうと何も言えない。毎日ちょこちょこ、っと撫でるようにさらっているだけではピアニストのようには弾けない。

 楽譜を見て曲が一通り弾けるようになったら、曲を分割して分割した一つ一つを細かいところまで注意を行き届かせられるように練習していく。指使いは本当に吟味して決めなければならない。フレージングにも注意し、テクニック的に難しい箇所はそこだけ取り出して反復練習、リズムを変えて練習してみたりする。

 ・・・と、実は太極拳の練習と同じ。

 套路が一通り通してできるようになったら、一式一式の単式練習を行う。単式練習がどれだけ精密にできるか、それで套路全体のレベルと質が変わる。

 太極拳の練習では単式練習が苦にならない、というよりも、そこには技があり、”妙”があるので、何度繰り返しても飽きないのだが(劉師父は第二式金剛捣碓だけで一生練習できる、とか言っていたことがある)、ピアノのパーツ練習は何故かすぐに飽きてしまう。パーツ練習の重要さが分かったのはつい最近で、よ~く細かく見ていくと、面白い和音だったり、絶妙なリズムだったり、作曲家が頭を絞ったのか直感的に思いついたのか分からないが、凄いなぁ、と思うところがボロボロ表れてくる。これまでどれだけザ~っと弾いていたのか・・・・ぼぉ~と生きてんじゃねぇよ~、とチコちゃんに怒られてしまいそう(笑)

  観察力、注意力、というのはまさにヴィパッサナ―瞑想で養われる質。あの瞑想合宿も無駄にはなってないのかもしれない・・・。

  観察力と技術が組み合わされると非常に安定感が出ることも分かってきた。太極拳やピアノ演奏はメインは肉体労働で技術はマスト。そこに観察力(上丹田)が加わると全体的に安定感がでる。ブレが少ない。

  昨夜の練習で生徒さん達の目線が正しくなくて、そのため頭がブレて中心軸を逸してしまうのが分かったが、眼がどこをみて、眼をどう使うのか、所謂”眼法”は身体全体のバランスをとるためにもとても大事だ。

  ピアノ演奏では演奏中何を観察してるのだろう・・・・ホロビッツのように、ほとんど目線を鍵盤から外さずしかも”収”している(目を後方に引いている:凝神)のが太極拳の眼法に合っている。

 

  昨夜になって発表会で弾く曲を男性以上にしっかり弾いているロシアの女性ピアニストの動画を発見。凄いなぁ~と見とれてしまった。ちょうど肩甲骨の外側と内側で操る指が違うことを気づいたばかりだったので、彼女の背中、坐る姿勢、柔らかい手を見て、まさに太極拳的演奏スタイル、と思った。丸く、身体がピアノを制す。天宗のツボからくる小腸経の小指の使い方をみればどのくらいピアノを包み込めているかが分かる。その域に達しているピアニストの演奏は、別格。安定感が違う。

  劉師父に彼女の動画を見せたら、「非常好。背很开。阳脉用的很好。下盘坐的很稳定。手指很灵巧。」とコメントをくれた。・・・運動的には太極拳の訓練がかなり有効。が、肝心な音楽性はどうする? 馬虹老師は太極拳は芸術でもあると言っていたけど、太極拳の練習で芸術的感性が磨かれるということが・・・あり得なくはないかも? 

 

 

それ以前に聞いてた日本の女性ピアニストの演奏も雰囲気があって好きだが、身体の太極拳的完成度が上のロシア人女性に及ばない・・・余裕が違う。

 ついでにですが、この曲をテクニック的にも音楽的にも理想的に弾いているのはキーシンかなぁ、と思います。やはり、余裕・・・。天才・・・。

2018/7/17
  天宗穴を使って肩のゼロポジションを作る。
同時に天宗穴は腰へ引き込み丹田化する。
  この要領を保ったまま動けたら、もう私達はマスタークラス♪
  動かない状態で繋いだ感覚を掴み、それを崩さないように動くのがどれほど難しいか知るだけでも大きな進歩。あとはそちらに向かって地道に鍛錬すれば良い。
  
  私が仲間とやりたいお遊び→動画
  この要領がある程度できていないと遊びにもならない....頑張って早く遊び相手を作りたい!
2018/7/16
 今日は義父の葬儀で、予定していた24式特別レッスンは弟子M君に代行を頼んだ。
   結果はVERY GOOD!
   私が普段できない繰り返し練習や個々の生徒さんの動きの細かなチェックなど、形を覚える為の練習がしっかりできたようだ。
       
    ここ数年は生徒さん各々に一式ずつ教えることができなくなってしまったので、新しく参加した生徒さん達が24式を覚えるのが難しくなってしまった。
  「24式を覚えたい人は自分で進度を管理して、レッスンの際にどの式を学びたいか言って下さい。」とこれまで何度も頼んだのだが、やはり我々は日本人?、そこで手を挙げて、「第10式をやって下さい!」とか言う人は滅多にいない。他の人に気を使う前に自分をどうにかしなければならないのに、遠慮してもじもじ、もぞもぞ。いつまで経っても24式は虫食い状態。先生が教えてくれないから....なんて子供のようなことを言ってる場合でなく、お金払ってレッスン受けているのだから、全て先生の言う通りの受け身ではいけないと思う....が、ひょっとしたら私がいつ間にか妥協をして生徒さんに覚えることを要求しなくなったのも覚えの悪い原因か? 確かに最初はタントウ功についても動功についても毎日これだけやる、というノルマを課していた。約10年前に代々木公園で教え始めた頃は、24式も毎回一式ずつ、マンツーマンで教えていた。
  私の生徒さん第一号は今でも学び続けていてくれているが、彼女(と言っても私の人生の先輩)はこの10年の私の教え方の変化、変遷のアイウィットネス。自分の身体や意識の変化に応じて教える内容も内側重視になっていく。二度同じことを教えるなんて有り得ない私の性格なのか、毎回毎回展開して生徒さんが追ってくるのが益々難しくなる....
そんな中で、弟子の存在はとても重要なのかもなぁ、と薄っすら思い出した。
  彼らが私と新米生徒さん達の架け橋もしてくれる。
  
  私が何となく目指していたのは、歳とっても皆で太極拳して遊べる仲間作り。私も仲間の一人だから私と遊べる人がいないと面白くない。その遊び仲間の育成をしてるようなもの。その人達が更に彼らの仲間を育ててくれれば....なんだか楽しい。いつまでも、先生VS生徒達 では面白くない(苦笑)
 
  内外兼修。
  内も外も大事。
 気ばかり追って外形が崩れているのはダメだし、外形だけ整っていて内側がない(隙間がない)のもダメ。
  二元論。
 
 今日のトウロ練習は外をしっかりやって頂きました。M君ありがとう。今度私の24式も細かくチェックしてほしい。
 

2018/7/15  

 
(グループLINE用の説明)
昨日今日は肩の天宗のツボに注目しました。
肘を操るには肱(上腕骨)の意識が必要、肱を操るには肩、中でも天宗穴→上腕骨→肘、が一直線でなければなりません。
一般的に、肩のゼロポジション、甲腕一致ということを、太極拳的にツボの意識でやるなら天宗穴を外さないように腕を使えば良い。(更に肘のツボや手首のツボも使わなければならないけど、それについては追い追い....)
http://korikiku.com/?cat=87
http://korikiku.com/?cat=87

 

推手の時はここのツボ外すと一気に崩され崩れます。

套路の時も、動功の時も、いや、普段腕を使う時も、このツボを外さないように注意しなければならない・・・(と目下、私はピアノ演奏で練習中)

 

このツボからまっすぐに肘に向かう一直線の感覚は、両手を斜め上に上げた、ハンモックの姿勢、を取るのが分かりやすい。

 

ネットにはいろいろ資料があります。http://olivia.sports.coocan.jp/new/scapula/scapula02.html

https://ameblo.jp/yamatokawashima/entry-12355526527.html

 

 

 

  いずれにしろ大事なのは、そのように腕を使い続けようとするとずっと丹田が必要になる、ということに気づくこと。肩甲骨の意識は通過点に過ぎません。天宗のツボが腰とつながり、脚、足とつながることでやっと本当に使える肩、腕になります。(上の数枚のイメージの左上のものがそれを表しています。)

  このあたりは練習で少しずつ感覚を深めていきます。

 

  これに気づいてしまうと、今まで、どうしてこんな風に手を回していたのか、と恥ずかしくなります。

 

  甲腕一致、肩のゼロポジションは腕を斜め上に上げたところが一番分かりやすい。

  ではその腕を徐々に下げるとどうなるか?

  試してみて下さい。

  腕を下げようとするといとも簡単に天宗穴が外れてしまいます。

  これでは使い物にならない。

  では、どうすれば腕を降ろしてもなお天宗のツボが保持できるか?

  これが分かれば、功夫は必ず1レベルあがります。あとはそれを使っていつもの基本練習を繰り返せばよい・・・。

 

 <以下、肩のゼロポジションの資料>

 

2018/7/11
夏の発勁の続き
ある生徒さんから平日の鬱々した状態をさっぱり短時間で解消するための良い方法、できれば発勁を教えて下さい、とのリクエスト。
私は特別そのような練習をしたことがないので劉師父に聞いてみました。
 
すると、発勁は単にこもった気を発散するだけでなく、背中や肩、腕の陽気を活動させることで冷房にやられないためのバリアも作れるとのこと。....なら、私も真面目にやらねばならない。
先生が4種類やるよう教えてくれました。
双推手、采、肘、掩手肱捶。
これを左右9回ずつ(肘に関しては、前方、横方、後方3種類)、力を入れてやる(つまり発勁、発力)すると良いとのこと。
生徒さん用に撮った動画はLINEの仲間のページに後で貼り付けます。
追記
劉師父の足裏、どこが凄い? と聞かれました。
数カ所見るべきポイントがあります。
足裏は三次元の肉体を二次元の平面に投影したもの。足裏を見れば身体の状態はほとんど分かる。本当に見る目があれば身体の状態にとどまらず、心、その先の状態も分かるのではないかなぁ?
修行者は仏足に近くなる....
2018/7/11
夏の発勁
夏は気が上がって上半身に滞りがち。
劉師父に対処法を尋ねた。
回答後回し。
が、会話の途中で足裏ツボを教えてくれた時に見た師父の足の裏。
やはり....すごかった。

2018/7/5

  ピアノの発表会まであと3週間を切った。
  先月頭のヴィパッサナー瞑想合宿以来、肝心の我欲ではなく意欲が落ちてしまったようで、ピアノを弾くどころか音楽を聴く気もしなかった。テレビもつけた途端、雑音と雑電波で目がチカチカしてしまう。パソコンに向かう気もしない、ご飯も作る気がしない、人と喋るのも気合いがいる。身体の調子は悪くないのだが、エネルギー量、気の量が減ってしまった感じがしないでもない。
  
  太極拳はヴィパッサナーの導入になるはずなのに....なぜ太極拳→ヴィパッサナーにならないのか?と模索していた。そのうち、ヴィパッサナー→太極拳はいける!と確信。なら、ヴィパッサナー→ピアノもいけるはず.... 前回のレッスンで、暫く弾かなくても良いから楽譜をしっかり見てきなさい、と先生に言われた意味が分かった気がした。雰囲気で適当に弾いてはいけない。雰囲気で太極拳をやっていると詰めが甘くなるのと同じ。身体(小脳?)だけで動くのではなく、脳、それも前頭葉(大脳皮質、進化脳?)がしっかり身体の指揮をとり統率しなければならない。
  細かなところまで”気”の行き届いた動き、演奏ができるのか、ノリはよくてもノリが崩されたら復活不可能になるのか、実はスキだらけの動きなのか・・・太極拳でもピアノでもサッカーでも料理作りでも、仕事でも、結局みな同じことなのだろう。
  丁寧に細かく気を付けるとノリ(流れ、ダイナミックさ)が失われがち。
  流れ、ノリがよいと細部がおざなりになる。
・・・・・以下は本当に独り言・・
  流れ、ノリは気の世界。腹の丹田で動く。第二身体、エーテル体、生気体の中心。第一身体フィジカル体にエネルギーを注ぎ込む。
  細部まで行き届いた意識、統率、観察は上丹田。第三身体(アストラル体)と第二身体の架け橋。
  ヴィパッサナ―瞑想は方法としてまず第一身体(身体の動き)を観察し、その後第二身体(身体の感覚)を観察させる。それで上丹田(アジュナチャクラ)を機能させて、それから心(アストラル体)の観察に入っていく。
  第三身体アストラル体(心の身体)⇔第二身体エーテル体(気の身体)⇔第一身体フィジカル体(肉体)
  太極拳は丹田を見守る練習から始めて第二身体を活性化し第一身体とつなげる。
  仏教の解脱へ向かう道は、第一第二身体の観察から初めて第三身体へと意識を上げていく。
  身体の動き(第一身体)の観察には上丹田の前丹田(印堂穴)が機能するが、第二身体(身体の感覚、気の動き)を観察しようとすると、上丹田は少し後ろ(脳の中央辺り)に移動し、道教の修行で使う祖窍穴になる・・・(と、昔、陳発科の孫弟子のある先生に馮志強老師のテキストを見せたら「祖窍穴は使うとは・・・!これは道教の修行法だ!純粋な陳式太極拳では印堂穴を使う。」と驚いていたが、それはそういうことだったのだ!)
  そして私の感覚としては、第三身体を見ようとすると、上丹田はその祖窍穴からさらに後方か上方に移動させなくてはならない(というよりも、移動してしまう。それは今後見ていこう・・・)。
  (上位の身体になるほど繊細だから、上→下に応用できても、下→上への応用はできない。
だから、ヴィパッサナ―→太極拳→ピアノ、はあり得るけど、ピアノ→太極拳→ヴィパッサナ―にはならない、のかと・・・総論、各論の関係かなぁ。)
  今日のピアノのレッスンは普段の太極拳の練習よりずっときつかった。というのは、体力が枯渇する前に気力が枯渇してしまったから。
  音の中にずっと気を貫かせて弾く、ということはこれまで全くできていなかった。だから私のピアノはただのスポーツのようだった。太極拳の練習でその違いが分かるようになった後でも、それをピアノ演奏に入れ込んでいくのはとても骨の折れる仕事。小さい頃のピアノの習い方を間違えてしまい、身体だけで弾く癖をつけてしまったのだから、それを換えるのはとても難しい。
  他の場所でスポーツあるいは簡単な健康法として太極拳を学んできた人が私のところに来て最初大きくためらい、訳わからなくなるのも同じこと。拳を学ぶのは簡単、拳を換えるのは難しい、という。最初についた癖をまずとらなければならない。が、一旦除去すれば、その前に培った身体の使い方が活きてくる・・・ピアノも同じ原理だろう。
  それにしても、気で指を引っ張って弾いていく、と指のトロさが自分でも嫌になる。
  だからそれについていくだけの身体能力が必要になる。
  丹田(気)が身体を引っ張る。それについていけるだけの身体の開発は別途にしなければならない。だから皆訓練に訓練を重ねます・・・。

 

直近の練習日程→こちら

『今日の独り言』結局何でも太極拳に関連してしまう頭の中。その日の気づきや疑問点、頭の中のお掃除と整理。過去の独り言はアーカイブ

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LINEの仲間の投稿あり

練習メモ』

毎日の練習は気づきの宝庫。太極拳の練習の成果が何に及ぶかは予測不可能。私自身の学びのメモ。

★2/14『LINEの話題』を新設。グループLINEにリアルタイムで書き込んだ内容。LINEだと情報が流れてしまうので適宜ここに移します。

(パスワードをかけますので閲覧希望の方は簡単な自己紹介をつけてお問い合わせ下さい。)

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練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

       馮志強老師著

ようせいフォーラム2017プログラム
3月4日(土)にパネリストとして参加しました。
ようせいフォーラム2017プログラム.pdf
PDFファイル 3.1 MB

 

2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

発表の抄録、資料はこちら